AWC 推理小説的読書法「パントマイム・ダンサーズ」4 永山


        
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推理小説的読書法「パントマイム・ダンサーズ」4 永山
★内容
 ごくり、と唾を飲みこむ音が自分の後頭部で、やけに巨大にひびきわたる。
 声をかけようとして口をひらきかけ、声が出ないことに気がついた。
 息さえもが、とどこおっていた。
 そしてその時――異人戦士の鍛えぬかれた肉体が、ぐらりとよろめくのを目
にした。
 口の端から一筋の血流がどろりとこぼれ落ち、異人は目をむき出したまま路
上に足と手をついて倒れこんだ。
 優、やった、と心中快哉を叫びつつ親友に視線を移し――
 無意識のうちに小さく、悲鳴をあげていた。
 左手で右肩をおさえながら小柄な少女は、片ひざをついて苦しげに息をあえ
がせている。
 右腕は力なく路上にたれさがっていた。
       ↑「路上に」は不要では? これがあるために、優の右腕が路
       上に横たえられているように錯覚しました
「優!」
 叫びざま、かけ寄りかけた。自分以外にもほぼ同時に、数人の野次馬が「大
丈夫か」と叫びつつ走りだしている。
 その全員に向かって、
「来ないで!」
 凛とした叫びが、制動をかけていた。
 混乱しつつ慣性のまま走り寄りかけ、奈々は氷の刃に胸をさしつらぬかれた
ように、ぎくりと停止した。
 義侠心に富んだ他の数人の野次馬も同様だったらしい。一様に、ぎょっとし
たような顔をして、同じ方向に視線を向けていた。
 異人戦士に。
 憎悪と苦痛に、みにくく顔を歪めつつ蛮人は、両肩を抱えこむようにしてお
さえながら立ちあがっていた。
 たぎりたつ鬼気が、その全身から炎のようにゆらめいているのがわかった。
それが、少女救出に向かいかけた数人の足をとめさせた、正体だった。
 が――奈々は気づいていた。優が救助者たちに制止をかけたのは、褐色の戦
士のせいだけではないことに。
 なぜなら優の、少年のような美貌は、蛮人戦士を視野の端におさめつつも、
まるで別の方角に向けられていたからだ。
 そしてその焦点には――山高帽をかぶり、黒いスリーピースを身にまとった、
英国紳士を思わせるいでたちの、ひとりの老人がたたずんでいた。
 白い肌と鷲鼻、瞳の色は判然としないが、背丈はやや高めだ。白髭に覆われ
た顔は遠目には表情もわからないが、その全身から異様な紫色の炎が立ち昇っ
ているのを奈々は見た。
 もとより現実の光景ではあり得ない。オーラ、という単語が脳裏に浮かぶ。
ひとの生命力が霊的に現出するという、オカルトめいた知識とセットになって。
が、生まれてこのかた奈々は、オーラどころか幽霊ひとつ、目にしたことなど
ない。
 にもかかわらず、はっきりと目に見えていた。
 無数に集まった野次馬の背には、そういった類のものは見えない。はっきり
と形になって目にうつるのは、三つだけだった。異人、英国紳士の老人、そし
て優。
「何がどーなってるのよーもー」
 弱々しくつぶやいた時――
「さばき切れねえ、か」
 つぶやきとともに――第四のオーラが、奈々のすぐかたわらからずい、と現
れた。
 タケル……くん、と、小さくつぶやいていた。
 この騒ぎのそもそもの発端である、優の幼なじみらしい少年の小柄な背中が、
奈々の斜め前に姿を現したのだ。
 その背中には、炎が燃えていた。
 凶猛で、力にみちた、熱い炎の、幻像が。
 優がふりかえり、タケルの姿をみとめて大きく目を見ひらいた。
               ↑優の心理
 その顔に、わきあがるようにして微笑が浮かびあがる。
 タケルの横顔もまた、ニヤリと笑った。抑えきれないように。
 同時に二人は、ふたつの風と化していた。
 タケルは前方の英国紳士に、優は褐色の異人戦士へと。
 そしてふたつの逃走が、あいついで起こった。
 鷲鼻の老人は、タケルが自分に向けて急迫すると見るやいなや、ステッキを
                       ↑老人の心理に入っている
くい、と眼前に持ちあげた。そして――消えた。
 奈々は自分の目を疑った。が、消えた、としか表現できなかった。人群れの
なかにさっと身を隠したのかもしれない。身のこなしとタイミングで、どうに
でもできることではあった。が、いくらその行方をさがしても、移動の痕跡ひ
とつ見出せない。
 タケルもまた瞬時、とまどったようにたたらを踏んだが、奈々ほどうろたえ
はしなかった。すぐに方向を転じ、優の加勢に参ずるべく、異人戦士に向き直
った。                  ↑タケルの心理に入っている
 急接近する優を迎えうつ姿勢をとりながら舌なめずりを見せていた異人戦士
は、新たに出現した敵が自分のほうに進行方向をかえたのを目にして、ぎり、
                           ↑異人の知覚
と奥歯をかみしめた。
 闘争心に膨れあがっていた褐色の肉体が躊躇のためか、中途半端に後退と前
進を、くりかえした。
 が、勝ち目はない、と見たか歯をむきだして優と、そしてタケルを指さし、
「おまえたちは、おれが殺す! このタヤサルの、ラドワリが!」
 吠えるようにして、はっきりとした日本語でそう叫び、そして――
 消えた。
 今度はまちがいない。まぎれこめる距離に、人は一切いなかった。身をかく
せるような遮蔽物の類もまったくない。にもかかわらず、煙どころかトリック
撮影のように、ぶつ切りのコマから消失するがごとく褐色の肉体は、そこから
一瞬にしていなくなっていたのだ。
 口もとをおさえたまま呆然と、奈々は人間消失地点に目を釘づけ――
 優もまた、驚愕の表情で消えた襲撃者をさがして、何もない空間に視線をさ
まよわせていた。
 途方に暮れたように優はふりかえる。
 そして、人群れのなかに、タケルの小柄な背中がまぎれるようにして埋もれ
ていくのを見つけ、悲鳴のように声をあげていた。
↑上の六行、奈々と優の視点が交互に取り入れられている?
「タケル!」
 呼びかけに、少年はふりかえり、ちらりと唇の端に微笑を浮かべた。
 そして群衆をかきわけ、交差点をまたたく間にわたって駅構内に消えた。
 優は追ってかけ出しかけたが、背後で腹をおさえてうずくまるナンパ小僧の
存在を思いだし、ふりかえりながらたたらを踏んだ。しばし躊躇するように駅
          この段落、優の視点なのに、自己推測している↑
          うーん、それにしても、ここはやはり、タケルを
          追ってもいいんでは?
