AWC アノンサーガ (18)    永山


        
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★タイトル (AZA     )  96/ 9/30  23:47  (200)
アノンサーガ (18)    永山
★内容
 槍の行き先を見届けた二人−−マルケスとロイドンは、大声を上げた。
「やった!」
 そして顔を見合わせる。泣き笑いの表情に、勝手になってしまう。宿願を果
たせた思いでいっぱいなのだ、それも当然だろう……。
 眼下では、大混乱が巻き起こっていた。
「大変だ!」
「御諒車が襲われた!」
「どこから来たんだ?」
 隊列を乱した兵士が、口々に騒ぎ、叫んでいる。
 マルケスは、ワイリの死を確かめようと、崖から身を乗り出した。
 そして彼は、信じられない光景を目にした。
「ば、馬鹿な!」
 手早く逃走の支度を始めていたロイドンも、マルケスの様子に気付いたらし
い。慌てたように、崖先まで登り詰めた。
「どうしたんです? 早く、この場を」
「見、見ろ……」
 マルケスの声は震えていた。
「ワイリは生きている」
「何ですと!」
 ロイドンも身を乗り出す。
 がらがらと崩れ去った御諒車の横に、ゴウに跨った男がいた。その人物こそ、
ワイリ王であった。
「不覚! あの老体めが……御諒車から出ていたとは」
 言うが早いか、マルケスは、呆然としている体のロイドンの腕を引っ張った。
「早く逃げるんだ!」
「−−あ、ああ」
 ロイドンも、すぐにきびすを返し、マルケスのあとを追って坂を転がるよう
に降りる。
「死ねない。ワイリを命を消し去らぬ内は、私は死ねない!」
 マルケスは呪文のように低く、そう唱えていた。

 ワイリは片手でゴウを巧みに操り、もう片方の手で王冠のずれを直しながら、
重々しく言い放った。
「静まれぃ」
 ざわめきが落ち着く。周囲には歩兵ばかりでなく、隊の前後から、王子・王
女の車を警護していた将軍らも集まっていた。
「あそこだ。不届き者は、あの崖から狙いおった」
 王冠から離れた手は、やや遠くにある崖を示す。
「急行せよ! 反乱の徒を捕まえ、目の前で処刑せよ!」
「はっ!」
 兵の声が一つになった。大群となった兵士達は、豪雨のごとく恐ろしい勢い
で、君主の示した崖の麓へと向かった。
 その様子を見送るワイリの口元には、笑みが浮かんでいた。
「ふふ……。陽気に誘われて、気まぐれに御諒車を降りたが幸いしたか。これ
も天の思し召しよ、はははは」
 そこへ、王子のヴィノが追いついた。危急の事態に、顔色がよくない。
「父王、ご無事で?」
「見れば分かるであろう」
  不敵な笑みを浮かべたまま、ワイリは息子に答えた。
「ヴィノよ、おまえこそ、顔色が悪いじゃあないか。おまえが狙われたでもあ
るまいに……まだまだ肝が据わっておらんな」
「は、はあ……未熟でした」
「まあ、よい。ミオンはどうしておる?」
「聞いていますが、警護に当たっていたドグマから直接に聞いた方が……」
 と、ドグマの姿を探すヴィノ。
「あやつは、賊を捉えに行ってしまったわ。おまえの口から聞こう」
「はい。ドグマによりますと、妹は、父上が襲われたと知らされ、そのまま気
を失ったようです。今も車の中で」
「何と。それなら、早く様子を見に行かねば。おまえもついて来い」
 ワイリは、今しがた襲われた怒りもどこへやら、娘を心配する父親の顔にな
って、一目散にゴウを走らせた。

