AWC 推理小説的読書法「パントマイム・ダンサーズ」2 永山


        
#4654/7701 連載
★タイトル (AZA     )  96/ 3/22   2:49  (186)
推理小説的読書法「パントマイム・ダンサーズ」2 永山
★内容
パントマイム・ダンサーズ 00-01       青木無常
00-01 

 予感だったのかもしれない。
 渋谷の雑踏で映画のポスターを目にした時、幻影はあざやかに優の脳裏を占
拠した。
 ハリソン・フォードと幻影の少年との間に、いかなる共通項も見出せなかっ
た以上、関連はまったくないと考えたほうが無難だろう。結局なぜ、長いあい
だ忘れていた記憶が唐突によみがえったのか、思いあたる節などまるでなかっ
た。
「優、どうしたの?」
 ふいに立ち止まった優に、けげんそうに眉をよせてふりかえりながら奈々が、
そう呼びかけた。
 と同時に幻は去り、愛嬌のある丸顔が不思議そうに覗きこんでいるのを前に
して、ハッと我に返る。
「あっゴメン。なんでもない」
 あわてて手を左右にふりながらいいかけたところへ、
「ギャル、ギャル、どうしたの? どっか遊びにいかない?」
  ↑「ギャル、ギャル」、いいですね(^^) 二人組の性格の全てを表した感じ
 と軽薄な口調でナンパ小僧が二人、すり寄ってきた。
 えー、あたしたちい? とまんざらでもなさそうな反応を見せる奈々の二の
腕をやや強引に抱えこみながら優は、
「ごめんね、今日はいくとこあるの」
 軽くいなして歩きはじめる。
 冷たいじゃん彼女ー、どこいくの、などと尚もつきまとう二人組を無視して
奈々の腕をぐいぐいひっぱりながら、坂の上の博物館に歩み入る。チケットを
購入した時点でようやく、ナンパ小僧どもの姿は消えた。
「優、あいかわらずかたいなあ」
 にやにや笑いながら奈々が頬をちょん、と突いてくるのへ、
「よけいなお世話」
 やや眉をひそめて身をひきつつ、優はいった。ふふん、といたずら気に笑み
をうかべつつ、人さし指をつきだしてくる奈々の攻撃をたくみにかわしながら
優は、軽快な足どりで階段をのぼる。
「いつまでもお父さんお兄ちゃんじゃないでしょーに」
 からかうような奈々の口調に、
「それもよけいなお世話」
 くるりとふりかえり、あかんべーをした。小柄でショートヘアの優がそうい
う仕種をするとき、奈々はいつも戸惑ってしまう。年下の男の子の相手をして
いるような気になってしまうのだ。
↑「からかうような〜」以降、優と奈々の視点が混在。それまでは優の視点。
 ↓以下では奈々の視点になっている。
 ガラにもなく博物館などにつきあってしまうのも、そんな優をいつでも見て
いたい、と無意識のうちに期待しているからかもしれない。
 階上の展示室にたどりついた二人は、しばしうす暗い館内を占める人の数に、
目をうばわれていた。博物館というのはこれほど混雑するものなのか、と改め
て感心するほどの盛況ぶりだ。土曜の午後という時間的条件も重なってのこと
だろうが、ビジネスマン風の数人づれからアベック、近所の商店主といった風
情のおじさんまで、種々雑多な人びとがうす暗い照明の下、展示物の間をゆっ
くりと経巡っている。
「なんかけっこう、繁盛してるねえ」
 制服の袖をつかんで奈々がつぶやくのへ、そっけなく無言でうなずきかえし
ながら、優は施設内に歩み入った。
 あるいは黄金伝説がひとを、無条件に魅きつけるのかもしれない。
 マヤ、インカの名のひびきはいつでも、神秘とともに、富の匂いをもただよ
わせている。
 そしてもうひとつ――滅びゆくものへの哀歌とを。
 石柱に刻まれた奇怪な神像を中心に、南米の栄光の残滓を展示した館内は、
静かな熱気につつまれていた。
 雰囲気に気圧されたか、ふだんは口の閉じている暇さえない奈々も先刻から
          ↑いつの間にか、奈々の視点から抜け出ている
息をのんだまま、おとなしく展示物を眺めやっている。
 翡翠の仮面。斧。石面に刻まれた無数の顔。素朴なポーズの人物像。どれひ
とつとっても、異様な迫力と奇妙な磁力を発散させており、逍遥する優の目を
楽しませないものはない。
 ↑優の視点だったんですね
 マヤ、インカや古代文明といったものに特別の関心をよせていたわけでもな
いが、たまにはこんなものもいい。そんな風に呑気に考えていた。むりやりつ
れてきた奈々もけっこう興を感じている様子で、神像やら仮面やらをしげしげ
と眺めまわしているのを見て、ホッと安心してもいた。
 だから、その石像を前にしたときに、自分の胸がどきり、と音をたてて収縮
