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★タイトル (AZA ) 96/ 3/22 3: 7 (182)
推理小説的読書法「パントマイム・ダンサーズ」5 永山
★内容
しばしためらった後、
「ちょっと打撲。森先生に看てもらったからもうだいじょうぶだけど。死ぬほ
ど痛かった。友だちに心配かけたくなかったから、顔には出さなかったけどね」
いって父の顔色をうかがいつつ、ぺろりと舌を出してみせる。
しかつめらしくそんな娘の様子を見ていたが、ふう、と父はため息をついた。
↑父の知覚
「ケンカか?」
娘は身をちぢめて小さく、うん、とうなずいた。
そんな優を父は、無言のまま、視線で問いつめた。
↑父の心理に入っている。「問い詰めるかの
ように視線を向けてきた」ぐらいかな?
どこまで話していいか判断をつけかねてしばし優はだまりこみ、結局、父や
母によけいな心配をかけてもしかたがないと見切りをつけた。
いくつかの事実を端折って、自分に非はないこと、警察もそれを認めてくれ
たこと、相手は逃げてしまって素性もしれないこと、などを口にする。
なんの用事で帰国したのかは知らないが、いずれ数日中に父も母も、ふたた
びアメリカに戻ることになっているのだろう。現実的に考えても、あの奇妙な
できごとをくわしく聞かせたところで無用な心配をつのらせるだけで、おたが
いになんの利益もなさそうだった。
優の弁明をだまってきいていた父も、そのあたりのことを敏感に察したのか
もしれない。もう一度、小さなため息をひとつもらし、そしてうなずいた。
「わかった。きみも、きみの友だちにも、なんの非もないんだな」優がうなず
くのを待って、「よろしい。だが、これだけは忘れるな。多少拳法が使えるか
↑ここ、父の心理。「うなずいてから」なら父の心理に入らずに済む
らといって、きみはしょせん女の子なんだということを、な。あぶないことに
首をつっこんじゃいけない。もしそういう事態にまきこまれてしまったら、た
めらわずおじいちゃんや水無月くんにでも、相談するように。ぜったいに自分
ひとりで解決しよう、などと思わないこと。わかったね?」
しかつめらしく諭す父に、見てくれだけは神妙に、うなずいてみせる。
べつに好きこのんで厄介事に首をつっこむ気などないが、そこらの男の子よ
り頭脳的にも体力的にも、たいていの事態には的確に対処できる自信が、優に
はあった。
もっとも、今日の昼間のような異常事態など、二度と願いさげではある。
そんな優の心中を知ってか知らずか、ふと、厳粛を装った父の顔がゆるみ、
瞬時、慈愛と、そして哀しみを秘めた微笑がうかびあがった。
↑父の心理に入っている? 「秘めた」と書いてしまっては、父以外の
誰にも、その微笑に慈愛と哀しみの気持ちが込められているとは分から
ないのでは? 直前の「厳粛を装った」にもいささか疑問あり。「優の
心中を知ってか知らずか」と書くからには、少なくとも、この段落を書
いた立場からは父の心理に立ち入ることはできないはず。それなのに、
どうして彼が「厳粛を装っ」ていると分かるのでしょうか?
「忘れないでくれ優。きみがどんな境遇にあろうと、わたしも、おかあさんも、
いつもきみの幸せを心から祈ってるんだと。だから――どんな逆境でもあきら
めずに、ふたたび笑顔を見せあう日を迎えられるよう最善をつくすことを、き
みも、そしてわたしたちもおたがい、誓いあおう」
真顔でそう口にし、じっと優を見つめた。
↑父の知覚
なにをいってるのかなあと呆然としつつも、優もまた神妙にうなずいてみせ
る。
そんな娘の姿に、かすかに微笑みつつ父もうなずき返し、突然、照れまくっ
たように、目をそらして笑いながら立ちあがった。
「さて、母さんの料理の手伝いでもしてくるかな。ニューヨークじゃなんでも
アメリカ式に分業だったから、どうもこうしてすわっているだけだと落ちつか
なくなってしまってね」
そんな父のうしろ姿を笑いながら見おくり、思い出したように、
自分で自分のことを推測している。自分の行動が自分でも↑
分からないことはあるでしょうが、この場合はおかしいよう
な。「思い出したような口ぶりで」ぐらいなら気にならない
「おじいちゃんは? 奥?」
問うた。
「ああ。芹沢さんのご隠居と、碁でもうってるようだよ」
キッチンに消える背中がそうこたえるのに「わかった」と応じ、離れの和間
へと小走りにむかった。
ぱちり、と碁盤を打つ冴えた音が、半開きの障子のむこうからきこえてきた。
歩調をおとして室外からちらりと、様子をうかがう。
芹沢家のご隠居の禿頭を前に、祖父は碁盤から目をあげようともしないまま、
「おかえり、お嬢ちゃんや」
としわがれた声で告げた。
「ただいま」
とささやきながらぴょん、と二人の横に腰をおとし、白と黒の丸い石がなら
ぶ盤上に視線をむける。
芹沢家のご隠居は、九十近い祖父の、今では唯一の友人だ。若いころは二人
で大陸を放浪した仲でもあるらしい。数年前から事業を三人の息子にまかせっ
きりにして、今では悠々自適の生活、毎日のようにこうして優の祖父・三崎壮
一の離れをたずねては碁盤をはさんで時を過ごしている。
優は、このふたりが何を語るでもなくひねもすぱちり、ぱちりとやっている
のを眺めるのが、なんとはなしに好きだった。
「さて」と、その芹沢のご隠居が黒石をうちながら一人ごちた。「彼界より、
いよいよ攻め入るか」
対して祖父はしばし黙考し、白髭をひねりつつぱちり、と白石をうつ。
「先兵、まずは二人」
ふむ、とご隠居は禿げあがった後頭部に手をあてる。
「包囲網は十重二十重」
ふん、と祖父は髭の下、唇を不敵にゆがめる。
「成長株よ。ゆめゆめ、あなどるなよ」
「あなどるまいて。まあ、迎えうつ側にしてみれば、あなどってもらったほう
がやりよいのだろうが、な」
「まさにな」
不可解な会話が交わされるのもまた、いつものことではあった。が、今日は
とくに、優にはその会話が意味ありげにきこえる。
「今日はこのあたりにしておこうか」
と祖父がいうのへ芹沢のご隠居もしかつめらしく「む」とうなずいて膝をく
ずす。 ↑
「しかつめらしく」の使用回数が多いのでは? 私自身があまり用
いない語句だからかもしれませんが、これだけの間(多分、七十四
行)に三回も出てくると、少し気になりました。
「さて」
と祖父がふいに、優にむきなおった。着物のふところからやせた胸もとが見
えている。
このがりがりの身体でいまだに、師範代である二十七歳の若者盛りの水無月
俊彦にさえ、正拳ひとつ、かすらせもしないのだから奇怪千万。もっとも、道
場のほうはもっぱら水無月にまかせ、たまにしか顔を見せず、まして組手、演
武のたぐいなどめったに披露しないせいか道場生の大半はこの老人をお飾りだ
けの道場主、実質的な師範はニューヨーク支部の優の父・竜二である、と見て
いるようだ。勘ちがいもはなはだしい。
「どこぞで、やりおうてきたらしいの」
そんな危険きわまりない武技の使い手とは思えないのんびりとした口調で、
祖父が、そうきいた。
わかる? と笑いながら優も応ずる。父とちがって祖父は、優の喧嘩をとが
めたことは一度もなかった。時にはアドバイスを与えることさえあるくらいな
のだ。だから優も、気軽にいろいろなことを相談できる。
「おじいちゃん、タケルちゃん――って、おぼえてる?」
孫娘の言葉に、祖父は、目をほそめて笑った。
「おうおう、井の頭公園のお稲荷さんで、血まみれでたおれておったあの小僧
