AWC    12 演奏会


        
#4764/7701 連載
★タイトル (GSC     )  96/ 9/22   0:15  (169)
   12 演奏会
★内容

 私は高校生時代、ほとんど音楽会に行くことができなかった。それはアルバイト先
に住み込み暮らしをしていて金も時間もなかったからで、ピアノの巨匠バックハウス
の招待券があったのに、聞きに行けなかった時は本当に悲しかった。

 それでも一度だけ、昼の部の招待があって、学校から皆と一緒に名古屋市公会堂へ
行ったことがある。
 エルリーというフランスの若手ヴァイオリニストのリサイタルで、生まれて初めて
のクラシック コンサートだったので、ジーッと身動き一つせずに聞き入ったものだ。
ピチピチとはちきれそうな演奏で、今から思うと、ややヴァイオリンの弦がきしんで
雑音の多い演奏だったが、難解な曲をこなした後、アンコールに4曲もサービスして
くれたのを覚えている。


 東京に出てからは、以前の損失を取り返すような勢いで、暇さえあればクラシック
演奏会を聞きに行った。
 労音(労働者音楽サークル)は今もあるかどうか知らないが、良い音楽を比較的安
い値段で聞かせる会である。他に『都民音楽サークル』と言うのもあって、寄宿舎に
居た頃、友達4人で入会し、毎月出かけたものだ。


 私は音楽会の半券をノートに貼り付け、点字で感想などを記入してスクラップのよ
うに保存しているが、東京の2年間で24枚・札幌の11年間で43枚・名古屋へ戻
ってからの20数年間で100枚ほどある。そのほか半券のないものを数えても、せ
いぜい200回くらいだろうが、私としてはよくコンサートに出掛けたほうである。

 それらのうち感動深かった演奏会は、ヴァイオリンのリサイタルが多い。

 1 チェコのヨゼフ・スークがまだ無名の頃、そのヴァイオリンを文京公会堂で聞
いた。地味な曲目ながらも、文字通り非の打ち所のない演奏だと思ったが、はたして、
彼は程なく世界的なヴァイオリニストとして知られるようになった。
 その後も何回か聞く機会があり、レコードも買って持っているが、彼の楽器は国家
の費用で買い与えられたストラディバリウスとのこと、確かに優雅この上ない音色と
言ってよい。


 2 ダビード・オイストラフの息子イーゴリー・オイストラフの演奏は、父に劣ら
ぬ高度なテクニックを聞かせてくれて、特に、音量が大きい点で迫力があった。
 ヴァイオリンの生演奏では音の大きさも重要な要素であり、我が国にも一流と言わ
れるヴァイオリニストは大勢いて、技巧的には間違いなく最高レベルに達しているに
も関わらず、広い会場で生演奏を聞いた場合のボリュームと音色の雄大さにおいて、
残念ながらまだまだ物足りないことが多い。


 3 父ダビード・オイストラフの晩年の演奏は、正に枯淡の境地という感じであり、
その音色は甚だ「奇怪」で、ほとんど倍音を聞いているような具合であった。すなわ
ち、メロディー本来の高さの音が聞こえず、その上と下の音が耳に強く聞こえるので、
私なりの表現を使うならば、「真ん中が抜けた中空の音」とでも言おうか? 自分の
頭の中まで二つに分裂してしまうような奇妙な錯覚に襲われたものだ。これは、彼が
若かった頃のレコードの透明な音色とは全く逆の印象であった。


 4 ヘンリック・シェリングの演奏会は、息子と二人で近鉄電車に乗って、鈴鹿市
民会館まで聞きに行ったが、私だけでなく、名古屋からはるばる出かけて行った人も
何人かいたようで、確かにそれだけの価値は十二分に有った。
 巨匠と言われ、既に晩年に近かった筈なのに、シェリングの演奏は若々しく、しか
も技巧は完璧だった。レコードと変わらぬ美しい音質で、心ゆくまで名曲を聞かせて
くれた。


 5 一番感激の強かった音楽会を一つだけ挙げるとすると、1965年(昭和40
年)12月に札幌市民会館で行なわれた、アイザック・スターンの演奏会である。

 札幌の冬はしばれる!
 私は勤めを終え、白杖片手に市電に乗って、一人で市民会館へ行ったものだ。
 ついその1ケ月前、レオニード・コーガンのリサイタルを聞いたばかりだったし、
C席1200円は、当時のわが家の家計にとって決して安くなかったが、私は割合音
楽には金銭を惜しまない方である。
 開場に入り、一階ほぼ中央の座席に案内してもらって、演奏の始まるのを待った。

 ラジオ(レコード)で聞くアイザック・スターンのヴァイオリンの音色は、私の言
葉で表現するなら「乾いたような音」である。
 ヴァイオリンは、楽器により演奏者によって各々音色が異なる筈だが、実際にそれ
ぞれを聞き分けることはほとんどできない。駆け出しの若手にも素晴らしい演奏家は
大勢いて、録音の仕方いかんでは、世界的な名ヴァイオリニストのレコードと区別し
がたいこともしばしばある。
 けれども私には、アイザック・スターンの音色だけは聞き分けられるような気がし
て、正に「乾いた感じの音」がするのである。

