AWC ワイルドキャット 第一話(1/4)   仮面ライター


        
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★タイトル (DNM     )  95/ 8/18  14:26  ( 98)
ワイルドキャット 第一話(1/4)   仮面ライター
★内容
   怪奇・蜘蛛男(1)
「那恵ちゃん遅い遅い。もう午前のヒート、
終わっちゃったぜ」
 むせ返るような焼けたオイルのにおいが鼻
をつく山中のモトクロス場に今着いたばかり
のトレールバイクの少女に、顔見知りらしい
男が声をかけた。
「あーん、寝坊しちゃったんだよう」
 那恵と呼ばれた少女がオフロード用のフル
フェイス型ヘルメットを脱いだ。肩の少し上
で切りそろえた髪の毛を軽く振ってヘルメッ
トに押さえつけられた乱れを伸ばす。美人と
呼ぶにはまだ2・3年は早い、あどけなさの
残る愛くるしい顔が現われた。鎧のように無
骨なオフロードライダー用の装備が、那恵の
顔立ちをいっそう引き立てている。
「午前を終わって125も250も岡部がト
ップだ。来年は国際A級に上がるぜ、あいつ」
「ちぇー、見たかったなあ。いま昼休み?」
「ああ、午後のヒートまであと30分はある
な。走ってくるかい? タイム取っといてや
るぜ」
「お願い」
 那恵はヘルメットをかぶり直し、バイクを
モトクロスコースに進めた。本来なら競技車
両とオフィシャルの点検車しかコースには入
れないのだが、声をかけたのが競技委員では、
誰からも文句は来ない。
 昼食中のパドックにいるライダーやスタッ
フが声をかける中、那恵がハンドルの方に身
を屈め、アクセルをふかしながらギヤをセカ
ンドに入れた。ローギヤだとトルクがありす
ぎて、アクセルをふかしてクラッチをつない
だ途端にバイクが竿立ちになるからだ。
 最初に声をかけた男が片腕をゆっくり上げ、
勢いよく振り降ろした。それを合図に那恵は
アクセルを全開にし、クラッチをつないだ。
セカンドギヤでも持ち上がろうとする前輪を
巧みに抑えこんで加速していく。
 加速中はいちいちクラッチは使わない。ア
クセルをほんの少し緩めると、ギヤの噛み合
わせに隙間ができるので、そのタイミングを
狙ってシフトアップする。レースではクラッ
チの断続さえタイムロスに繋がる。
 最初のコーナーを、バンクの上いっぱいに
使ってバイクを倒し、ほとんど減速もなしに
抜けていった。
「うーん、さすがだねえ」
「おれだって第一コーナーのバンク、あそこ
まで使えないよ」
「テクニックとセンスは抜群。あとはパワー
とスタミナがあればなあ」
「女の子にそこまで期待してやるなよ。それ
にまだ高校生だろ、彼女」
「たしか2年生だったね。いやしかしもった
いない」
「もったいないのはあのルックスでバイクに
狂ってるとこだよ」
「ルックスといや、あの子、あの外見に似合
わず、小学生のときに空手大会で優勝したこ
ともあるんだって?」
「らしいね。中学になってバレーボール始め
たんでそれっきりらしいけど、防具を使った
フル・コンタクト制の県大会チャンピオンだ
ってさ。全国大会は棄権したらしいけど」
「まさにスポーツ万能か」
「いや、県下で有数の進学校で現在10位以
内の成績らしい」
「文武両道ってやつだな」
「おっと、そろそろ東コースを抜けてくるぞ」
 一旦東コースと呼ばれている林の奥に消え
た那恵のバイクが、反対側から下ってきた。
地方のコースなので、レース観戦を考慮に入
れたレイアウトにはなっていない。このあと
通称・西コースの山を回ると概ねひょうたん
型をしたコース一周になる。
 東コースの最後のヘアピンを抜けて最初の
ジャンプスポットをきれいに飛んだ。空中で
次のコーナーに合わせてバイクを傾け、逆ハ
ンを切る。カウンタージャンプと呼ばれるテ
クニックだ。着地するときにはコーナーを抜
ける体勢になっている。
「おお、今のコーナーまで一分三四秒。いく
らひとりで走ってるからって、岡部よりいい
タイムだぜ、これ」
「国際A級並みかよ。こりゃ一周してきたと
きのタイムが楽しみだな」
 しかし、コーナーを抜けて西コースの山の
上に向かった那恵はそれっきり姿を現わさず、
心配してコースを見回った男たちが見つけた
のは、崖下の川に転落している那恵のバイク
だけだった。
 一週間後に近くの山中で発見された那恵の
からだは、手足や肋骨など十数ヶ所の骨折に
加え、後頭部と背中に大きな裂傷を負ってい
た。着ていたモトクロス装備もずたずたで、
ヘルメットはとうとう見つからなかった。
 誰もが原因は転落事故だと信じた。




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