AWC 美津濃森殺人事件 12   永山


        
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★タイトル (AZA     )  96/ 9/30  23:44  (200)
美津濃森殺人事件 12   永山
★内容
新しい登場人物
東輝美(ひがしてるみ)
*名前だけ登場・・・東歌鈴(ひがしかりん)、増井(ますい)

 我が娘−−死んだはずの−−とそっくりの顔立ちをした少女の来訪に、意識
を失いかけた沙羅であったが、彼女の意識のどこかには、まだ冷静でいる部分
が残っていた。
「−−輝美ちゃん、よね?」
 沙羅は姪の名を口にした。
 対する少女は暗い表情のまま、受け答えする。感情が溢れ始めたように、顔
にしわが寄った。
「伯母さん」
「よく来たわね……」
「あ、あの、本当ですか? テレビで観ました。百合亜が……」
「……事実よ」
 沙羅は答えてから、自分でもぞっとする声だと感じた。夏が始まったという
のに、背筋が寒い。
 気を取り直そうとして、声を高くした。
「そうね……そうだったわ。知らせるのを忘れていたわ。歌鈴や東さん、それ
に増井さんに知らせておくべきだったわ。そうだったわ。そうだったわ。忘れ
てしまっていたわね」
 喋る途中で、自分の話し方がおかしいと気付いた沙羅。だが、直そうとして
も、口をついてあとからあとから言葉が出て来る。
 少女−−東輝美は三和土に立ち尽くしたまま、沙羅に対して首を振った。
「忘れても無理ありません、伯母さん。とにかく、落ち着いてください。私、
ニュースで知って、飛んで来たんです。少しでも何かお手伝いできないかと思
って。あ、あの、私の父や母は仕事があって、すぐには無理なのですが、二日
後ぐらいには来られる予定です」
「輝美ちゃん、学校はどうしたの」
「夏休みです。私達のところは早いから」
「夏休み……」
 おうむ返しする。娘を失った今、沙羅の意識から高校がどうの夏休みがこう
のという感覚は完全に欠落していた。
「沙羅伯母さん? どうかしましたか?」
「い、いいえ。ああ、立たせっ放しだったわね。さ、上がってちょうだい。疲
れたでしょう」
「お邪魔します。でも」
 語調を強めた輝美。上がる際に、背中の小ぶりなリュックがかさりと音を立
てた。
「私はお手伝いに来たんです。だから、できることがあれば、何でも言ってく
ださい。その……百合亜のお葬式の準備とか……」
「……そうね。お葬式、出してあげなくちゃ」
 こんな大切なことまで失念している自分に、沙羅は顔をしかめた。廊下を行
きながら、何度も頭を振る。
 二人はキッチンに入った。
 輝美はリュックを降ろすと、沙羅が勧めた椅子に腰掛けた。
「あの、伯母さん。百合亜はまだ、警察の方に……?」
「そう」
 沙羅は知らぬ間に、冷たい麦茶の用意をしていた。気が付いてからも、機械
的な動作で、ガラスのコップにお茶をついでいる自分自身が不思議だった。
「はい。どうぞ」
「いただきます」
 輝美の方も両手でぎこちなくグラスを受け取ると、申し訳程度に口を着けた。
「百合亜が戻ってくるの、いつになるか分からないわ。だから、お葬式の予定
もはっきりしない」
「そうですか……。何て言っていいのか、私……分かりません。お悔やみ申し
上げます」
「あの子が戻って来たら、声をかけてやってね」
「−−はい。だけど、本当に実感がなくて……」
 目を伏せる輝美。その表情や仕種が、いちいち百合亜を思い出させる。沙羅
は自らの呼吸が乱れている気がした。
 このままではおかしくなる。沙羅は立ち上がり、姪に背を向けた。他に話す
べきことを探す。