 ところが、演奏が始まった途端、私は奇妙な感じに打たれた。
 スターンの奏でるヴァイオリンの音が、想像していたのとは全然違った不思議な響
きなのである。
「この音はいったい何なんだ。まるで喉に痰でも絡まっているような具合だ。」
 私は思わずそう言いたくなるほど、メロディー全体にザラッとした濁りが混じって
聞こえた。それが全く違和感も不快感も与えず、むしろ独特の美しさを醸し出してい
るのだ。
「これはいったい何だろう?」
 私は何度も心の中でつぶやいた。ヴァイオリンの弦の上に細かい砂粒でも撒いたよ
うな音がするから、松ヤニを弓の弦に塗り過ぎたのかとも考えたが、最初から最後ま
で音が変わらなかったところをみると、あれがアイザック・スターンの独特の音色な
のであろう。それをレコードに録音すると「乾いた音」になるのである。

 音色だけでなく、音量の大きいのにも驚いた。
 どんな名高いヴァイオリニストの演奏会でも、伴奏のピアノよりも大きな音をヴァ
イオリンで出すことはできない。楽器のサイズから考えて物理的にそれは当然であり、
従って、ピアノ伴奏者は多分力をセーブして、ヴァイオリンの妨げにならないように
注意して弾いているものと考えられる。が、だんだん気分が盛り上がってきて演奏に
打ち込んで行くに連れ、つい力が入ってしまって、ともすると伴奏をセーブするのを
忘れてしまうことがあるのではないだろうか? そんな時には、一瞬名ヴァイオリニ
ストの音が伴奏のピアノの音にかき消されることがあるものだ。
 私は過去何十回もヴァイオリンの生演奏を聞いているが、ただ1回の例外を除き、
ピアノを圧倒する程大きな音のヴァイオリンを聞いたことがない。
 そのたった1回の例外が、アイザック・スターンだったのである。
 すべからく音楽会というものは、その時その時により条件が異なる。演奏者・伴奏
者・聴衆・それぞれの精神的あるいは身体的コンディションに左右されるのは勿論の
こと、会場の広さ・観客の数・音響設備・気象条件・座席の位置や聴衆の態度……。
故に、どんな名人が演奏しても、必ずいつも大成功を修めるとは限らない。
 けれども、あの日のアイザック・スターンの演奏は、〈完全中の完全〉であった!
 ヴァイオリンの音が伴奏のピアノの音量に負けるということは全然なく、それどこ
ろか、ピアノを全く意識させずに、広い会場の隅々まで朗々と響き渡ったのである。

 さらに恐れ入ったのは、「正確な音程」とか「超人的な弓使い」とか「寸分違わぬ
和音」とか「フラジオレットの素晴らしい技法」…などという感覚を全く忘れさせる
ほど、それは〈完璧な〉演奏だったことである。
 常々私は、「ヴァイオリンこそ、人間の生み出した曲芸の最たる物」と思っている
が、それにしてもスターンのヴァイオリンはものすごかった。
 ブラームスの音楽を私はあまり好まないが、語り掛けるようなあのソナタの演奏を、
一生忘れることができない。

 その日の模様は、アルバム(スクラップ)に次のように記録してある。

  寂のある独特の音色
  技工を超越した完璧な演奏
  朗々と響き渡る音量
  対話的音楽
  楽器と奏者が一体
  最高の恍惚感
  欠点なし!


 以下、アルバムの中から、特に私の印象に残った演奏会を列記してみる。
 ヴァイオリン=アルフレード・カンポーリ、レオニード・コーガン、イツァーク・
パールマン。
 チェロ=ピエール・フルニエ、ヤーノシ・シュタルケル。
 ピアノ=パウル・バドゥラスコダ、イングリット・ヘブラー。
 フルート=ミシェル・デボスト、ジャン・ピエール・ランパル、オーレル・ニコレ。
 室内楽=イストミン スターン ローズ トリオ、ドイツ バッハ ゾリステン(カー
ル・ビンシャーマン指揮)。
 テノール=ペーター・シュライアー。
 オーケストラ=クリーブランド管弦楽団(ジョージ・セル)、ウイーンフィルハー
モニー(ウィリー・ボスコフスキー)、ベルリン国立歌劇場のオペラと管弦楽団、バ
ンベルク交響楽団。
 など、中には2度以上聞きに行ったものも多い。

 日本の演奏家では、外山滋・江藤俊哉・豊田耕児・巌本真理・諏訪根自子・荒谷陽
子・山本和・和波孝喜・石田なをみ(以上ヴァイオリン)、松浦豊明・安川加寿子
(ピアノ)、中山悌一(バリトン)、日本フィル(山田一雄指揮)、札幌プロアルテ
室内楽団(荒谷正雄指揮)などがよかった。


 アルテュール・グリュミオー、ルッジェーロ・リッチ、フィッシャー・ディスカウ、
ハンス・ホッター、ニューヨークフィル、ベルリンフィルなど、是非聞きに行きたか
ったが、結局聞き逃してしまったのは残念だ。

 カール・ベームの指揮するモーツァルトの交響曲や、ナターン・ミルシュテインの
美しいヴァイオリンの音色を、是非生演奏で聞きたかったが、今はもうあきらめるし
かなくなった。


 話をまたヴァイオリンに戻すが、私の好きな演奏家の音色、例えば、スターン、グ
リュミオー、ミルシュテインらの愛用している楽器は、いずれもクレモナの名工『グ
ァルネリウス』作のようである。


                  [1996年3月21日   竹木貝石]
--------------------------------------------------------------------------







前のメッセージ 次のメッセージ 
「連載」一覧 オークフリーの作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE