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★タイトル (AZA ) 96/ 2/25 13:11 (200)
美津濃森殺人事件 5 永山
★内容
新しい登場人物
矢古田史朗(やこだしろう) 西園舞(にしそのまい)
「何度かけても?」
「何度かけても」
桑田は考える顔になって、他の男三人を見回すために、椅子を回転させた。
「直接足を運んでみるべきだと思うんだが、どうかね?」
対して北勝が無言で同意する。武南はカクカクと何度も首を縦に振った。
「虎間君、君は?」
「もちろん、賛成です」
「守谷さんは?」
「異論ありませんわ」
「うん。意見の一致を見たところで、次の問題は誰が行くかなんだ。五人もの
刑事が押しかけて、万が一、何事もなしじゃすまされないからね」
「巡査に行かせたらどうでしょう? さっきの」
武南が提案した。
「いや、それはまずい。派出所を空っぽにするのはよくないなあ。やはり事件
に携わっている者が行かないとね。かと言って、あまり本部の人数を減らすの
も問題だ。どうだろう。僕とさっきの婦警さんとで行くというのは。北勝さん
達は他の可能性の追求に当たってもらいたい」
「構いません」
と、北勝。他の男二人もしょうがないようにうなずく。
唯一、反対したのは守谷だ。
「ですが、桑田警部。彼女はつい先日まで交通関係にあった人間です。経験の
浅い彼女に行かせるのは、反対です」
「だから、これから経験を積ませて上げようというんじゃないですか、守谷さ
ん。いけないことですかね?」
「……」
守谷も、けたたましい口をつぐまざるを得ない状況になってしまった。
「じゃ、行って来ますよ。留守はよろしく。えっと、浜野家の住所は」
「ここにありますけど」
「ありがとう、守谷さん。それからね。婦警の彼女の名前は?」
桑田は立ち上がると、大きくおどけたそぶりを見せながら、そう言った。
いきなり、妻から電話を受けた浜野麟人は、仕事場に電話してきたのを叱責
してから、それでも話に耳を傾けようと試みた。
「何を言っているのか、よく分からないんだ。百合亜がどうしたって?」
浜野沙羅は、先ほどから娘の名前を繰り返すばかりで、さっぱり要領を得な
い話しぶりだ。妻の言わんとする意味内容が、まるで理解できない。
「もう切るぞ」
最後通牒のつもりで言ったそのとき、電話の向こうで何か変化があった。来
客を知らせるチャイムがかすかに聞こえたかと思うと、玄関から誰か入って来
たらしく、物音がする。「奥さん、奥さん」という声もする。
「誰か来たみたいだが、応対しなくていいのか?」
麟人の問いに答えたのは、妻ではなく、若い男の声だった。
「あ、突然失礼します。浜野百合亜さんのお父さんで?」
「そうですが……」
「僕は警察の桑田という者です。緊急事態です、すぐにご帰宅願えませんか?」
「警察? 警察が何の用なんだ?」
この若々しい声の持ち主が本物かどうか訝しみつつ、浜野麟人は問い質した。
「ですから、緊急事態です」
「緊急事態とは、何なんだ?」
「電話口で申し上げるのは、心苦しいのですが……。お嬢さん、浜野百合亜さ
んと思われる若い女性の遺体が見つかったのです」
「−−」
麟人は惚けたように立ち尽くしてしまった。自分でも、何が何だか分からな
