#1263/1336 短編
★タイトル (XVB ) 00/ 6/ 6 17:30 ( 53)
実験>ゼンマイ仕掛け3 $フィン
★内容
男はヘンテコな思いにとりつかれていた。
世の中すべてがゼンマイ仕掛けで動いているように思えるのである。
花はちゃんとした匂いはあるものの人工のもの。小川の流れもモーターで
まわして流れを作っている。心地よい小鳥の声でさえもどこかに隠されたス
ピーカーから聞こえてくると思い込んでいるのである。
それだけではない。男自身でさえも、機械のセンマイ仕掛でできているの
ではないかと毎日思い悩んでいた。
男の住んでいる所は白い建物の中、幾人かの人たちと一緒に共同作業をし
ている。隣近所の者に不安な話しをしていても、気の所為だと言って、適当
に相槌を打つだけで相手にしてくれない。仕方がないので、2、3錠の薬を
貰っている。人の話を聞いたり、薬を飲んでも、男は体中にゼンマイ仕掛け
でできていると思い込んでいる。
一年、ニ年と白い建物の中での平穏な生活は続いていく。だけども体がゼ
ンマイ仕掛けであると思いは減るどころかますます増えていくのである。
そして血色のよい肌色の皮膚の下には血液を流すプラスチックの管が音も
なく通っている、有機物の代わり無機物が大量に積め込まれているようとま
わりの共同作業員に説法する有様。これにはまわりの人はまいった。なんせ
1度話しだすと何時間でも、相手が何を言おうと相手が疲れて寝てしまうま
で、せっせと延々と話しつづけるのである。そのため男は共同作業場の中で
は浮いた存在になってしまった。
あるとき、男は人を殺すことを決心した。男が人を殺して処刑になるのは
いいと思ったのである。今まで誰も良い回答を出してくれなかったゼンマイ
仕掛けか血のかよった人間かの問いには何らかの答えが出ると思ったのであ
る。それに今のままでは死んでも死に切れないとも思ったのである。
まず、男は作業場においてある鎌を一つちょろまかしたのである。それを
大事にベットの中に入れながら、適当な人間を物色した。
男は若い人はまだ将来があるから止めにした。それから同年輩の人も力で
負けるかもしれないから止めにした。そして男は最近入ってきた灰色の空気
をまわりに漂わせている老人を標的に決めた。理由は簡単である。おいさき
が短いし、力も弱そうだからである。
本当は、灰色の老人が共同作業所に入ってきたときから男は決心していた
のかもしれない。男女の間柄に人目ボレというものであるがあるか、男は老
人に人目ボレしてしまったのである。入ってきた灰色の老人を見たとたん、
びびびと来るものがあって、殺そう! 人間の代表であるこいつを殺してし
まえは今人間の格好をしている者すべてはゼンマイ仕掛けか本当の人間か知
ることができると一途に思ったのである。
老人の前に男は立った。作業をしていた老人が怪訝な表情で男を見た。そ
して、何かを感じたのか1歩しりぞいた。そして男は老人に鎌を入れて、老
人はぴくぴくと痙攣をはじめた。それでも男は手を弛めることはなく、ぐい
ぐいと鎌に力を入れ、老人が動かなくなるまで殺人を使命として行った。
老人は絶命するとき、安堵の笑みを浮べたように男には見えた。それも確
認する暇はなく、ピーピーとカン高い笛の音で男はまわりの人に取り押さえ
られて牢獄に入れられて、その後、死刑になることにきまった。
男は処刑される寸前満ち足りた気分だった。老人が人間だった。つまり男
もゼンマイ仕掛けではないとわかったのである。老人を殺してやっととけた
安堵の微笑みだった。
ところで話しは飛ぶが、殺された老人が最後まで持っていた日記にはこう
書かれていた。
「私は最後の人間である。どうしてもさびしくて仕方がないので、ゼンマ
イ仕掛けの人間を作り、今までの人間が感じていた感情を持たせ、作業所で
働かしている」と。