「輝美ちゃん。あなた、百合亜とよく電話してたわね」
「はい。週に一度ぐらいでしたが」
「一番、最近にしたのはいつかしら」
「今月に入って……そう、十五日でした」
「百合亜に何か変わったところ、なかった?」
 振り返る沙羅。輝美は怪訝な表情を見せていた。
「いつもと変わった感じはありませんでした。伯母さん、どうしてそんなこと
を聞くんですか? 百合亜が……自殺したのならともかく……」
 言いにくそうにする輝美。
 沙羅は動揺した。自分でも何故こんな問いかけをしたのか、理由を見失って
いる。そもそも、理由があったのかさえも定かでない。
「それは」
 こめかみに手を当て、眉間にしわを寄せる。すると、理由が一つ、思い浮か
んだ。最初から意図していたものか、新たに考え出した理由なのか、よく分か
らなかった。
「百合亜が殺されるなんて、信じられない。普通じゃ考えられないことよ。恐
らくあの子の神経が高ぶっているときに、見も知りもしないよそ者の男とトラ
ブルを起こしたんだと思うの。それで運悪く……」
「私と電話で話していたときの百合亜は、常に平静でした。あ、もちろん、私
の感想ですが」
 断ち切るように言った輝美。あたかも、沙羅の思考が混乱しているのを見て
取ったかのようだ。
「そう」
 沙羅は自分で入れた麦茶を一気に干して、気持ちを静めた。
「じゃあ、悩みを打ち明けるようなことはなかったかしら? 変な男につきま
とわれて、困っているとか」
「いいえ、それもありませんでした。あの、伯母さん。一つ、伺いたいんです
けれど」
 輝美が小首を傾げるのへ、沙羅も首を傾げた。
「何か?」
「伯母さんは、さっきから変な男と言っています。百合亜をひどい目に遭わせ
た犯人は、男なんですか? どうしてそれが分かるのか、差し支えなかったら
聞かせてください」
「ああ。それはね」
 沙羅は声を落とした。百合亜の身体に性的暴行を受けた痕跡が認められた件
は、警察から聞いている。話しにくいし、話したくもない内容だ。
 それでもゆるゆると、閉めた蛇口から水滴がやっと一粒落ちるかのごとく、
沙羅は輝美に伝えた。
「そう……だったんですか」
 改めてショックを受けた様子の輝美は、口を両手で覆うと、急速に顔色を悪
くしていった。
「余計なことを聞いて、済みません」
「いえ」
 小さく首を横に振る沙羅。娘の死を知ってからまだ間のない今なら、かえっ
て楽に話せる。やがて百合亜がいなくなった事実を嫌でも思い知らされるとき
が来れば、きっと口にすることはなくなるだろう。
「そうだわ、輝美ちゃん。母親として私が見ている限りじゃ、百合亜に極親し
い男の友達がいたとは感じられなかったんだけれど……」
 言葉を切った沙羅は、輝美の瞳を見つめた。「極親しい男友達」の意味を汲
み取ってくれたかどうかを判断するためだ。
 輝美は無言でうなずいた。
「あなたはどうだった? いたように思った?」
「私もそんな感じは受けませんでした。もちろん、同じクラスの男子の名前を
挙げて、あれこれ話題にしたことはありましたけど……。あっ」
 下を向いていた顔を、不意に起こした輝美。沙羅は彼女をまじまじと見返し
た。
「どうかしたの?」
「これが事件に関係あるかどうか、分かりません。でも、ちょっと変な話だっ
た気が」
「変な話? どんなことでもいいわ。聞かせて」
「言っても信じてもらえるかどうか……。私自身、電話で聞いたとき、百合亜
の口調も冗談みたいだったから、本気に受け取らなかったんです。百合亜、こ
んな風に言ってました」
 沙羅は唾を飲み込み、輝美の言葉を待った。
 輝美は静かにため息をついてから、ゆっくり、絞り出すようにその言葉を口
にした。
「女の人を好きになりそう、と」