 山に分け入るには、邪魔な小枝が多い。動きがやや鈍る。
(予定外だな)
 乗り慣れたゴウを巧みに操りながら、ドグマはどうすべきか計算していた。
目は賊を捕らえるべく、真っ直ぐ前を見据えている。
(手中のあやつらに襲撃のふりをさせるつもりだったのが、まさか本当に襲っ
てくる輩がいるとはな。愉快ではあるが……予定が狂ったのも事実。このまま
最初の心算通りに進めてよいものかどうか)
「ドグマ将軍!」
 斜め前方から、凛とした声がした。じろりとそちらを見やるドグマ。
「珍しく、遅れておられるようだが」
 ほんの少しの嘲笑を含んだその声の主は、シャイア。四大将軍の一人にして、
唯一の女性。
「ふん。木の枝が跳ねて、目をかすめてな。大したことではないわ」
「今は一刻も早く賊を捕らえ、ワイリ王の前に引き出すべきとき。大したこと
でないのであれば、遅れてもらっては困る」
「私に無駄口を叩いている暇があれば、シャイア将軍こそ、一人で先に行けば
よいであろう」
 薄ら笑いを浮かべるドグマ。
「それとも単独では恐いのかな」
「−−ご心配、どういたしまして」
 シャイアは一拍置いて、言い捨てた。そして速度を上げる。
(容貌は悪くないが、中身に問題ありだな)
 差を付けられるのもかまわず、先を行くシャイアを見て、ドグマは心中でそ
う評した。
(それにしても、いくら暗殺未遂をしでかしたとは言え、少数の山賊風情に我
ら将軍を二人も向かわせるとは。ワイリ王、意外と弱気になっているのではな
いか? 築き始めた地位恋しさに、守りに入るようであれば、いつでもその寝
首をかいてやる)
 ドグマは口元をわずかに歪めた。それからゴウの横腹を蹴り、ようやく追撃
に本腰を入れた。

