#1262/1336 短編
★タイトル (XVB ) 00/ 6/ 6 17:29 ( 50)
実験>ゼンマイ仕掛け2 $フィン
★内容
男は変な思いにとりつかれていた。
世の中すべてが機械で動いているように思えてたまらないのだった。
花も匂いや感触はあるが人工のもの。小川のせせらぎもどこからか機
械の力を借りて人工的に流れているように見えるのだった。小鳥も中に
ICが組み込まれた機械のように思えるのだった。
それだけではない男自身でさえも、機械のセンマイ仕掛でできている
のではないかと毎日思い悩んでいた。カウンセリングを受けても気の所為
だとカウンセラーは適当に相槌を打つだけで相手にしてくれない。医者か
ら安定剤となうっている2、3錠の薬を貰うだけでは機械ではないかという
思いは減るどころかますます増えていった。そして男の皮膚の下には
血液を通すプラスチックでできた管が音もなく通り、有機物の代わり機械の
代用臓器が積め込まれているように思えて堪らないのだった。
あるとき、男は人を殺すことを決心した。男が人を殺して処刑になる
のはいい。だけど、自分が機械か人間かの問いには何らかの答えが出る
までは死んでも死に切れない思いが残るのだけは嫌だった。
まず、大きなジャックナイフを近くの店屋から購入した。
それから街角に出て、適当な人間を物色した。街は華やかだった。人々
は思い思いの洋服を身に包み、思い思いの髪型をし、誰も男の憂いを
わかってくれる人はいそうにもなかった。
男には街の華やかさますます人工的なものに写り、頭を掻きむしって、
大きな声で叫んだ。まわりの光景がとまり、変化したように思えた。だけど
もそれは一瞬の間でまた元の華やかな街の情景が現れた。
そんなとき、みすぼらしい老人が男の前に現れた。男は老人に興味を
そそられるものがあった。老人だけは他の人とは違う何かがあるような
気がしたのだった。何がどう違うと言っていいのかわからないのだが、
男は老人のまわりだけがどす黒い灰色の空気を背負っているように思え
た。
そのとき男は決心した。この老人を殺そう。老人を殺してこいつが機
械か本当の人間か知ることができると思ったのだった。
どうせなら生きていても社会のためになりそうもない老人を殺した方が
世の中のためになりそうだ。
老人の前に男は立った。老人が怪訝な表情で男を見る。そして、何か
を感じたのか1歩しりぞいた。そして男は老人の腹に刀を入れ、力一杯
刺しこんだ。
血が噴水のように老人の腹から出た。それでも男は手を休むことはな
くぐいぐいと力を入れ、臓腑まで引き出した。
老人から力が抜け、地面に倒れ伏し死んだ。死ぬ直前、老人は安堵の
微笑みを浮べたように男には見えた。男も安堵の微笑みを浮べた。
男は裁判にかけられは処刑されることになった。しかし処刑される寸前
まで男は満ち足りた気分だった。老人が人間だった。つまり少年も機械
ではなかったという今まで解けなかった謎が人を殺してやっととけた安堵
の微笑みだった。
男は死んだ。しかし男が処刑された後、1週間後、男とうり二つの人間
が何の憂いもなく華やかな街を闊歩していた。処刑された男のICとは違
う真新しいICを脳の中に組み込まれただけだった。
老人が最後まで持っていた日記にはこう書かれていた。
「私は最後の人間である。どうしてもさびしくて仕方がないので、機械人
間を作り、今までの人間が感じていた感情を持たせ、彼らに擬似的な死
を与えた。彼らの死とは古いICに新しいICを入れるだけでいい・・・・」