 彫弥は大人しくしているのに飽き始めていた。
(終業式なんて久しぶりだが、やはり退屈なものは退屈だったな)
 浜野百合亜の事件が起こったため、目立つ真似はなるべく慎むのがいいだろ
うと判断し、半ドン−−彫弥にとっては休日と同義語だ−−にも関わらず登校
してきた訳である。
 退屈そのもののセレモニーも終わり、いい加減、消えたい気分だが、ここで
いなくなってはかえって目立つ結果になる。今日は警察も来ているようだ。最
後まで我慢するのが得策に違いない。教室の自分の席で、せいぜいふんぞり返
る。
(ま、俺なんか、遅かれ早かれ、呼ばれるに決まってるだろうな。そんときは
親父に助けてもらうしかねえか。どやされるのは気に入らないが)
 あくびが出た。クラス担任が何やらうだうだと続けているが、彫弥は聞く耳
を持たない。
(悪い噂が広まるのが早いってのは、本当だな。俺と西園がちょっと声高に言
い触らしてやっただけで、式の最初にはあの有り様だぜ)
 ほくそ笑む。目立たぬよう、かき回すのは暇つぶしにはもってこいだ。
(案外、尾ひれは付かなかったみたいだな。お高くとまった生徒会長さんを引
きずり落とすぐらいに膨らむかと思ってたのによ、面白くもねえ。……まあ、
確かに美形だったよな。考えてみれば、もったいない話だぜ。死ぬと分かって
たら、一度、味見しておくんだったがな、はん。にしても犯人の野郎、何のた
めに殺したんだ? 優等生を殺すなんて、訳分からんぜ。それとも……)
 自分の新たな思い付きに、苦笑いを浮かべた彫弥。
(あいつとやりたい奴が、まともに言っても無理だから、思い詰めて殺したの
かねえ。殺したらそれで終わりじゃねえか。一度しか楽しめない。割に合わね
えってことぐらい、少し考えたら分かりそうなもんだ。俺にだって理解できる
んだからよ)
 周囲が、がたがた音を立てた。やっと終わったらしい。彫弥はもう一つ、あ
くびをして、のそりと立ち上がった。
 鞄なんぞは持って来ていない。身一つで廊下へ出るなり、彫弥の前に男子生
徒の一人が立ちふさがった。
「……何だ、おまえ」
 彫弥は顎を突き出し、相手の顔をにらみ気味に見た。知っている顔だ。同じ
二年だとは分かるが、名前が思い出せない。
「邪魔だ」
 肩をそびやかし、横を通り抜けようとした途端、腕を掴まれた。自分に対し
て、同学年の中にこんな態度に出る奴がいるとは考えもしない彫弥は、怒りよ
りも驚愕して相手を見返した。
 その間隙をつくように、相手は鋭く言った。
「栗木。おまえが言い触らしたそうだな」
「……何のことか分かんねえ」
 手を振り払う。ようやく、相手の名前を思い出した。
「張元……だったよな」
「おまえが言い触らしたんだろう。聞いて回ったら、何人かがはっきり言った
ぜ。ごまかすなよ。西園からも聞いたんだからな」
 張元の言葉に、彫弥は頭を抱えたくなった。
(西園の野郎……馬鹿が。これほど気弱な奴とは思ってもみなかった。ことが
殺人だから、びびってやがる)
 自分自身の気後れは棚上げし、心中で毒づく。
「あいつが何を言ったかなんて、知らんなあ」
「分かっているはずだ。認めろよ」
 とぼけてみても、張元の強い調子は収まりそうにない。腕ずくで黙らせても
いいのだが、場所が場所なら、時も悪い。目立つ振る舞いは避けねば。
「何も知らねえよっ。仮に何か知ってたって、おまえに言う気はないね。もち
ろん、先公にもだ」
「……人が死んでいるんだぜ」
 張元が再び彫弥の前に立つ。完全ににらみ合う格好だ。
「同じ学校の、同じ年齢の! 俺は同じクラスだった」
「……そうか」
 また思い出した。彫弥は殊更ににやりと笑って見せた。対する張元が、訝し
げに顔をしかめる。
「張元、おまえ、浜野のことが好きだったんだっけ? 違ったか?」
「そうだ」
 臆面もない返事に、彫弥は吹き出しそうになる。
「へえ? 付き合っていたのか?」
「ああ」
 張元の答に彫弥は口笛を短く鳴らし、憎々しさを装った。
「浜野とやったこと、あるのかよ」

−続く




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