と背後とに視線をさまよわせたあげく、ため息をついて力をぬき、横たわるナ
ンパ小僧に歩みよった。
 大丈夫、と頬をたたく優に小僧が弱々しく微笑みながらうなずいているとこ
ろへ、わけがわからないまま奈々と小僧の相棒も歩みよる。
↑この段落、奈々(と小僧の相棒)の心理
 いまさらという感じで交番から警官が走り出てきた時、井の頭線改札わきの
窓から、タケルは最後にもういちど、遠い記憶の中の少女にちらりと、目をや
った。              ↑タケルの心理に入っている


パントマイム・ダンサーズ 00-03       青木無常
00-03 

「ただいま」
 と、さすがに疲れはてた面もちで玄関をくぐった優は、見なれない靴が二足、
あがりがまちにならんでいるのに気がつき、眉根をよせた。
 ごついコンバースの白いスニーカーは男もの。もうひとつのケッズのブルー
のシューズは、サイズからして持ち主は女性だろう。
 しばし、しげしげとその二足の靴に目をやっていた優の顔に、徐々に、おど
ろきと期待、ついでよろこびがふくれあがる。
「おとうさん! おかあさん!」
 叫ぶよりはやく、靴を宙にとばすようにぬぎ散らかし、どんどんと音をたて
て板の間をかけぬけた。
 リヴィングのソファにくつろいでいたなつかしい父の顔が、呆然とたたずむ
優の姿を目にして、くしゃくしゃな笑顔を満面におしあげる。
    ↑父の知覚
「優! 元気だったか!」
 中腰で立ちあがりかけるのへ、
「おとうさん! いつ帰ってきたの?」
 歓喜に声をはずませながら優は、父にむかって肩口から思いきり、体当たり
をくらわせた。
 おう、と身長百六十五の筋肉質な中年は、うれしげに声をあげつつ娘の両わ
きに手をさし入れると、ふわりと宙にもちあげる。
「ははは、あいかわらず元気だなあ、優は」
 快活に笑いながら上下に荒々しくゆさぶった。おろしてぇと悲鳴まじりに優
が叫ぶ。
「いつ帰ってきたのよ。あたしなんにもきいてなかった」
 ひとしきり交歓を終えてソファにおちついたころあいに、優はあらためてそ
うきいた。
「ついさっきだよ。べつに予定してたわけじゃないんだが、なんだか急におま
えたちに会いたくなってな」
 どこか照れたような表情をうかべながら、父は弁解するようにそういった。
 ふうん、と生返事をかえし、
「ニューヨークのほう、最近はどうなの?」
「あいかわらずさ。みんな不安そうだよ。だからといって入門希望者が激増し
たってわけじゃないがね。日本のほうは?」
 そうね、といって優はかすかに笑った。
「こっちも、あいかわらず。でもね」と言葉を切る。「こっちはこっちなりに、
なんてのかな、けっこう一生懸命にやってると思うよ」
 ははは、と父は楽しそうに声をたてて笑った。
「こっちなりに一所懸命か。そいつはいい」
       ↑優は「一生懸命」と言ったのに……。父の取り違えとか?
「おかあさんは? いっしょに帰ってきたんでしょ?」
「ああ、いま台所で恵さんと夕食のしたくさ。長旅のあとぐらいゆっくり休め
って、みんないったんだがね、勝と優にひさしぶりに手料理をご馳走するんだ
ってはりきってしまって」
「けっこうですこと。あげくのはてに、居間で旦那と娘が大さわぎをくりひろ
げてるのに気づきもしないで料理に夢中ってわけ、ね」
 と皮肉な口調で論評するタイミングをねらったように、
「おあいにくさま。それほど鈍感だと思われてたとは、知らなかったわ」
 と、コーヒーセットをのせたトレーを手に、母が居間に歩をふみいれてきた。
「げ。立ち聞き」
「まあ人聞きのわるい。あんたが帰ってきたみたいだから、お茶を用意して運
んできたのがいまだったのよ。そう、帰りしなに買ってきたザッハトルテ、い
らないってのね。それじゃお父さまと勝ちゃんと三人で山わけかしら。あらう
れしいこと」
 抗議と哀願のいりまじった悲鳴をあげる娘に、拳法、合気道、薙刀、三つあ
わせて十数段のの実力者とは思えない華奢な手が、慰撫をこめてかるく額をこ
      ↑入力ミス?           ↑母の心理に入っている
づき、テーブルに食器とポットをならべはじめた。
 ケーキはケーキ、ととび跳ねる娘を母は笑いながら制し、食後にお兄ちゃん
もいっしょに、ね、と軽くいなして父のとなりにおちついた。
 たがいの近況やらなんやらを声高に交わし、ひとしきり笑いあい再会を祝し
あってから母がふたたびキッチンへ戻った機を、まるで待ちかまえていたよう
に父が、ふいに真顔になって問いかけた。
「優、右肩はどうした?」
 笑顔は瞬時にしてしぼみ、かわりに、うわ、バレたか、といった表情をうか
べて優はしゅんと萎縮した。




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