AWC 推理小説的読書法「パントマイム・ダンサーズ」3 永山


        
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★タイトル (AZA     )  96/ 3/22   3: 2  (190)
推理小説的読書法「パントマイム・ダンサーズ」3 永山
★内容
「そんなあ。かわいい声でそんなこといわれてもボクちん困るなあ――」
 いい終わらないうちに、上下にそろえた白い掌底が水月に吸いこまれるのを、
                     ↑何度か登場する「掌底」です
                     が、説明があった方がいいので
                     は? 私は知っていますけど……
ナンパ小僧はまるで他人事のように目撃していた。
 はう、と衝撃に自分の喉が息をおし出すのにも、まるで現実感が欠落してい
た。
 だから行き交う人群れごと、周囲の光景がすごいいきおいで前方に流れだし、
どっ、と背中に硬い衝撃がおし寄せたとき、自分の身になにが起こったのかま
ったく理解できなかったのも無理はない。
 銀行の壁まで数メートルを吹き飛ばされてぶざまによろめきながら倒れこみ、
ナンパ小僧は咳こみながら困惑した視線でキョトキョトと周囲を見まわした。
↑これより上の三段落、ナンパ小僧の心理に入っている
 奈々とよろしくやりかけていた相棒がぎょっとしたようにかけ寄る。
 むろん奈々もまた、あまりの展開に呆然とするばかりだ。ナンパには概して
冷たくあたる優だが、いきなり相手をぶっとばすような真似をするとは考えも
及ばなかった。
↑この段落、奈々の心理に入っている
 が、いちばん驚いているのは当の優自身だったのかもしれない。
 負けん気が強い上に、ものごころついた頃から体術の修練をつんでいた。長
じてからはそこらのチンピラどころか、格闘技の心得があるたいていの男相手
でも負けたことはない。子どものころはよく喧嘩もしたが、中学生になったこ
ろからは道場以外で拳を人に向けたことはない。
 よほど頭にきていたのかもしれない。でなければ――これも予感だったのか。
「優……」
 とまどい気味に呼びかける奈々の声にふりかえり――
 赤信号にさえぎられたスクランブル交差点の向こう側、駅前広場の人群れの
真ん中に、その奇怪な人物が立っているのに気がついた。
 周囲の人群れも、あまりの不気味さにか、雑踏にもかかわらずやや遠まきに
する感だ。それだけに――その奇態がよけい、目についた。
 マヤ・インカ展のデモンストレーターか何かか? と一瞬、そう思った。
 装飾的に下半身を隠した三層のふんどしと木製のサンダル、褐色の肌をなか
ば露出したポンチョにも似たマント様の上掛け。
 そして隈取りをほどこした吊り目の仏頂面。
 中南米のインディオ、それも太陽に生贄を捧げていたという滅びた民族の、
戦士か何かのイメージにぴったりの外見だった。博物館のサンドイッチマン、
という説明なら、かろうじてつけることができる。
 だがそうではあるまい、と半ば本能的に優は考えていた。
 デモンストレーターの類なら看板かチラシの束くらい手にしていてもいいは
ずだ。
 が、その人物が手にしていたのは、春の陽光に鈍い輝きを反射させる――い
かにも凶猛な長槍と半月刀。
 動悸が、はげしく胸を騒がせた。
 記憶がまた、優の脳裏をかすめ過ぎる。
 七、八歳の、浅黒く陽焼けした少年は、裸に近い格好で陽ざしの下に立って
いた。
 手には青銅の剣を。そしてその右眼の上から、どくどくといきおいよく血を
滴らせて。
 なぜ忘れていたのだろう。
 そんな言葉が、まるでどこか別世界からの啓示のように遠く、頭の片隅で響
きわたった。なぜ、忘れていたのだろう。タケルのことを。あの異形の夏のこ
とを。
 そして眼前の現実の中で、現実とは思えない人物が高々と手にした槍をかか
げるのを、目にしていた。
 ハッと我に返り、心配そうに自分をのぞきこむ奈々の存在に思いあたり、戦
慄が背筋をかけぬけた。


パントマイム・ダンサーズ 00-02       青木無常
00-02 
「あぶないっ!」
 無意識に叫びながら奈々の手を思いきり引きよせた。
 同時に、蛮声を放ちながら白昼の異人は、ふりかぶった槍を優に向けて思い
切り、投げつけてきた。
↑異人の心理。思い切りかどうかは、異人にしか分からない
 ゴウ、と風がうなりを上げるのを耳のわきで聞いた。
 切り裂かれる空気の流れを追って槍は頬と髪をかすめ過ぎ、ドン、と鈍い音
を立てて背後の壁に突き立つ。
 恐怖よりも思考停止の自失状態を露呈して、ナンパ小僧二人組は、突き立っ
た槍と交差点の彼方の異人とを交互に眺めやり、説明を求めるようにしてさま
よう視線が――優の上に停止した。
↑二人組の心理に入っている
 わたしのほうが知りたいわよ、もう、と口中でつぶやきながら、抱えこんだ
奈々に怪我がなさそうなのをざっと確認し、都市白昼の蛮族へと視線を向ける。
 ぎくりとした。
 さっきまでたたずんでいた白い壁の前に、あの派手な色彩の衣服をまとった
褐色の人影を見つけることができなかったのだ。
 瞬時、軽いパニックが優を襲う。
 すぐに、見つかった。
 異質きわまりない風貌より、その全身が発する異様な鬼気が、いやでも目を
ひきつけるのだ。
 パニックはおさまらず助長された。
 湾曲した片刃の蛮刀を肩上にかまえつつ、異人戦士は車の行きかう交差点を
半分ほど、踏破しつつあった。
 耳障りな音を立てて数台の車が、ノーズをアスファルトにめりこませる。だ
                ↑「ノーズ」って何なのでしょう? これ
                は本当に分からない
が異人は、軽々とした身のこなしで、おしよせる鉄塊を次々と飛びこえ、突進
した。
 優めがけて。
 躊躇は、一瞬にとどめた。
 思考は一時棚あげて優は奈々をおしやり、怒濤のごとく肉薄する褐色の戦士
    ↑最前の「一瞬」と「一」が重複。「一時」は削ってもいいのでは
にむけて、身がまえる。
 銀の軌跡がふりおろされるのを、紙一重でかわした。余裕ではない。相手の
太刀筋が、予想をこえて鋭かったのだ。
 心臓を驚愕と恐怖に鷲づかみにされながら、いっぱいに見ひらいた目で相手
の挙動をとらえつつ、反撃にうつる。
 が、と歩道の敷石をたたきつつ剣先が火花をまき散らしたとき、露出した褐
色の脾腹に向けて小ぶりな正拳が叩きこまれた。
 残像だった。
 予想外の蛮人のスピードに、荒れかけていたハートが一気に、パニックの域
に到達していた。                     ↑
                これまでに二度、優の焦りを「パニック」
               という語句で表しているから、今さら「パニ
               ックの域に到達」と言われても、さほど焦燥
               感は伝わってこない気がします
 剣は敵の背後に向けて後退し、むきだされた歯の間から、しゅうと吐息が噴
き出した。
 前傾していた重心をあわてて移し、後方に飛びさがるための予備動作をつづ
けるうちにも、スローモーションのように相手の腰の後方から半月が迫り出し
てくる。
 間に合わない――閃光のように判断が下されると同時に、急速に頭脳が冷却
する。死ぬのかなあ、と他人事のような感想が脳内をよぎり――
 視野に、思いがけない援軍が進入した。
 優に声をかけてきたナンパ小僧だ。朝シャンを欠かしたことのないようなサ
ラサラの髪をざんばらに乱しながら、褐色の戦士に思いきりのいい体当たりを
ぶちかました。
 声も立てずに異人は飛ばされて、郡集のただ中につっこんだ。
 遠まきにしていた人群れが、ぎょっとしたように一斉に後ずさる。戦士が崩
れこんでくるのをまともに受けとめた先頭の数人が、毒虫を追いやるようにし
て倒れかかる褐色の肉体をおしかえした。
 ↑ここの描写、秀逸だと思いました
 完全にバランスを崩してよろよろとたたらを踏む戦士に、調子にのったナン
                           ↑ナンパ小僧の心理
パ小僧が飛び蹴りをくらわした。
 背中に痛撃を受けて再度よろめき、異人は敷石にしたたかに身体をぶつけな
がら倒れこんだ。かん、と音を立ててその手から剣がこぼれ、がらがらと回転
しながら後ずさる群衆を追ってころがった。
 呆然とする優に、ナンパ小僧は首だけふりむかせて自慢そうに笑ってみせた。
余裕ありげな足どりで、異人戦士に歩みよる。
「――あぶないっ!」
 反射的にそう叫んでいたのは、異人戦士の毒蛇のように危険な性を、からだ
で感じていたからだろう。
 忠告を無視してナンパ小僧は蛮人を眺めおろし、口端を歪めながら腹でも蹴
    ↑無視したのか聞こえなかったのかは、本人にしか分からない。それ
    を断定するからには、この段落では、ナンパ小僧の心理に入っている
りつけようと足を引いた。
 ぎらりと、戦士の瞳が光を放つのを優はたしかに見た。
 逃げて、と警告を発するより速く、閃光のいきおいで戦士の肉体が回転した。
 軸足を、ナタのような一撃でうたれてナンパ小僧は、どっと顔面から歩道の
敷石に激突した。
 鼻がつぶれ、熟した果実をたたきつけたように真っ赤な粘液が四方に拡散し
た。
 そのときにはもう、戦士は回転のいきおいのまま立ちあがっていた。
 四囲を睥睨し、足もとにうずくまるナンパ小僧の腹底に、するどい蹴りをひ
    ↑睥睨したかどうか、本当のところは異人にしか分からない。故に異
    人の心理に入っていると見なすこともできます(このように、五感に
    関わる、知覚作用の動作を心理描写の一種と見なすかどうか、難しい
    問題があります。念のため)
とつ、吸いこませた。
 押しころした苦鳴をあげて小僧が痙攣するのを冷たく観察し、ほかに反抗者
の存在がないことをひとわたり確認した後、優にその視線をすえ直した。
↑この段落、異人の心理に入っている
 吊り目の仏頂面に最初にうかんだ表情は、ほくそ笑みだった。
 あるいはそれは、威嚇の表情であったのかもしれない。
 歯をむきだし、見ひらいた双眸を獲物にぴたりとすえたまま、鍛えぬかれた
刃物のような肉体がどん、と弾かれた弾丸のように急迫した。
 身がまえながら優は、自分の敗北と死とを予測していた。
 映画でも見ているように、現実感はわかなかった。
 一部始終を呆然とわきから見ているだけの奈々は、その瞬間、優の雰囲気が
一変したことに驚愕した。
↑ここら辺から奈々の心理に入り、以下かなり続く
 表情が瞬時にして消失していた。
 氷のような視線が、突進してくる敵を怜悧に捕捉する。
 軽く沈めた身体はストップモーションのように凍結し、激発寸前の弾丸を思
わせた。
 褐色の颶風が、肩をつきだして肉迫する。その身体が、突き出した肩先を頂
点に、奇怪な赤い燐光を発する幻像を奈々は目にしていた。
 受ける優が、白く輝きだすのも。
 赤い稲妻と白い光輝が、交錯した。
 ギィン――と空気が切り裂かれるような音を、奈々は耳にした。小さく悲鳴
をあげ、反射的にかたく目をつむっていた。
 そのまま、時までが凍りついたような気がしていた。
 騒音と人声の絶えない渋谷駅前の雑踏が、写真かなにかの内部に閉じこめら
れたような、空白の瞬間だった。
 それは時間にすれば、一秒にもみたない、ほんの刹那のできごとであったの
かもしれない。
 ふぁんと電車の警笛が鳴り、井の頭線の発車を告げるアナウンスとブザーが
それに重なった。
 車のあげる静かなエンジン音がいくつも通りすぎ、遠くのほうからは人のざ
わめきさえ聞こえる。
 すべて夢だったかのような錯覚を覚えつつ奈々はおそるおそる、目を開いた。
 なかば予想、なかば期待どおりの光景があった。
 呆然と遠まきにとりまいて、ことの経緯を見守る野次馬の群れ。
 ナンパ小僧のかたわれは、腹を抱えて路上に横たわり、涙をにじませた目を
かたく閉ざしたままだ。
 その前方で――優と、褐色の戦士とは、時代劇のように交錯を終えた姿勢の
まま、硬直していた。




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