AWC 川島俊介『通り雨』3


        
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川島俊介『通り雨』3
★内容
 最後の言葉は虚勢であろう。そうやって虚勢をはることで自らに鞭打とうとしてい
る由希子のありさまが不憫でもあった。
「でも立ち直ったのは最近なんだよ。やっと淳のこと諦められるようになったんだ」
 続ける由希子の言葉には、まだ忘れ得ぬ淳への思いが残っている。脇田を諦めよう
と精一杯あがいている由希子の気持が、手に取るようにわかる。

「なぜ、そんな話をする気になったんだ?」
 そう尋ねると由希子はしばらくためらってから答えた。
「俊介だから話したかったの。ほんとはね、二年生の途中から淳と何かぎくしゃくし
てた。別れるなんてこと夢にも思ってなかったから、他の男の子とつきあうなんてこ
と考えもしなかったけどね。でも俊介にはずっと好意を持ってた。これはほんとよ」
 由希子の目がぼくに向いた。
「俊介にはよくノート借りてたでしょう。ノートなんか借りられる女の子なんて他に
いっぱいいたのに、俊介と少しでも話しできたらいいなって思ったからなんだ」
「女の子のノートの方が俊介のノートなんかよりずっと頼りになるのにね」
 と言って由希子はいたずらっぽい笑顔を作ろうとしたが、その目がそれを拒んでい
た。

 由希子はさらに続けた。
「ごめんね。こんな言い方すると、まるで淳と別れたから代わりに俊介に乗り換えよ
うとしてるみたいだね」
 少ししんみりとした顔をした由希子を励ますようにぼくは言った。
「ぼくはそんな風に思ってないさ。第一、脇田とのことをこんな風に話してくれるっ
ていうことが、小島がぼくに対して誠実だっていうことだろ」
 由希子はそれを聞くとうつむいた。
「わたしは誠実なんかじゃないよ。今日だってワープロ買うのにつきあってほしいな
んてどうでもいい理由つけてつきあわせたし、もしかすると正直に話すことで誠実だ
ってふりしてるのかも知れないし……」
 由希子の声が沈んでいく。
「それくらいわかってたさ」
 ぼくは当然だとばかりにそう言った。
「えっ」
 と意外そうに顔を上げた由希子の瞳を見つめながら、ぼくは言った。
「ワープロ買うのにつきあえなんて理由が少し変だろ。脇田につきあってもらえばい
いことなのに、そうしないのは何か理由があるんだなって。ぼくに何か話したいこと
があるんじゃないかなってさ。誰だってそう思うさ」
「やさしいんだね、俊介。そう思っててもつきあってくれて、話も聞いてくれて、慰
めてくれて。昔と全然変わんないね。久美子は幸せだな」
「久美子? あいつとはもう一年も前に終わってるぜ」
「えっ!」
 由希子は本当に意外そうな声を上げた。
 たしかにぼくは、一時期久美子と交際していた。けれどもそれは一年も前までのこ
とで、久美子はもうぼくの恋愛の対象ではなくなっていたし、久美子もまたそうだっ
た。脇田や小池はそれを知っていたし、由希子もまた当然気づいているものとばかり
思っていた。だから、そのことに由希子がまだ気づいていないということの方が、ぼ
くには意外だった。
「おまえ一緒に遊んでて気づかなかったのか。案外鈍いやつだなあ」
「そうだったの。別れても会っててつらくなかった?」
 由希子は、自分と淳との関係を、ぼくと久美子との関係に重ねているらしかった。
「ステディじゃなくなっただけで、友達ってことに変わりはないだろ」
 事実、久美子と別れてからも友達としてのつきあいは続いていた。「同級会」にも
二人で顔を出している。むしろ普通の友達関係よりは親密だと言ってもいいくらいだ
ったかも知れない。由希子が別れに気づいていないことが、それを証明している。
「久美子も俊介も強いんだね。わたしはつらくて淳となんか会えないな」
「小島のそういうところも脇田には負担だったんだろ。たぶん」
 ぼくがそう言うと、由希子は目を伏せてため息をついた。

「言っとくけどな、ぼくは誰にでもやさしいわけじゃないぞ。小島は脇田とつきあっ
てたし、ぼくも一時期は久美子とつきあってたから、遠慮してたけど、小島のことは
ずっと気になってたんだ」
 それを聞くとそれまで沈んでいた由希子の表情が少し明るくなった。
「ほんとうに?」
 自分を元気づけるための方便ではないかと半分疑うかのように由希子はぼくに訊い
た。
「ほんとうさ。こんなこと嘘ついてどうする」
 ぼくがはっきりとそう答えると、由希子の目から涙があふれてきた。
「うれしい」
「泣くなよ。照れるじゃないか。小島もぼくも互いに好意を持ってた。それがわかっ
たっていうだけのことさ」

 由希子はそれを聞くと、
「わたし、わたしね、俊介が・・・・・・」
 と言いかけたがぼくはそれを遮った。
「改めて言葉にするのはなしにしようぜ。言葉にすれば形になる。形のあるものはこ
われやすい。時間はいくらでもあるんだ。急ぐ必要はないさ」
 由希子は素直に頷いた。

「でも、ひとつだけお願い。もし俊介がよければだけれど、また時々会ってくれる?」
「いいよ」
 と答えると由希子は少し照れたような微笑みを浮かべて、
「よろしくお願いします」
 と頭を下げた。
「ぼくでよければいつでも」
 とぼくも言葉を返した。

