AWC お題>幽霊(中)     つきかげ


        
#910/1336 短編
★タイトル (BYB     )  97/10/ 4   7:44  (157)
お題>幽霊(中)     つきかげ
★内容
  ゲームはどうやら、まともなものらしい。私は少し安心した。名の通ったメー
カの商品が、ウィルスに汚染されている可能性は皆無だろう。
  ゲームは、どうやらアドベンチャー形式である。ラファエロ前派ふうの流麗な
絵によって、物語が展開してゆく。
  まず、主人公の探偵である匂鳥のところへ、一人の女性がくるところから、物
語は始まる。

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「私を調べてほしいんです。匂鳥さん」
  黒衣の女性は、そう私に告げた。仮面を被ったように表情を崩さない彼女に、
私は少し肩を竦める。
「意味が、判りませんね」
「二重人格というのは、ご存知?」
  私は、ため息をつく。
「あなたが、それだと?」
  彼女が頷く。
「残念だが、この仕事はうけれませんね。それは、精神分析医の仕事でしょう」
  彼女は首を振る。
「私の中にもう一人の自分がいる事自体は、構わない。私が恐れているのは、も
う一人の自分がしようとしている事です」
「具体的に言ってみてください。あなたは何を恐れています?」
「もう一人の私が犯罪を犯すことを。いいえ、すでに犯しているであろう事を」
  私は立ち上がった。彼女は怯えているようにも見えず、不安がっているように
も見えない。むしろ舞台にたつ大女優のように、毅然としていた。
「あなたは、自分を裁いてほしいのですか」
「いいえ」
  彼女はなぜか、微笑んだ。
「ただ、知りたいだけです。私、もう一人の私が、したこと、そしてしようとし
ている事を」
  私は彼女の傍らに立つと、彼女が腰掛けている椅子の背に手をおいた。
「引き受けましょう、この仕事」

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  探偵の匂鳥は、依頼主自身を尾行するという、奇妙な仕事を引き受けた。依頼
主の女性は夜の街を彷徨う。ゲームの中でその様は、幻想的に描かれている。
  やがてその女性は、古びた洋館へと入ってゆく。

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  彼女が入って行ったのは、木造のあまり装飾性のない建物であった。なぜか私
は、巨大な墓石を連想した。
  月明かりの為、中は蒼い光で満たされている。私には、なぜか彼女の通った後
が見えた。それはあたかも湖を渡る風が残した波紋のように、空気に痕跡を残し
ている。
  私は、長い廊下を渡っていった。奥に何かの気配がある。漣のように、笑い声
が伝わってきた。
  空気は、水晶のように張りつめ輝いてゆく。長い廊下を渡った一番奥の大きな
部屋。そこには、明白に別の存在の気配を感じる。あたかも部屋自体が生きてお
り、甘い吐息を吐き付けてくるように。
  私は、扉をあけた。そこに彼女がいた。一糸纏わぬ、生まれたままの姿で。部
屋の中は、空気が渦巻いている。
  シルフィールドが乱舞するように、部屋の空気が蠢いた。きらきらと月長石の
ような月の光の破片が、舞い散る花びらのように振りまかれる。
  部屋は全裸の彼女を中心とした、メエルシュトロオムのようだ。彼女の後ろに
何かがある。蒼く暗い水、水槽であった。
  その中に何かが、沈んでいる。私は、それを見なければならない。しかし、私
の前には、彼女がいる。魔族の女王のように威厳をもち、妖精のように神秘的に
美しい彼女が。
  私は、彼女から何かを受けとる。

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  主人公の匂鳥は、その後記憶を失う。翌朝、彼は自分の部屋に、剣が置かれて
いるのに気付く。そしてニュースでは、連続殺人事件が再び行われた事を伝えて
いた。
  毎夜一人の女性が殺される。殺された女性は、必ずからだの一部を切除されて
いた。
  主人公の探偵は自分にまとわりついた血の匂いに気づきながら、再び依頼主の
尾行を続ける。
「なんだかねぇ」
  私はため息をついた。私の好みのゲームではない。むろん、問題はそんなとこ
ろにあるのではない。
  一ファイルが一夜の構成になっているようだ。毎夜匂鳥という探偵は依頼主の
女性を追って色々なところへゆく。その様を幻想的に描いてゆく趣向らしい。
  樹理がいった。
「道を作っているのよ、このゲームが」
「みちぃ?」
「そう、あなたの友達の魂を冥界につれさる為の道」
  私は死んだ。
「冗談。たかがゲームでしょ」
「呪符に決まった形があるわけじゃない。形態としてはプログラムであってもい
いの。ある特定の作法にのっとれば、プログラムに霊魂を憑依させることができ
る」
  私は、くらくらする頭を押さえて言った。
「樹理、ひょっとしてこういうこと?パソ通のサーバに展開されたソフトウェア
に、幽霊がとり憑いている。その幽霊は、私の友達である朝倉皓平の魂を手に入
れようとしている。
  そこでゲームソフトという使い魔を彼の端末にダウンロードして、彼の魂と自
分自身の間にネットワークを張ろうとしている?」
「あたり。いい勘してるじゃない」
「いっとくけどね、樹理。信じた訳じゃないのよ」
  きょとんとした樹理に、私は指をつきつけた。
「今のはあなたの妄想を、説明してあげただけ。そんなの戯言だわ」
  樹理は、怒らなかった。そういう態度には、なれているのだろう。
「じゃあ、見せてあげる」
  樹理は自分の部屋から水晶球を、取ってきた。彼女の商売道具。きらきら光る
その球体を抱いて、彼女は端末の前に座った。
「じゃあ、呼ぶから」
  樹理の言葉に、何をと問い返す前に、それは起こった。ずん、とマンションの
上に巨大な鯨でも墜ちてきたように、部屋が揺れたのだ。
「な、何?今の」
  少し蒼ざめた私に、平然と樹理が言った。
「ただのラップ現象よ」
  突然、部屋の照明が落ちた。暗闇の中にふっと樹理の姿が、浮かび上がる。彼
女の前にある端末にのみ、電源が入った為だ。
  薄く輝くディスプレイに、ぼうっと影がうかび上がった。それは、女性の顔に
なってゆく。
  端末に接続したスピーカーが、ノイズを発する。やがて、ノイズの中に声のよ
うなものが混ざり始めた。
「…なぜ、私を呼び出した…私に、何の用だ…」
  ディスプレイの女性が、語った。樹理が答える。
「あなたに、聞きたいことがある」
「…何を、聞くというのだ…既に、死者である…私に…」
「なぜ、死者であるあなたが、朝倉皓平の魂を望むの?」
  ぐん、と部屋の闇が濃さを増す。温度が確実に、2度は下がった。そしてディ
スプレイの映像は、激しく揺れ動き、スピーカーのノイズは狂的に高まる。
 地の底から響くような声が、言った。
「…それは、愛しているから、…愛している…愛している…愛している…愛して
いる…愛している…愛している」
  無限に続くかと思われたリフレインが、突然とまる。
「…おまえは、何を考えている…まさかおまえ…」
  樹理が高らかに言った。
「帰るがいい、こちらの用は終わった」
  そして水晶球をディスプレイへ突きつける。再び、どん、と部屋が揺れた。
  唐突に部屋の照明が、元に戻る。端末は電源が落ち、沈黙していた。
「な、何、いまの」
  私は、半ば腰が抜けていた。樹理がふふんと笑う。
「終わったわよ、豚の角煮食べる?」
  私は、がくがくと頷いた。
「じゃあ、このままだと朝倉皓平の魂はあの幽霊につれさられる訳ね」
  食事をしながら、私は樹理にいった。樹理は頷く。
「でも、彼の端末を心霊的に祓うことはできるわ」
  へぇ、と鰺の開きをほうばりながら、私は感心する。
「どうやるの?」
「呪符のプログラムを、彼の端末へインストールすればいい。そうすれば心霊的
ネットワークは断たれ、道が閉ざされる」
「ふうん。あ、角煮美味しいわよ」
「ありがと」
「でも、誰がその呪符プログラム作るの?」
  樹理は、にっこりと笑う。
「5万円でどう。端末は、明美のを借りなきゃいけないけど」
「げえーっ、金とるかぁ、友達なのに」
「その朝倉さんは、友達じゃないもの。きっと色々困るわよ、その人がいなくな
ったら」
「まあ、しょうがないか。でも、だめだわ」
「なによ、だめって」
「彼はこんな話、信じないよ。私以上に唯物論者だから、彼。物理学ファンダメ
ンタリストと呼ばれてたくらいだし」
「何その物理学ファンダメンタリストって?」
「物理学の教科書に載っている事が、世の中のすべてなの」
  樹理が死んだ。私はごちそうさまをする。
「彼が信じなくたって問題じゃないわ。とりあえず、ウィルスのワクチンだとか
なんとか言って、インストールしちゃえばいいの」
  復活した樹理がいう。ふーんと、私は納得した。





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