#907/1336 短編
★タイトル (AZA ) 97/ 9/30 16:44 (180)
トリックアンソロジー 永山
★内容
室内の紫煙濃度をさらに高めつつあった一本が、灰皿に押し付けられた。
「低調だねえ」
火が消えたのを確認しつつ、有岡伴十郎が言った。その片手には、原稿の束。
「そうですね」
「こっち、読むかい? どれもこれもレベル以下だが」
「いえ、有岡先生がだめを出したのなら、いいです」
眼鏡を外し、首を捻った杉前。こきこきと音が鳴っているところからして、
応募原稿を読むのは自分への割り当てだけで結構だと言いたげだ。
「そうかね? うむ、僕は全部を読んだのだが……実際、レベルは極めて低い
物ばかりなんだよな」
「はあ。密室部門が特に冴えません。予想できたとは言え……ちょっとひどい」
「ちょっと、てなもんじゃないね。こんなにがらくたばかりが集まるなんて」
有岡は傍らのメモを取り上げると、目を細めて読み始めた。
「電子ロック、コンピュータ、形状記憶合金−−これらはハイテクグループだ
な。対するローテクが、針と糸、氷、ドライアイス、雪……何だかかび臭くて
いけねえ。タイムマシン、超能力、呪い−−こいつらはSFって言うか、要す
るに超常現象に逃げちゃってる奴ら。他には、動物訓練派、鍵ごまかし派、監
視者勘違い派といったところに分類できちまう。斬新さがない」
「同感ですが……一つ、選ばなくちゃいけません。『トリックアンソロジー』
のために」
杉前の落ち着き払った言葉に、有岡は肩をすくめる。
「素人作家の密室作品なんて、ろくな物がない。分かってたくせに募るとは、
おたくも人が悪い」
「一番数が集まったのは、密室部門なんですがね。まあ、どうせ読者も期待し
ていないでしょう。適当に決めれば。そうですね、『宇宙密室』なんかがいい
んじゃないでしょうか」
「あー、あれねえ……宇宙船の中に死体が三つ。唯一の生存者は船外にいた。
ロケットのハッチは船内の者にしか開閉できないっていう。発想は悪くないん
だが、宇宙で針と糸を使って密室を作るのはねえ、馬鹿馬鹿しいったらありゃ
しない」
「その馬鹿馬鹿しさがいいって言う人も、中にはいますよ。アホバカミステリ
っていうジャンルも確立されつつあることですし」
「そんなジャンル、あるか? ま、編集者の君が言うんだから、よしとしとこ
うか」
「決定ですね、『宇宙密室』で?」
「ああ。タイトルは変えた方がいいかもしれんが、その辺は作者に連絡して」
「やっておきましょう」
決定をメモしながら、杉前はうなずいた。
「さてと。次はアリバイ部門ですね。これはという物はあったでしょうか?」
「半数が時刻表とにらめっこをするような作品ばかりだったね。創造性が低い
んだよなあ」
新たに煙草を引っ張り出すと、くわえる有岡。
「残り半分も、どうもいけない。使い古されたような電話トリックと録音トリ
ックが目立つ。個人的に好きな『犯人が犯行現場を目撃する』パターンもある
にはあったが、過去の名作をしのげなかった印象だね」
「だめですか……先ほど言ったアホバカミステリの定義からすれば、行けそう
なのを見つけたんですが、は」
「ほう」
煙草に火を着けた有岡は、手にしたライターで杉前を指し示した。
「どんなのがあったかな? 僕にはその手の作品が分からんから、教えてくれ
たまえよ、杉前君」
「あれですよ、北極にある観測基地で」
原稿の束の中からその作品を探そうとしているのだろう、奮闘する杉前に、
有岡は声をかける。
「ああ、あれか。分かった。タイトル、『不沈陽の殺人』だったか。日付変更
線を使ってたな。何度も何度も日付変更線を行ったり来たりしてたが、ややこ
しくて、よく分からなかったんだが……あれ、いいのかね?」
「アホバカミステリです。あのトリックをまともに受け取るのではなく、一種
のジョークとして、笑い飛ばすんですよ」
「なるほど」
煙を吐きながら、有岡は分かった風にうなずいてやった。
「僕もジョークが分からないほど野暮な人間じゃないさ。めぼしい作品もない
ことだし、『不沈陽の殺人』で行こう。決めた」
「いいですか? じゃあ、これも決まりと。続いて、人間消失部門ですが」
メモ書きをしながら、杉前は有岡を見上げてきた。
「この部門は応募数が少なかったですね。おかげでと言っては何ですが、私の
方でも全部、読むことができました」
「そうかね、そりゃよかった。それでこそ、選考の本来のあり方ってもんだ」
有岡は杉前の満足げな笑顔が面白くなくて、首を振って応じる。揶揄口調に、
この編集者は気付いただろうか。
杉前は嬉々として、しかし恐る恐るといった調子で意見を述べる。
「私が一番だと思ったのは、『明るすぎて見えない』なんですが……先生はい
かがでしたでしょう?」
「ふん、安心しなさい。同じだよ。この作品は収穫だった。新興宗教団体の教
祖、そのカリスマ性、神々しさを光にたとえた題名もいい」
「よかった。一発で決定だ」
杉前は作品の出来不出来以前に、選考が早く終わることを望むかのような口
ぶりである。
「えっと、四つ目は、足跡なき殺人部門ですね。密室の一変種とも言えるこの
部門ですけど」
「全部、読んだのかね?」
「え?」
有岡の問いかけに、きょとんとした面を上げる杉前。それから気後れした風
に鼻の頭をかいた。
「よ、読んでいません。私が全作品を読めたのは、先ほど言った人間消失部門
の他は、動機部門とハードボイルド&スパイ部門だけですから」
焦りの色こそ見せているが、さして恥とも感じていない様子で、杉前は早口
で答えた。
「あ、あとはだいたい、半分程度です。先生に半分をお渡しし、その残りを私
が読むという形ですので……先生は読むのもお早いですから、いいですけど」
「お世辞はいい。そうか。なら、仕方ないな。足跡なき殺人部門は故意か偶然
か、似通った物が集まっていたぞ。これは部門としての欠点じゃないかね。状
況を限定しすぎというか」
「おっしゃる意味はよく分かります。しかし、一度募った物は」
「おいおい、勘違いせんでくれよ。選ばないと言ってるんじゃあない。新設の
賞の選考委員を頼まれる名誉を、簡単に放棄なんかしない。ただね、さしもの
僕も、全応募作を読み切るのは苦痛だったと、文句の一つでも言いたくなった
という訳さ」
有岡が笑顔を作ると、杉前は大げさな仕種で胸をなで下ろした。
「それで、有岡先生。先生のお眼鏡にかなったのは……」
「傑作とは言い難いが、強いて選ぶなら、『五十歩百歩』かな。君は読んでい
ないはずだから、ぜひ読みなさい。標準作であることには、異論ないと思うね」
「はぁ、読みます。ですが、収録するのはその作品で決定ということにします
よ、この場で」
「いいとも。さあ、次は何だ?」
「えー、犯人当て部門。論理重視、手がかり重視の部門ですね」
印刷物に目をやる杉前。その用紙には、全部で十三の部門名が記してあった。
密室、アリバイ、人間消失、足跡なき殺人、犯人当て、意外な犯人、動機、毒
殺、奇想、凶器、ダイイングメッセージ、倒叙、ハードボイルド&スパイ……
無理をして十三部門を揃えた感がなきにしもあらず。
「ああ、これも不調だったねえ!」
声を張り上げる有岡。
「三段論法で犯人を特定するなんて、面白くも何ともない。論理のアクロバッ
トの片鱗もないのが大部分とは参った」
実際、辟易する気持ちもあった有岡。
こんな具合にして、十三部門全ての作品を決めていかなければならない。役
得でもなければやっていられない、退屈で精神的にきつい仕事であった。
* *
前略
有岡伴十郎先生。玉稿、確かに賜りました。
しかし、このままの形で掲載するには問題があります。
失礼を承知の上、単刀直入にその問題点を申しましょう。
先生は他人のトリックを無断使用なさっていますね?
今回に限りません。遡って調査させてもらいましたところ、判定できた分だ
けでも、長短合わせて少なくとも七作品が他人のトリックを用いて描かれた節
があります。
何を証拠にとおっしゃるでしょうか。
証拠ならあります。活字になっていない作品のトリックなら無断使用しても
ばれないとお考えでしたら、それは大きな見込み違いです。
先生は、「トリックアンソロジー」に各部門に寄せられた応募原稿の中から、
使えるトリックを抜き出して、ご自作に転用されたのです。
先生についての芳しくない風評は、私どもでも聞き及んでおりました。数多
くの推理新人賞の下読み委員をなされた先生は、よい作品をわざと一次予選で
振るい落とし、そこに用いられているトリックやプロット等を盗んでいるのだ
という噂です。
これまで、先生は巧妙に描かれてきましたから、確固たる証拠はありません
でした。トリックを無断使用された応募者各人達の手元には原稿が残っている
場合もありましたが、偶然の一致で片付けようと思えば片付いてしまう。
そこで今回、私どもは確固たる証拠を掴むため、罠を仕掛けさせていただき
ました。トリックアンソロジー賞という架空の賞を設け、その選考委員を依託
するという罠を。
選考委員はたったの二人、しかも先生以外のもう一人は、一介の編集者−−
私のことですが−−に過ぎません。これほどおいしい条件には、滅多にありつ
けないことでしょう。
当方の狙い通り、先生は罠にはまってくれましたね。
私、大半の部門で、応募原稿は半分しか読んでいないと申しましたが、あれ
は嘘です。全ての応募原稿−−と言っても、編集部サイドで苦労してでっち上
げた作品もどきですが、あれら全てを読んでいます。読んでいると言っては語
弊がありますね。全ての内容を把握している、と言い換えましょう。
君の記憶だけでは証拠にならんと抗弁されるのでしたら、それは無駄だと忠
告させていただきます。
当然のことながら、あの応募原稿は全てコピーを取っております。先生にお
渡しし、その処分を任せた分も含めて。
話は逸れますが、先生の選択眼は確かなようですね。愚にも着かない応募原
稿に紛らせ、使えるトリックをぽつんぽつんと放り込んで置いたところ、見事
にそれを漁って行かれた。まるで、野犬のようだと感心してしまいました。
さて、有岡先生。
私のお慕い申し上げる、賢明なる有岡先生。
推理作家たる先生なら、すでにお気づきのことでしょう。
この手紙は社の便箋を用いてはおりません。つまりは私、杉前から先生へ宛
てた私信であります。
今度の件で判明した事実に関し、現時点で、私は上への報告を一切行ってお
りません。
報告書の内容は、先生のお気持ち一つで変わってきます。
つきましては、今後のことを相談したく思いますが、いかがでしょう。
期日や場所については、僭越ながら、こちらから指定させていただきます。
来週の日曜日、午後一時に、喫茶**へお越し願います。
ご都合が悪いときは、何らかの形で至急お知らせください。こちらから改め
て指定させていただきます。
では、乱文乱筆ではありますが、なにとぞ私の意中をおくみとりいただきた
く、お願いします。
草々
199*.9.30 杉前真理亜
−−終わり