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レディア・サーガ =第一章(8)= 悠歩
★内容
「ちっ、役立たずが」
さも不愉快そうに傀儡師グァーバ吐いて捨てた。
ラルムはその声を無視するかの様に、妹の亡骸を床に寝かせその手を組ませてやっ
た。そして安らかな眠りを願う印を胸元で切った。
「随分と殊勝な事をしてるじゃないか、え? ラルムよ。自分でぶっ殺したくせにな
あ」
無言のまま、簡略化された弔いの形式を終えたラルムは、まだ妹の血糊の乾かない
剣を構え傀儡師に対峙した。
「ふふん、俺とやろうってのか。言っておくが俺の動きはその娘より早いぞ。貴様の
その足で、対応できるかなあ」
傀儡師が指摘した通り、ラルムの足の傷からは出血が続いていた。
傷は深く、本来ならば立っているのさえ困難な程の痛みがラルムを攻めて立ててい
た。
正直、傀儡師に勝てる自信は無い。傀儡師が自ら主張する動きの素早さは知らない
が、少なくとも首を切り落としても致命傷にはならない敵であることは事実だ。
だがラルムは負ける事は出来ない。その使命のため、いやそれ以上に妹の死に報い
るためにも。
「どちらにしろ、今の貴様等に残された道は二つだけだが、な。俺に殺されるか、炎
に焼かれるかのな」
シンシアは悲しかった。
目前に迫った炎の熱ささえ忘れる程に悲しかった。
会ったばかりで、まだろくに言葉も交わした事のないリアの死。
言わば、全くの他人。その死がとても悲しかった。
これまでにも何度が、人の死を見てきた。それが見知らぬ者の死であっても、シン
シアは悲しみを覚えてきた。
しかしそれらの悲しみと、今リアの死に感じている悲しみとは違っていた。
ごく親しい者の死………かつて自分の父親代わりだった者の死の際に感じた悲しみ。
数刻前までは、全く面識の無かったリアの死に何故そこまで………。
シンシア自身にもよく分からない。或いは兄に対し最期まで健気であったリアの想
いに心打たれたからかも知れない。
また或いは妹を自らの手に掛けてしまったラルムの痛みを感じてしまったのかも知
れない。
まるで長年共に暮らして来た妹を亡くしてしまった………そんな悲しみをシンシア
は感じていた。
「この子………かわいそう」
シンシアはリアの亡骸を慈しむように抱き上げた。まだ温もりが残ってはいたが、
それも徐々に失われている。
「あなた、お兄さんが大好きだったんだね」
シンシアの頬を涙が伝わった。
ラルムと傀儡師は、ほぼ同時にシンシアを振り返った。正確にはシンシアから放た
れた光を。
「ま、まさか」
傀儡師グァーバの顔から余裕が消えた。
そしてラルムは、もはやそれが不要で有ると言う様に剣を収めた。
「しまった、そいつを先に殺すべきだった」
顔をひきつらせたグァーバは、正面に対峙したラルムを無視してシンシアに飛び掛
かろうした。剣を収めたラルムは、もうそれを阻止しようともしない。
「強き光、闇を払う」
「酷すぎるよ………あんた」
悲しげな顔を上げ、襲いかかろうとしている傀儡師をシンシアは見つめた。
「人の命を弄ぶなんてさ………例え神さまだって、しちゃいけない事なのに」
「黙れ! 光の者め」
傀儡師は両の手を、シンシアの喉元へと伸ばした。シンシアのペンダントから発せ
られた光に触れ、傀儡師は腕から消え去って行った。まるで風に吹かれた灰のように。
「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な!! せ、折角のチャンスにぃ」
叫び声だけを残し、傀儡師は消えた。
「さあ、早くここから逃げるのです」
ラルムはまだ呆然としているシンシアを促した。
「え………いったい、何が起きたんだい?」
シンシアの腕を掴んで、強く引き寄せる。次の瞬間、それまでシンシアの居た場所
に天井の一部が崩れ落ち、リアの亡骸が下敷きとなった。
「あ」
シンシアはリアの方へ、手を差し延べようとする。だがラルムはそれを強引に引っ
張り窓まで連れて行った。
「あんた、あんたの妹だろ」
「止むを得ません。急がねば我々も命を落としてしまいます」
そう言ってラルムはシンシアを抱き上げた。
炎に包まれた廊下を行くのはもはや不可能だ。だが幸いここは二階。飛び降りれな
い高さでは無い。今はそれを邪魔する者もない。
ラルムは傷の痛みを堪えて跳んだ。
「おのれ、あと一歩だったのに………このままにしておくものか」
火の海と化した室内に怨みがましい声が響く。そして炎に包まれた床の一部が徐々
にと盛り上がり始めた。
傀儡師はまだ死んでいなかった。
光に包まれて消滅したかの様に見えたが、それでも室内に散らばった塵となった身
体の欠片全てが生きていたのだ。
その塵が集結して、再びもとの姿に戻ろうとしている。しかしそれには失われた部
分が多すぎた。身体に燃え移った炎を自力で消す事が出来ない様である。
しばらくしてようやく、頭とそれに繋がる左腕が形を成した。
「くそっ、このままでは再生が追いつかん」
不死身を自慢するグァーバだったが、シンシアの放った光によって受けたダメージ
は大きく、僅かに塵程度残された部分からの再生は遅々としたものだった。炎に焼か
れて消失していく速度の方が、再生を上回っていた。
「仕方無いが………」
炎に包まれていない体内の一部を、窓から遠くに放出する事を考えた。グァーバは
肉体の一部が、砂の一粒程度でも残っていれば、そこから再生する事が可能なのであっ
た。
「だがそれでは、再生に時間が掛かりすぎる………。くそっ、結局ラルムたち光の者
ども抹殺の手柄は、他の奴にとられてしまうのか………。ん」
選択を迫られていたグァーバの目に、瓦礫に埋もれ掛けたリアの亡骸が映った。顔
の一部が窺えるだけだったが、天井の瓦礫の下敷きになった事が幸いし、まだ炎に焼
かれないでいた。
「しめた、この娘の身体を使えば」
リアの身体は、グァーバの術が掛けられている。術に掛かった者は、グァーバ本体
とは別に存在するグァーバの身体の一部と化す。従ってその身体は、グァーバが再生
を行う際に、その材料として取り込むことが可能なのであった。
「くくっ、まだツキはこの俺を見放していない様だ………。こいつを使えば、再生は
容易い。待ってろよ、ラルム。すぐに後を追って、抹殺してくれる」
グァーバはその肉体を取り込もうと、リアの亡骸目指して跳んだ。だが亡骸の寸前
で、何か強い力により、弾き返されてしまった。
「な、何だ?」
「気づかぬか、傀儡師。貴様のツキは、とうに潰えた」
室内に女の声が響き渡った。
リアのものでは無い。もっと冷たい声。
闇の者であるグァーバでさえ、身を包む炎の熱さを忘れ、震えを感じる冷たい声。
「そのお声、まさか!」
おののくグァーバの目の前で、静かに瓦礫が横へと退いて、リアの亡骸が浮かび上
がった。
第一章(9)へ続く