か。なつかしいわい。菊池のとこの小伜があずかるというて、つれていったは
ずだがの」
「そうだっけ?」
ときき返すのも、もともとが少年の記憶は優が五、六歳のころのもの、それ
もほんの一時期のできごとであったとなれば無理もない。
「タケルに会うたか。あの獣のような小僧に」
「渋谷の博物館でね」
うなずき、優はタケルと出会ってからの一部始終をつつみかくさず、祖父と
芹沢のご隠居に、語ってきかせた。
最後まで口をはさまぬまま、ふたりの老人はだまってうなずくだけだった。
優が語り終えた後もしばらくの間、和間に沈黙がわだかまった。
が、ふいに祖父が「よっこら、しょ」と冗長なかけ声とともに腰をあげる。
「どれ、お嬢ちゃんや、ひさしぶりに手あわせでもしようかい」
ぎょっと優は目をむいた。立ち居ふるまいもよれよれとして、万事のんびり
としたテンポで運ぶ老人だが、こと拳法の手あわせとなると容赦がない。朝の
太極拳めいた体操以外、習練らしい習練もつんでいない九十近い老人がなぜ、
↑「修練」の方がニュアンスが近いのでは? 事実、
別の箇所では「修練」を使っておられますよね
と思えるほどに、突きぬけた強さとおごそかさを、この三崎壮一は秘めている
のだ。
が、結局、あきらめて腰をあげた。体を動かすのはもとよりきらいではない
し、存分に力をふるえる相手も少なかった。
道場にいきかけるのを祖父が制し、庭をさし示す。優は素直にしたがった。
芹沢家のご隠居も野次馬きどりであとをついてくる。
「おじいちゃん。優。もうすぐご飯だからね」
とキッチンから母が声をかけてくるのにも、二人は適当に返事をかえすだけ
だ。
南むきの廊下から、庭へとおり立った。祖父は草履履き、優にいたっては、
靴下をぬぎ捨て裸足になって、土の上に立つ。
そのまま、静かに正対した。
――TO BE CONTINUED.
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結局、「一つの場面で視点がころころ変わっている。推理物を読み慣れた者
には少しばかり読みづらい」という感想と同等になりますか。
何の意味があって、私はこの作品に一シーン一視点の原則を課そうとしたか。
何らかの『謎』を読者を引っ張る大きな要素となっている作品には、それが必
要だと考えているから。もちろん、敵側と味方側、追う側と追われる側を交互
に描写する等の手法もありますが、これとて二つの立場をきちんと分けるのが
良策かと思います。
本作品においては、例えば優、タケルと異人戦士によるバトルシーンで、主
に優の視点を取りながらも、ときに異人戦士の視点にも立ち入っている(その
他の人物の視点にも立ち入っている)。「多元描写」という手法もありますか
ら、登場人物の誰に立ち入ろうが作者の自由ですが、異人戦士の心理に立ち入
るのであれば、その際に、異人戦士が何を目的に行動しているのかも記述する
のがフェアじゃないかと。逆に、異人戦士の目的や正体を隠したいのであれば、
異人戦士の心理に一切、立ち入らないのがいいのでは、と考える次第(ちなみ
に、佐野洋は多元描写でも一シーン一視点の原則を守っているそうです)。
このシーンをもし私が書くとすれば、視点を奈々に固定してみます。理由は、
奈々は優と親しいのはもちろん、他の野次馬と違ってオーラも見えるようです
から、打ってつけだと感じましたので。
以上、例のごとく、推理小説寄りの考え方ですので、あまり気になさらない
でください。こういう読み方もあるんだなという程度の認識がいただけたら、
それでいいです。もちろん、私みたいな読者に合わせようなどという気遣いも
無用です。
見切り発車とか言いながら、青木さんの頭の中ではきっと、多元描写を行い、
かつ、一シーン一視点の原則を守らずとも面白く読ませる作品に仕上がる構想
ができあがっているのでしょう。
でも、もし将来、叙述トリックを作中に用いることがありましたら、視点・
描写にはお気をつけて。(^^) いつぞやの男女トリックのようなことのなきよ
う、僭越ながらお願いします。
他に気になったのは、一つの文が長いこと。いつになく、読点から読点まで
が長い印象を受けました。これは確かに個性ですが、スピード感が期待される
戦闘場面でもこの調子だと、読者が波に乗れないのではと危惧するのですが。
妄言多謝。m(__)m 作品の完結を楽しみにしております。