い。電話の声も聞こえているようで、その意味内容までは理解していない。
「もしもし。大丈夫ですか?」
「真実なんだな」
夏の暑さを考慮してもたくさんの汗を全身に浮かべて帰って来た浜野麟人は、
桑田警部に警察手帳を示され、絶望的な声を出した。
「いえ、これは僕が警察の人間だという証明になるだけです」
そんな答を考えた桑田だったが、恐らくその効果は無に帰すだろうと思い、
口に出すのはやめた。
「とにかく、遺体の確認に出向いていただきたいんですが、よろしいですか?」
「ああ、もちろんだとも」
自己を奮い立たせるかのような、大きな声だった。
「奥さんの方はどうされます。相当、取り乱しておられるようですが」
桑田は、ずっと婦警が付き添ったままの浜野沙羅を見やった。
「ああ……。娘が行方知れずってだけでかなりのものだったんだ。それが、死
んだらしいとなると……」
そのとき、チャイムが鳴った。桑田は麟人を促した。
「どなたですか?」
麟人はインターフォンで訪問者に尋ねた。
「あ、矢古田です。奥さんから電話をいただき、百合亜さんが行方不明と……」
「先生でしたか。どうぞ」
麟人の言葉に促されて、顎髭の印象的な、薄いサングラスをかけた男が入っ
てきた。慌てて来たのか、白衣を着ている。
「何やら、警察の車が止まってましたが……」
顎髭をなでながら目を細める矢古田に、桑田は率直に説明した。
「あなたが矢古田史朗先生? お話は麟人さんから伺いました。実はですね、
僕らは浜野百合亜さんらしき女性の遺体が発見されたことを告げに来た、警察
の者なんです」
伝えられた矢古田の方は、くわっと目を見開き、前に突き出していた両手を
わなわなと震えさせ始めた。白衣を着たままのがっしりとした身体が、ゆらゆ
らと揺れ出した。
「……今、何て」
「こちらのお嬢さんが」
「いや、言わんでくれ! 死んだ? あの子が死んだのか?」
精神科医とは思えぬうろたえぶりだ。
「それでです。遺体の身元確認のため、麟人さんと一緒に、足を運んでもらえ
ないかと思いましてね。奥さんがあの状態ですしね」
「確認? もちろんだとも! 私が彼女の精神を完全な安定に持って行けなか
ったんだ。彼女が自殺したのなら、その責任を負うのは大部分が私でしょう」
「自殺? いえ、違うんですな。多分に他殺の可能性が強い」
「他殺?」
今度は、娘の父も声を張り上げた。
「聞いとらんぞ。娘が他殺、殺されたと言うのか?」
「そうです。あ、いや。とにかく今は身元確認が先決だ。早く願いましょうか」
それから三分後、桑田は夫人の世話を婦警に任せ、浜野麟人と矢古田史朗を
車に乗せ、出発した。
「ごめんなさい。私、バイトに行かなくちゃ」
倉敷妙子が急に言った。いや、彼女としてはずっと心の中で考えていた思い
なのであろう。あまり喋らない。でも、友達思い。百合亜がいそうな場所を回
るのに、時間ぎりぎりまで黙ってつき合う。そんなところが、妙子にはあった。
「あ、そうか。もう、そんな時間なんだ」
前を歩いていた都奈が、くるりと向きを換えた。夏は日焼け跡ができるから
と腕に時計ははめていない。胸ポケットから腕時計を取り出し、確認した。
「頑張ってね」
右手をひらひらさせながら都奈が見送ると、妙子の方も恥ずかしげながら、
同じ身振りを返してきた。
(あーあ。これで一人か。松井君達はどうなってんだろ?)
都奈は散々捜しまわって見つからないので、気分的にだいぶ疲れていた。途
中、二手に分かれた方がいいという意見になり、男女別々になったことを、今
になってちょっぴり悔やんでいた。
(待ち合わせの時間まで、一時間足らずか……)
見つからないでいるのは松井らも同じで、自分達の学校の生徒がよく行く店
なら、喫茶店から薬局までくまなく歩いたが、百合亜は見つからなかった。
「いっぺん、電話を入れた方がよくないか。家の方に」
「家ってどこの?」
張元丈の提案に、松井直助が質問する。
「こんな太陽が高いのに、男の俺が自分の家に電話するか? 百合亜の家さ」
「だろうね。もう平和田さんがしてるかもしれないけど……」
ポケットに手を入れながら、きょろきょろする松井。公衆電話を探している
のだろう。
「番号、分かる?」
「もちろん」
丈が番号を書き留めてある手帳のページを示しながら、松井に渡す。松井は
いちいち、それを声に出しながらボタンを押した。すぐに相手側は出たらしい。
「あ、浜野さんのお宅ですか。松井と……」
やがてやり取りが終わった。フックに送受器を戻した松井に、張元丈は聞く。
「応対が変だったな? 昼間会ったばかりなのに、他人行儀っつうか……」
「あ、うん。それが、出たの、あのおばさんじゃなかったんだ。若い感じの女
の人が出てさ……」
「どうした?」
喋りにくそうな松井を促す丈。
「……警察の人だった。どうやら浜野さんは事故か事件に巻き込まれたらしい
いんだ……」
「……待て。ちょっと待てよ。嘘じゃないよな?」
「もちろん、嘘なんかじゃない」
「じゃ、じゃあ、その女の人が言ったのか、そう?」
「いや、はっきりとは話してくれなかった。でも、遺体の確認って口を滑らせ
たから……」
「遺体の確認だー?」
感極まった声が、丈の口からこぼれ出た。
「それ、百合亜のことなのか? どうなんだ?」
「他に……考えられるかい?」
「……」
一度、肩の高さまで上がった両腕が、支えを失ったようにすーっと下がって
行く。
「……俺達が警察に行っても相手にしてくれないんだろうな。どうする……」
「このまま大人しく家に帰るか、平和田さん達とまた合流して、浜野さんの家
に行ってみるか、だね」
「俺は……すぐに行きたい。だけど、伯父に連絡しなきゃならないからな」
幼い頃に両親が離婚し、母に育てられるも死別した丈は、伯父夫婦に育てら
れてきた。少し斜に構えた態度はとっても、伯父伯母には頭が上がらないのだ。
「僕の方は、親がね。浜野さんところの会社、僕の父の工場を買い取ろうとし
ているの、知ってるよね。それで、あまり深い付き合いはするなって言われて
いるから」
実質的には利根が立ち退きの細工を行っているにしても、松井の両親は浜野
家に対していい印象は持っていない。
「もうすぐ五時だ。どっちにしろ、待ち合わせの場所に行かなきゃならない。
そこでまた考えようぜ」
「賛成だね」
二人はお互いにうなずくと、都奈と合流する約束の場所に向かった。
いつもは我が物顔で走り回っている二人−−栗木彫弥と西園舞も、今日ばか
りは沈みがちである。
「おい、やっぱ、話した方がいいんじゃないか?」
「え? 何だって?」
西園のそぶりに、急ブレーキをかけて停止した彫弥。ついでヘルメットを取
る。
「だからよ、死体さ」
「わざわざ俺達が言わなくったって、もう伝わってら。パトカーが走り回って
ただろ」
「そうじゃなくてよぅ、俺達が見た『あれ』だよ。話した方がいいんじゃない
かって。何たって死んでたの、生徒会長だぜ」
「話したら、色々、聞かれるわな。そいつが面倒なんだよ。校則違反だとか何
だとかが表に出たら、俺は大学、おまえは就職がパーになるかもしれないぜ」
「そりゃ、まずいけど……」
一旦、黙った西園は、それでもやがて思い切ったように始めた。
「俺、話したんだ、そのこと」
「何だって! 誰に?」
「そんな驚かなくてもいいのさ。須藤っていう、コメント屋がいたろう?」
「何かの雑誌に出てるあいつか?」
「そう。そいつのとこに電話して、洞窟に死体があるって言ったんだ。もちろ
ん、俺達の名前なんか出しちゃねえ。造り声にしたしよ」
「何で、そんな馬鹿をしたんだよ!」
「やっぱさ、誰かに知らせとかなきゃなって思ってよぅ。でも、警察は御免だ
ったから、ゴシップを募集してた須藤のとこに電話してやったんだよ」
声の小さくなる西園を見つつ、彫弥も頭の中は、一杯の恐怖心が、少しばか
り薄らいだ気がした。何の足しになるか分からないが、とにかく伝えた。その
事実だけで、精神的に落ち着けた。
だが、まだ恐怖心は去っていない。警察がどうとか学校がどうとかではなく
て、とにかく死体の映像が忘れられない。それを振り切るために走るのだ。
彫弥は再びヘルメットを被ると、大きくアクセルをふかした。
−続く