 ハツは未だ迷いを断ち切れないでいた。
「ヘックス殿。やはり、我らは乗れぬ」
「何がご不満で?」
 木の丸い机を挟み、彼女の真正面に座るヘックスは奇妙な形に表情を歪めた。
分かりにくいが、どうやら笑っているつもりらしい。
 しかし、ハツの心の揺れ様を眼前にして、何がヘックスを笑わせるのだろう。
ウェルダンへの反乱をハツら皇国の者に持ちかけた時点で、覚悟ができていな
ければならない。万が一にも拒絶されては己が身が危うくなることぐらい、い
い大人なら気付くはずだ。
「以前、貴殿が話された、『あの』手筈には感心させられた」
 暗殺という単語を口に出すことは、今のハツにはためらわれた。
「かなりの確率で、成功するであろう」
「お誉めいただき、光栄ですな」
「だが、問題はそのあとではないか。重臣の一人をどうにかしたところで、何
が変わるという? 具体的に行動を起こさずして、ことはならぬ。そうとしか
思えないのだが」
「……要するに」
 再び笑うヘックス。今度の笑みは、はた目にもはっきりそれと分かる。
「私には兵力がないと、こうおっしゃりたい訳ですね、ハツ様?」
「そうなるかな……」
 ハツはヘックスから視線を逸らし、右手で顔の下半分を覆う仕種をした。広
い袖口の、薄手の白布が空気をかき混ぜる。
 突然、ヘックスが高笑いを始めた。実にわざとらしい、酒に酔ったときのよ
うなぶしつけさだ。
「何がおかしい、ヘックス殿?」
「ああ、いや、これはこれは。女王様に対して失礼を。お言葉ながら、ハツ様
は誤解しておられる」
「誤解。私が何を誤解しているのか、申してみよ」
「兵を集めるのは私なんかじゃありません。そんな力があるぐらいでしたら、
反乱を起こそうなんて考えるはずもないでしょう。出世街道まっしぐらだ。は
はははっ」
「兵を集う当てはあるのだな」
「無論で。ハツ様、あなたですよ」
「何?」
 目を瞬かせるハツ。極めの細やかな肌に、わずかにしわが寄った。相手の言
う意味が飲み込めない。
「私が兵を? これは無茶を申す。いや、無茶と言うより、不可思議なことを」
「皇国には兵はいません、確かにね」
 先回りすると、ヘックスはおもむろに立ち上がった。演説でもぶつ気らしい。
「だが、ハツ様はそれ以上の、得がたい力をお持ちだ。つまり、民を引き付け
て止まない、神秘性。これこそ民を治め、大地を統べるに最も重要な力。そう
思いませんかねえ」
 口をつぐんだヘックスは、じろりとハツの方を見下ろしてきた。
「神秘性を持つハツ様が反旗を翻したとなれば、すでに旗色を鮮明としている
反乱の士が集うばかりか、新たに各地で兵を起こす者も次々と続くに違いあり
ませんや」
「神秘性がある意味で力を持つことは認めよう」
 ややたじろぎながらも、威厳を持ってハツは応じた。
「しかし、その神秘性も、この皇国からはもはや失われてしまった。今さら私
のような者が動いても、他の者は着いて来てくれまい。悲しいが、それが現実
というものではないかな」
「神秘性を取り戻すんですよ」
 片手に握りこぶしを作り、力説するヘックス。ここまで熱意ある喋り方をす
るヘックスを、ハツは初めて見た。どうやらヘックスは、本気で口説きにかか
り始めたようだ。
「方法は?と言われるでしょうな。とうの昔にお話したも同然なんですがね。
そうっ、重臣の一人を不可解な状況で『事故死』させる。これを繰り返せばい
いのでさあ」
「……見えてきたような気がする」
 ハツは考え考え、つぶやいた。
「あのやり方で、ウェルダンから来る重臣を死に至らしめる。いぶかしんだウ
ェルダン国は、新たに重臣を送り込んでくる。その者もまた不可解な死を迎え
た。このような現象が繰り返されれば、ウェルダンは皇国に畏れに近い物を抱
くようになる」
「そればかりではありませんぞ。圧制下で苦しむ民達も、皇国へのウェルダン
からの使者が次から次へと死んでいると聞けば、噂しましょうな。『ウェルダ
ンの所業が、天の怒りに触れたのだ』とか何とか。ウェルダンに不吉な影を落
とす前兆だと信じてくれりゃ、もうこっちのものだ。私の方で新たな噂を流し、
在野の士を皇国のために立ち上がらせてご覧に入れましょう」
「ふむ」
 うなずいたハツ。心が傾く。彼女の気持ち一つで、皇国は右にも左にも行く。
「今が最善の機会。ワイリ王が巡行に出ている今こそ、動くべき」
「そのようである。このままウェルダンの大陸統一を眺めていても、我らに先
はない」
「では……?」
「何も言わずとも、察せよ、ヘックス殿」
「−−承知しました」
 椅子に着くヘックス。その際、深々と頭を下げた。
「ことを起こすからには、ハツ様。これ以後、私の名に『殿』を付ける必要は
ございません」
「おお。そうであるな」
「私はハツ様のために、手足となって働かせてもらいます」
 ヘックスの口調からは卑しさが消えていた。
「ハツ様はまず、皇国内を一つにまとめてください。私はウェルダンから使者
を呼び寄せる手筈を整えにかかりましょう」
 ヘックスの言葉に、ハツは黙ってうなずいた。

 クローナスの生き残り・ケムロックらの一行は、隠れ潜んでいた島を捨て、
本土に再び足を踏み入れることに成功した。すでにウェルダンによる追跡の手
は緩み、物理的には比較的楽に上陸できたのだが、その一方で精神的な疲労は
大きかった。
(我々だけでは難しい……)
 山奥に逃げるように分け入って、早くも三日が経過していた。さしものロハ
ンも、気弱な台詞を心の中に浮かべた。
(難しいどころか、まず、無理だろう。仕方がない。ここはやはり、ボックと
手を組み、力を借りるしかない)
 その結論は、すでに上陸前から出ていたものだ。少なくとも、ケムロックや
付き従う十四名の兵士達は、ボック一派に助けを求めるため、島を捨てたのだ
と信じているはず。
 だが、唯一人、軍師たるロハンだけは、この作戦を自分の内で消化しきって
いなかった。誇りが邪魔をして、ボックのような輩と組むのに躊躇を覚えてし
まっていた。が、それも現時点で限界を迎えた。
「見えました」
 ロハンの声に、ケムロックが顔を上げた。逃亡生活で、泥に汚れている。
「あそこが、ボックの本拠地とされる山です」

−つづく−




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