「ごめん。忘れてた。お昼まだだったよね?お腹空いたでしょう?」
 由希子が時計を見ながら訊いた。時計は二時を回っていた。
「どこかに行かない? 今日はわたしがおごるからさ」
「気をつかうなよ。コーヒー飲んだから貸し借りはもうなしだぜ。割り勘でいいよ」
 と答えながら、ぼくは適当な店を考えていた。
「そうだな、カリーナにでも行こうか」
 カリーナであれば、ここからもそう遠くないし雰囲気も悪くない。
「うん。そうしよ」
 答える由希子の表情は、先ほどよりずいぶん和らいでいた。
「やっと調子が出てきたな。さっきはすごく暗い顔してたから」
「そんなに?」
「ああ。首でも括りそうな顔してた」
「まっさかあ」
 と言うと、由希子はぼくの肩を叩いた。


     4
 ほんの一時間足らずだったが、炎天下に駐めておいた車の中は蒸し風呂のように暑
くなっていた。ハンドルも、握れないほど熱い。ぼくはエアコンの風力を最大にする
とドアを開けて言った。
「今日は最高三五度って予想だったよな。暑すぎるから少し冷えるまで外で待とう」
「ほんと。外の方がまだましだね」

 由希子のマンションの周りは、敷地の広い大きな住宅が並んでいる。午後二時過ぎ
のいちばん暑いときである。誰もがエアコンの効いた家の中に閉じこもっているのだ
ろうか。静かな住宅街には人影が見あたらなかった。スポーツ車特有の弾むようなエ
ンジン音がその静寂をおびやかしているようで、後ろめたいくらいだ。
「ここって静かだな。いつもそうか?」
「うん。夜なんか怖いくらい」
「じゃ、帰りが遅くなるときは電話しろよ。かけつけて送ってやるから」
 ぼくは先月買ったばかりの携帯電話を見せながら言った。
「またあ。その気もないくせに」
 と笑いかけて、由希子は言った。
「携帯も持ってるの? バイトもしてないくせに親不幸者!」
「趣味なんだよ、電器製品買うのが」
「ほんとにいい趣味ね」
「だからおまえ、ワープロ買うのにつきあわせたんだろ」
「そうでした。どうも失礼」
 と言ってペコリと頭を下げる姿は、元気な由希子のものだった。

 カリーナに着いたのは三時近かった。土曜日ではあったが、昼時をずいぶん過ぎて
いたせいか店の中は空席が目立った。
「あんまりお腹空いてないのよねえ」
 カリーナのショーケースを眺めながら由希子は言った。昼時を逸したせいか、ぼく
もさほど食欲はなかった。
「ぼくもだなあ」
 相槌を打つように言うと、
「ケーキとお茶ってとこでどう?」
 と由希子が提案した。
「そうだな」
 とぼくもそれにのることにした。

 店に入ると、ぼくたちはシフォンケーキとアイスミルクティーを頼んだ。
 店の外は相変わらず日差しが強い。日傘をさして道ゆく人々をガラス越しに見やり
ながら、ぼくたちは二人だけの「同級会」をした。由希子はまだ湯豆腐論争のことを
覚えていて、自慢気に話をする。教養部時代の思い出話が多かった。
「あの頃がいちばん楽しかったな」
 由希子が遠くを見るような目で言った。
「おまえの歳でそれを言うか?」
 それは成人したばかりの学生の言葉とは思えなかった。そんな風に過去を振り返っ
ていては、由希子がほんとうに立ち直ることはできないような気がした。
「そんな風に昔を懐かしむようなことは言うなよ」
 改めて諭すようにそう言うと、由希子は小さく「うん」と頷いた。

「ねえ、今日何か予定ある?」
 ケーキを食べてしまうと由希子が訊いた。
「なあんにも」
「どこかに行かない?」
「そうだなあ……」
 ぼくはタバコに火をつけながら言った。
「どこか行きたいとこあるか?」
「そうねえ……」
 由希子はしばらく考えてからつぶやくように言った。
「星の見えるところ、なんていいかな」
「星?」
「まだ三時だぜ。本当に星の見えるところがいいのか?」
「ううん。ただ言ってみただけ」
 という言葉とは裏腹に、由希子は本当に星が見たいらしかった。

 ぼくはしばらく考えてから答えた。
「よし。じゃあ内海へでも行くか」
 内海海岸なら、空が暗くて星が良く見えるはずだ。今日はできるだけ由希子の願い
をかなえてやりたかった。由希子が早く前の自分を取り戻してくれるように。
「ほんと?」
 由希子は目を輝かせた。
「ああ。それじゃ早速行くとしようか」
「ちょっと待って」
 由希子は半分ほど残っていたアイスティーを急いで飲みほすと立ち上がった。


     5
 カリーナにはずいぶん長居をしてしまった。
 内海海岸は知多半島にある。ぼくたちは高辻で名古屋高速に入り、続いて知多半島
道路に入った。
 両方とも六十キロ制限の道路なのだが、それは名ばかりで、名古屋高速も知多半島
道路も百キロ近くで流れている。中央分離帯のない知多半島道路を百キロで走行する
のは安全とは言えない。ぼくは車の流れを邪魔しないように、そしてスピード違反に
ならないように走ろうとするのだが、これが難しい。時折、しびれを切らせた後続車
がパッシングをしてくる。
「ちぇっ。こっちはルール通りに走ってるんだぜ」
「俊介って案外まじめなんだね」
「案外は余計だろ。こっちだって速く走りたいんだ。自制心だよ、自制心」

 知多半島道路に入ってしばらく走った頃、にわかに雲行きがあやしくなって大粒の
雨が落ち始めた。
「星を見に行くっていうのについてないな」
「通り雨だよ。さっきまで晴れてたんだから。すぐに晴れるって」
 由希子の言葉とは裏腹に、雨は激しさを増して路面を叩きつける。視界が効かない。
フォグランプを灯けて、先行車の赤い尾灯を頼りに走る。




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