AWC      音楽によせて        [竹木貝石]


        
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★タイトル (GSC     )  96/ 9/22   0:10  (128)
     音楽によせて        [竹木貝石]
★内容


  まえがき

 私は自分の思い出や思い入れを、一つのテーマに基づいて書きつづるのが好きであ
る。
 今回は、『音楽』に関連する随筆を幾つか羅列してみる。
 音楽に関心のない人にとっては退屈な話になるし、その方面にあまり詳しくない人
から見ると自慢話のように思えるかも知れない。
 逆に、音楽に造形深い人や専門家の目から見れば、間違いだらけで低レベルの乱文
ということになろう。
 しかも、音楽に関係ないことも沢山挿入してしまうから、要するに、私の勝手気ま
ま・支離滅裂な思い出話ということになる。
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   1 母に教わった歌

 ドボルザークの歌曲に、〈亡き母の教えたまいし歌(口語文で言えば、母が教えて
くれた歌)〉という曲があるが、私の話はそんな大層なものではない。
 母は私が8歳の時に肺結核で無くなった。幼児期の記憶といっても、私は視覚障害
者だから、母の面影を声で想像するしかない。
 母が教えてくれた幾つかの童謡を思い出す。


  『起き上がり小法師』
   放り出されてコロコロ転び
   体ゆすってむっくと起きて
   あちらを向いて黙って座る
   おきゃがりこぼしはおかしいな。


 ところで、第二次大戦ご間もない物資欠乏の頃、小学5年生の点字の理科の教科書
の中に、「起き上がり小法師を作ってみよう」という課題があった。
 まず、粘土で達磨の形を作り、それを真ん中から横に半分に切って、よく乾燥させ
る。次に、新聞紙を細かくちぎって水で湿らせ、半分に切ったそれぞれの達磨の表面
にくっ付ける。その上を新聞紙で数回包み、糊ではって、丸い達磨の形に整えたら、
中の粘土を抜き取る。新聞紙の達磨の底面の内側に、粘土の球を貼り付ける。半分ず
つの新聞紙の達磨をきちんと張り合わせて、出来上がりであった。
 私は幼い時に母から教わった「起き上がり小法師」という物を、5年生になって初
めて知ったのだった。
 その後も、「起き上がり小法師」と聞くと、ふと母を思い出す。


  『大国様』
   大きな袋を肩にかけ
   大国様が来掛かると
   そこに稲葉の白兎
   皮を剥かれて赤裸

   大国様は哀れがり
   綺麗な水で身を洗い
   蒲の穂綿にくるまれと
   よくよく教えてやりました

   大国様の言う通り
   綺麗な水で身を洗い
   蒲の穂綿にくるまれば
   兔は元の白兎

   大国様は誰だろう
   大国主の尊とて
   国を開きて世の人を
   助けたまいし神様よ。

 当時、小学校(国民学校)の国語の教科書には、古事記から取った神話が、実在の
物語として沢山載っていたが、『稲葉の白兎』もその一つであった。
 音楽には全く関係ないことだが、この物語に登場する「鰐鮫」というのは、あれは
鰐なのか、それとも鮫なのだろうか?

 さて、まだ二歳か三歳の頃、私は母の背中で激しく泣きわめいていた。
 持病の小児神経症のような発作で、私は毎年1回か2回、非常に気持ちの悪い症状
を現したものだが、大人になってから、そして今でも、その絶えられない発作の状態
を実感として呼び起こすことができる。しかし、その様子を文章や言葉では決してう
まく説明できない。一言で言えば、聴覚・味覚・触覚・深部感覚・内蔵感覚の全てに
おいて、異常な状態になるのである。

 その日のことは何故か子供心にも覚えており、「兵隊送り」といって、出征兵士を
村や町からみんなで送り出す日であった。群衆の
「万歳 万歳」の声に送られ、若い兵士が出立して行く所だったが、私は折から発作
の真っ最中で、母に背負われていたが、激しい動悸と耳鳴と喉の乾きと生唾と…、と
にかく表現できない嫌な気分に、ありったけの大声で泣きわめくしかなかった。母は
背中の私を揺すり上げながら優しい言葉を掛けてくれるが、発作には何の効き目もな
いのであった。

 そして次の場面は、何時しか帰り道になっていて、私は乳母車に乗せられ、母と姉
がその乳母車をゆっくりと押しながら、『大国様の歌』を歌って聞かせてくれていた。
「大きな袋を肩に掛け、大国様が来かかると……」
 私の耳の奥では、まだ脈動に伴って「ギュー ギュー ギュー ギュー」と、かす
かな耳鳴が聞こえていたが、もう先ほどのような気分の悪さは消えていて、心の中で、
「おっかちゃん、さっきはあんなに泣いてごめんね!」
 と詫びたい気持ちでいっぱいだった。


  『春よ来い』
   春よ来い 速く来い
   歩き始めたみいちゃんが
   赤い鼻緒のジョジョ履いて
   おんもへ出たいと待っている

   春よ来い 速く来い
   おうちの前の桃ノ木の
   つぼみもみんな膨らんで
   はよ咲きたいと待っている。

 この歌は正に、春まだ浅い故郷の田舎をほうふつとさせる。
 単純だが、ほのぼのとした良い歌だ!


 歌ではないが、一種の呪文(祈)のような言葉がある。
 私の田舎では、「生き物を大切にする」という気持ちから、害虫は殺してもよいが
益虫は殺してはいけないと言うことで、虫類を捕まえて遊んだ後、益虫を放してやる
時に、
「ぼーんにさと持ってこーいよ(盆に砂糖持って来いよ)」
 と言って、遠くの方へ逃がしてやっていた。
 母はさらに念いりな呪文を教えてくれて、

   おれのおんもへといつくな(取り付くな)
   乞食の港へといつけよ
   盆と正月礼に来い。

 私は子供の頃、いつもこの言葉を歌のように唱えてから、虫たちを逃がしてやった
ものだ。
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