したのも――非日常に触れたことへのときめきだと、最初は思っていた。
 たたずむ石像の無表情な凝視から目を離すことすらできず、理由不明の緊張
に動悸は静まるどころか昂まる一方であると自覚した時点で、優はようやく―
―おぼろげにだが――自分がまちがっていたことに気がついた。
 まるで忘れていた記憶――それも、至極重要で、忘れがたい印象を持ったも
のでありながら、まるでその実体を思い出せない、奇妙な記憶を刺激されたよ
うに――その神像から目をそらすことさえできないまま、心臓は狂おしく暴れ
つづけていた。
 目を見ひらき、口を真一文字につぐんで、優は石像を凝視する。なに? こ
れはなに? と、何度も何度も、意味さえわからない自問をくりかえしながら。
 戯画化された長い硬質の髭を生やした無表情な神像はなにも語らず、瞳の描
かれていない空白の双眸で、ただひたすら優を見つめかえしてくるだけだった。
「優…どうしたの?」
 とまどったような奈々の呼びかけに、ハッと我にかえる。
 が、それも一瞬だった。次の瞬間には、さらなる驚きに声まであげることと
なる。
 石像の前にたたずんで飽かず眺めやっていた人影が、ふりむいたのだ。
           ↑「飽かず眺めやっていた」かどうかは「人影」本人
           にしか分からないはず。つまり、これまで優の視点だ
           ったのが、「人影」の心理に入っている。以降では優
           に戻っている
 瞬時、声をうしない――ふりかえった少年の顔をただ、真正面から見つめた。
 乱雑に刈りこんだ髪に、Tシャツとすりきれたジーパンのシンプルな外見。
 男の子にしては身長も低めだった。クラスで一番小柄な優とならべば、ちょ
うどいいくらいの背丈だ。
 が、なによりも優の記憶と、そして驚愕を刺激したのは、少年の過剰に意志
                 ↑「驚愕を刺激」という表現は妙な気が
                 します。「記憶を刺激し、驚愕を呼び起
                 こした」ぐらいが適当では?
的な双の瞳と、そして――右の瞼から眉の上まで刻まれた、ひきつれたような
傷痕だった。
「……タケルちゃん!」
 声をあげてから、自身の叫びに我にかえり、口に手をあてる。あわてて四囲
に目を走らせ、それでもふたたび、おどろきにみちた目を眼前の少年にすえ直
した。
 日に焼けた十六、七、自分と同い年くらいの少年の、どこか野獣を思わせる
黒い双眸もまた、驚愕にみちた目で優を見つめかえしている。
                  ↑少年の心理に入っている。以降では
                  優に戻っている
「タケルちゃん……タケルちゃんでしょ? やだ、元気だった? いったいど
こ行ってたのよ」
 意識するより先に、言葉があふれ出してきた。
  ↑この文章、いいですね。私の好みを申しますと、「言葉があふれ出す」
  と現在形にした方がリズムを失うことなく読めます
 少年はしばらくの間、呆然としたように優を見かえすだけだったが、やがて
その顔貌から表情が消え、無言のまま首を左右にふった。
 予期せぬ相手の反応に、優は呆然と言葉をうしなった。
 そのすきに少年は、くるりと踵をかえして二人に背を向けた。
「ちょ、ちょっと」
 と叫びかけ、つづく言葉が浮かばずに手をのばしかけた姿勢のまま、あとを
追った。ほとんど反射的な行動だ。周囲のことなど天から無視していた。むろ
ん、奈々の存在も念頭から消え失せていた。
「ちょちょ、ちょっと優」
 とうろたえて親友が呼びかけるのにもまるで頓着せず、優は会場をあとにし
  ↑奈々の心理/一つの文で二人の心理混在/↓優の心理
て、いまや小走りに去りつつある少年の背中を懸命に追いかけた。
「タケルちゃん! タケルちゃんったら!」
 そんな優の声を無視する――というより逃げるようにして、少年の、小柄だ
がたくましい背中は階段の手すりをこえ、ふわりと鳥のように一足飛びに階下
へと舞いおりた。
 優も奈々も、呆然として歩みをとめた。
 少年はふりかえり、二人がただたたずんだまま呆気にとられて自分を見下ろ
しているのを眺めあげる。
 その無表情がくるり、と踵をかえすのを目にしたとき、優の心中に理不尽な
怒りが、噴き出した。
「タケルっ!」
 凛と、そう叫んでいた。
 玄関から出かかっていた少年が、びくりと反射的にふりかえる。
 奈々もまたその剣幕に飛びあがり、思わず胸の前で手を組みあわせていた。
                 ↑奈々の心理に入っている
こんな際だが、
(優、カッコいい……!)
