AWC ワイルドキャット 第一話(2/4)   仮面ライター


        
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★タイトル (DNM     )  95/ 8/18  14:31  (140)
ワイルドキャット 第一話(2/4)   仮面ライター
★内容
   怪奇・蜘蛛男(2)
「おお、目覚めたようだね、堀井那恵くん。
ようこそわれら『グランマ』のもとへ」
 那恵が目を開けた途端、頭の上から声が降
ってきた。大きなランプがいくつも球面状に
付けてある手術用の照明が、那恵を照らして
いた。布でできた丈の短いガウンのようなも
のを身に着けていたが、その下は裸のようだ。
体を起こそうとして、手足を固定されている
のに気が付いた。
「『グランマ』? おばあちゃん? ここは
どこ? あたし、たしかモトクロス場を走っ
てて……そうだ、急に目の前に黒っぽい動物
が飛び出してきて、谷底に落ちたはず……」
 だが、からだのどこにも痛みは感じなかっ
た。手足もからだも何の違和感もなく意識で
きる。
「『グランマ』というのは我々の組織の名前
だよ。今の世の中は自由経済が幅を利かせ、
利益追及のためなら全てのことが排除されて
いる。自然環境然り、個人の幸福然り、世界
平和然り。我々はこのような腐った世の中を
正し、真に優れた者による世界の完全管理を
目指す組織なのだ。我々は、人間はもとより、
動物も植物も、いや、地球全部をあるべき姿
に導くために、その準備を始めている。君に
は我々の一員になってもらうためにここに来
てもらったのだよ。選ばれたものだけが所属
できる栄光ある団体の一員になってもらうた
めにね」
 手術用のマスクと白衣に身を包んだ外科医
らしい人間たちが那恵を囲んで見下ろしてい
た。しかし、声は白衣の団体が発しているの
ではなさそうだ。
「選ばれた人間? あたしが?」
「そうだ。君は頭脳も優秀だが、運動能力・
反射神経も群を抜いて優れている。足りない
ものはパワーと持続力。それを我々グランマ
が与えてやろうというわけだ」
 声は、手術用照明の向こうのスピーカーか
ら聞こえていた。那恵が横たわっている手術
台と思しきものの周りの複雑そうな計器や設
備の一部のようだ。
「筋力トレーニングでもしてくれるの?」
「そんな古臭いことはしない。薬も使わない。
我々は君のからだそのものを変えるのだ。い
や、ここに連れて来て2週間、すでにきみは
生まれ変わった肉体を持っているのだよ」
 那恵は慌てて自分のからだを見た。ガウン
の外に出ている部分は見慣れた手足だった。
幾分白く見えるが、手術用照明のせいかもし
れなかった。隠れている部分の感覚もいつも
と変わらない。顔や頭は見えないが、特に違
和感は感じられなかった。
「またそんな漫画みたいなことを……。だい
たいあたし、ぜんぜんそんな感じしないよ」
「嘘だと思うなら、これを見給え」
 那恵が自分のからだから視線を上げると、
手術マスクのひとりが鉄製のハンマーを構え
ているのが目に入った。
「右腕に意識を集中しているんだ。いいかね」
 あっと思ったときにはそのハンマーが那恵
の右手に振り降ろされていた。思わず目を閉
じて右腕に力を込めた。鈍い音がした。
「どうかね? 腕は何ともないだろう」
 那恵が恐る恐る目を開けると、ハンマーが
腕に少しめり込んでいるのが見えた。普通な
ら那恵の筋肉や骨まで押し潰せるはずだった。
しかし、少し腕がしびれたような感覚以外に
は、痛みも外傷もなさそうだ。
 手術マスクがハンマーを持ち上げた後には
腕にうっすら赤い痕が見えたが、それも見る
間に消えてしまった。
「そんな……」
「どうかね。信じる気になったかな?」
 那恵の顔から血の気が引いていった。
「いったい……あたしに、あたしのからだに
何をしたのよっ?」
「それはこの後の『教育』でおいおい説明し
ていこう。その前に、その『教育』を受ける
ための準備を始める。これが終われば、君も
完全に我々の仲間。我々の言うことを素直に
受け入れ、新しい世界の創造のために働く意
欲が湧いてくることだろう」
「それって、もしかして洗脳? だいいち、
真に優れた者による世界の完全管理って何よ?
世界征服? 力で言うことを聞かせるために、
私たちを武器がわりに使う気?」
「ふふん、さすがにそこまで考えが回るか。
やはり君を選んだのは間違いではなかったよ
うだ」
「当たり前でしょ。こんな力を持った者を作
り出す理由なんて、そんなにあるわけないわ。
強靱な体力はそのまま戦力になる。兵士とし
ては理想的だもの」
「理想を実現するためにはいろいろな力が必
要なのだよ。資金力、組織力、労働力、そし
て戦力。まあ、今度目覚めたときには、そう
いったこともごく自然に受け入れられるよう
になっているよ。では、その時にまた会おう」
「冗談じゃないわ! そんなことさせるもん
ですか」
「麻酔準備」
 ハンマーを持っていた手術マスクがほかの
手術マスクに指示し、那恵の顔に麻酔用のガ
スマスクが被せられた。
「いやあっ」
 ガスマスクの下から那恵のくぐもった声が
響いた。
 次の瞬間、部屋の照明が消えた。非常灯は
点灯したが、うなっていたコンプレッサーも
停まり、麻酔ガスは出てこなかった。
「いかん。すぐにその娘を取り押さえろ!」
 スピーカーの声より先に那恵は動いていた。
手足の一本ずつに力を集中すると、革製らし
いベルトがちぎれていった。すぐに麻酔をか
ける予定だったためか、おざなりな戒めしか
用意していなかったらしい。手術マスクたち
が那恵の手足を押さえたが、何の役にも立た
なかった。
 手術台を降り、灯の点いている時に確認し
たドアの方に走った。裸足のためか、力の使
い方に慣れないためか、床を蹴る足が滑った。
ほとんど四つんばいの状態で那恵はドアにた
どり着いた。横たわっている時には気づかな
かったが、立ってみると明らかに頭でイメー
ジする動きと実際のからだの反応にずれがあ
った。
 ドアはロックされていた。あわてて取っ手
を回すと、取っ手がもげた。それならと、肩
でドアを押した。ロックの金具がはじけ飛び、
ドアが開いた。
 ドアの外も灯が消え、非常灯の暗いランプ
だけが薄ぼんやりと光っていた。しかし、通
路の様子は細かいところまでよく見えた。筋
力だけでなく、暗視能力も強化されているよ
うだ。
 足音が聞こえてきた。この部屋に近づいて
くる。那恵はその足音と反対の方に向かって
走りだした。




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