 と胸を熱くさせていた。現実主義者のもうひとりの自分が頭の片隅で、背後
の展示室に集った群衆が、目を丸くして一斉に自分たちの背中に視線を集中さ
せている光景を描きだしたが、あえて無視する。
↑この段落まで、奈々の心理。以降、優に戻っている
 むろん、当の優はそんなことなど頭に思い浮かべてさえいない。ふりかえり、
おどろいたような目で自分を見上げる少年に向けてくい、と指をつきつけ、
「ちょっとつれないんじゃない? 幼なじみに向かってさあ」
 決めつけた。
 少年は唇を結び、次に目をそらしつつふたたび背を向けかけ――思い直した
ように階上の少女に正対すると、鏡像のように手をあげて優をぐいと指さした。
「うるせえぞ、ユウ」歯をむきだし、いった「おれにかまうんじゃねえ」
 やっぱタケルだ、と優は短くひとりごちた。
 そのときにはもう、タケルはみたび踵を返し、博物館を後にしていた。
 唇の端を軽くかみ、優は背後をふりかえる。
 奈々を筆頭に、当惑と好奇が半々の無数の視線があった。奈々以外のそれは
すばやく直線上からそらされたが、好奇の意識はありありと自分を志向してい
るのを感得する。げ、と思いつつ軽く肩をすくめた。
 群衆の奥に、あの奇妙な石像が静かに自分を、見つめていた。
「いくわよ奈々」
 羞恥もとまどいも断ち切ってそう宣言し、優は階段をいきおいよくかけ下り
た。
「あん待ってよお」
 あわてて奈々が後につづく。
 ↑奈々の心理に入っている。以降は優に戻っている
 建物を後にして坂をおりはじめるやいなや、
「ギャル、ギャル」
 先刻の二人組が再度、まとわりはじめた。出てくるのを待っていたらしい。
よほど気に入ったのか、それともそれほど落としやすいと見られたのか。
           ↑___↑「それ」が連続して、ちょっと読みにくい。
               後者を「よほど」にして、前にある「よほど」
               と敢えて揃える手もあるかと思います
 無視して小走りに坂を降りる。タケルの背中は、雑踏に埋もれたかまるで見
あたらない。
 交差点まで人群れをぬってあちこちに目をやりながら走ったが、ついに徒労
感に引かれて立ち止まった。四囲を見まわすが、もとよりタケルが見つかるは
        「見つかるはずもなかった」とは作者の立場からの言葉?↑
ずもなかった。途方にくれた心境で立ちつくす優に、
「ギャル、ギャル、ねえってば、遊びにいこうよ」
 白痴じみた誘い文句ばかりが執拗にまといつく。行き場のない感情を怒りに
集約してふりかえり、
「うるさいなあ、いいかげんにしないと、とんでもない目にあうからね!」
 鼻先に指をつきつけ、啖呵を切った。軽薄を絵に描いたような面貌がぎょっ
としたように目を見ひらき、それからとりなすようにわざとらしい笑顔を浮か
べた。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「連載」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE