AWC 天使の名探偵  8   永山


        
#5348/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/12/24  01:49  (201)
天使の名探偵  8   永山
★内容

 伯母のその話は、昼食に取り掛かろうとしていた香苗を驚かせるのに、充分
なインパクトを持っていた。
「事件に関係あること?」
「それが、あなたが不在だと告げたら、刑事さんはまた連絡すると言って切っ
てしまったわ」
「じゃあ、私の方から、行こうかな。ちょうど試験も終わって、時間ができた
んだし。警察署か教会に行けば、会えると思います?」
 香苗の積極的な発言に、伯母は眉を寄せて心配顔を作った。さらに近寄って
きて、これまた心配げな口ぶりで尋ねる。
「大丈夫? 無理に協力しなくていいのよ。火事のことを思い出すようだった
ら、なるべく遠ざけた方が」
「大丈夫です。火に関わることをいつまでも苦手にしていたら、料理もまとも
にできない人になっちゃう。克服していかなきゃ。それに、前に行ったときは、
全然平気だった」
「そお? 香苗ちゃんのことだから、私からは口を差し挟みたくないけれど、
やっぱり少し心配だわ」
 一度倒れて帰って来たせいか、伯母の懸念は実状以上に膨らんでしまってい
るよう。香苗にしても、自分が意識朦朧になっていた間のことは、ほとんど記
憶にないから、無闇に大丈夫と太鼓判を押す訳にもいかない。
 と、そこへ突然、浩樹の声が飛んで来た。
「俺が着いてってやるよ。それで万事丸く収まる」
 いつの間に帰って来て、いつから話を聞いていたのか。呆気に取られる二人
を横目に、浩樹はテーブルに鞄を置くと、「昼飯、早く頼むよ」と言った。
 そして昼食後三十分ほどして出発。先に、教会に行ってみることにした。警
察署へも向かうかもしれないので、当然、自転車だ。
「気を遣ってくれて、ありがとう」
 道中、信号待ちを機に、礼を言う香苗。案の定、浩樹は目を白黒させた。
「何だよ、それは。いきなりだなあ」
「だって、浩樹ったら、今度も結局着いて来てくれるし、この前も、警察の捜
査のこと、わざわざ調べてくれたしさ。感謝」
 信号が青になった。先に進み始めた香苗に、後ろから浩樹が、ぽつりと嘆き
口調で言う。
「ああ。おかげで、こっちは彼女と破局を迎えそうだよ。クリスマス前だとい
うのに、かわいそうな俺……」
「え、嘘っ?」
 道路を渡りきらない内に、焦って振り返る。浩樹がいたずらげに笑っていた。
「その通り、嘘」
「な、何ですってー」
「ほら、前、前。危ないぞって」
 久しぶりに見る教会は、火事の直後に比べると、落ち着きを取り戻したよう
な風情が漂っていた。しかしそれは、再建に向けたエネルギーをためつつある
と言うよりも、役目を終えて静かに消えゆく老兵のようだ。
(刑事さんや羽田さんはああ言っていたけれど、難しいのかな……。再建資金
も相当な額になりそう)
 弱気になりかける香苗に、一人の男が呼び止めた。
「ああ、ちょうどよかった」
「お、平成警部」
 自転車を降り、浩樹が反応する。その手前で、警部なの?と内心驚く香苗。
(もっと下の位の人かと思っていた)
「電話をくださったそうですけど、刑事さん、一体何か?」
「主に教会内部の構造について、確認しておきたいことが出て来た。そこで、
教会によく出入りしていた人達に聞いて回っているんだ」
「それなら、私なんかよりも、もっと以前からの人が」
 役に立てそうにないと感じて、肩をすくめる香苗。だが、目の前の刑事は首
を水平方向に振った。
「それが案外、少ないんだよな。大概の連中は礼拝堂止まりで、それより奥に
入り込んだことのある奴なんて、数えるほどだ。それに、我々が欲しているの
は、事件になるべく近い日に入った人でねえ」
「私も、中に入ったのは、ほんの二、三回……」
「一番最近に入ったのは、いつだった?」
 平成刑事の様子が、いつにも増して真剣だ。香苗は正確に答えようと、指折
り数えて、思い出そうと試みる。
「……先月二十八日、です。学校帰りに寄りました」
 いい思い出ではない。でも、これが事件解決にわずかでも役立つなら……。
香苗は積極的に話そうと、決意を固める。
「二十八日か。うん、それでもいい。そのとき、事務用の小部屋に入ったか? 
神父さんが亡くなった場所なんだがね」
「はい。掃除をお手伝いしました」
「掃除か。そりゃますます好都合だ。掃除したのなら、気付いたと思うんだが、
段ボール箱があったろう?」
「え? ああ、ありました。中にキーホルダーがつまった」
「そうそう、キーホルダーだ。その段ボール箱は、部屋のどこにあったか覚え
ているかね?」
 ここが肝心とばかり、視線を香苗に合わせ、気負い込む様子の平成刑事。
 香苗は意図を飲み込めないまま、それでも正直に答えた。
「最初、土間のすぐ脇にありました。それを掃除で片付けて、最終的に、机の
下に置きましたよ」
「机の下?」
「は、はい。あの、これが何か重要なことなんですか」
「それは……捜査上の秘密だな」
 刑事は言いかけたのに、急に頭を振った。案外、口は軽いらしい。過去に似
たようなことをしでかして、上司からこっぴどく注意されでもしたのだろうか。
「平成警部。そりゃあないんじゃないの」
 やけに馴れ馴れしく言ったのは、浩樹だ。腕を組み、仁王立ちの姿勢で、香
苗と刑事のやり取りをずっと聞いていた彼だが、不意に割り込んできた。
「質問攻めでこっちに散々喋らせておいて、いざ質問されたら、黙り込む訳?」
「おまえには関係ない。黙ってろ」
「そうはいかないよ。香苗も身の危険を承知で、証言してやってるんだ。それ
に見合うだけの話をしてくれないとね」
 浩樹の出任せぶりに、香苗ははらはらした。思わず、浩樹の顔を見つめてし
まうほどだ。
「その歳になって、探偵ごっこでもしたいのか?」
「それを言うなら、警部も同じだろ。いい歳した大人が、探偵ごっこを続けて
いるみたいなもんだ」
 ばか、怒らせてしまう――香苗が浩樹の口に手を伸ばし、やめさせようとし
た矢先、平成刑事は頭を掻きながら自嘲した。
「俺が相手でよかったな、小僧めが」
「小僧じゃねえよ。身体能力なら、五分五分だろうぜ」
「いいから、聞け。警察の他の連中は知らないが、俺の場合、おまえが言った
ことが、ずばりの図星だよ」
「へ?」
 惚けたような声を出し、力が抜けた風の浩樹。刑事は気味の悪いウィンクを
して、続けた。
「だから、許してやる。ついでに、おまえのくそ度胸に免じて、教えてやるよ。
その代わり、オブラートに包んだ表現をしてやる余裕はねえ。心して聞きな」
 刑事は香苗の方に目を向けた。
「今度卒倒しても、もう助けないからな」
 気圧され、黙って首を縦に振った香苗。
「段ボール箱のことを気にしてるのは、どうにも合点の行かない点があるから
だ。それは現場の状況なんだが……神父の遺体の上から、キーホルダーがばら
まかれていた。天使のキーホルダーがな」
 刑事の言う場面を想像してみた。滑稽でありながら、宗教的な意味合いもあ
りそうな、奇妙な光景である。
「かなりの炎にさらされたはずなんだが、キーホルダーはどれも傷みこそすれ、
原形をとどめていた。ある物なんか、遺体の下敷きになっていたおかげで、ほ
とんど無傷だったくらいだ。で、個数を数えてみると二百二十九で、元から一
つ足りなくなっていたが、段ボール箱にあったキーホルダー全部がばらまかれ
たと見ていいだろう。犯人がばらまいたのか、箱がひっくり返って偶然にそう
なったのか、あるいは虫の息の被害者自身の手でそうしたのか。それを見極め
るために、聞いて回ってるんだが、どうもうまくない。いや、捜査本部として
は、箱がひっくり返ったに過ぎないと信じて、調べていたんだが、今の話を聞
く限り、あり得ない」
 再び香苗を見る刑事。今度の視線は、先ほどよりは険しくなかった。
「それってつまり……机の下にあった箱が、たまたまひっくり返るはずがない、
という意味でしょうか?」
「その通り。犯人と被害者が激しくやり合ったと仮定しても、机の下の物が、
上からぶちまかれるはずがない」
「そんなの、簡単じゃないのか」
 浩樹が意見を述べる。
「机の下の箱が邪魔だったから、香苗が帰ったあと、どこか高いところ……棚
の上にでも置き直しでもしたんだよ。犯人と神父がもみ合いになって、棚にぶ
つかり、衝撃で箱がひっくり返った」
「それはないわ」
 刑事でなく、香苗に否定されて、目を丸くする浩樹。
「何で言い切れる?」
「棚の上には、箱を押し込めないのよ。私、その日に試してみたもの」
「そうだろうな。我々も実験した。これで裏付けられた訳だ」
「だったら……襲われた神父さんは、犯人の攻撃を防ぐために、箱を抱え上げ
た、というのは無理があるかな」
「箱が事件当日も机の下にあったのだとしたら、不自然だな」
「あ、そのことなら、荻崎さんは膝を悪くされてらして、わざわざ段ボール箱
を移動させたとは思えません。だから、動かさなかったんじゃないかしら」
「なるほどね。でも、キーホルダーはクリスマスのミサで配る物だったんだろ。
日が迫ってきたからってことで、箱を引っ張り出し、開けて、チェックしてい
たのかもしれないじゃないか」
「何のチェックよ?」
「決まってるだろ。数は足りているかとか、不良品がないかとか」
「キーホルダーを渡すのは、長年の恒例となっていると羽田さんが言っていた
わ。だったら、そんなチェックなんてする必要ないぐらい、信頼関係ができて
たんじゃないかしら。それに、今回は私達のために追加注文をした。だから羽
田さんの方で、しっかりと数をチェックしているはず。それをわざわざ荻崎さ
んが数え直すなんて」
「二人とも、もめなくていい」
 香苗と浩樹の言い合いに、刑事が割って入る。
「羽田さんが運んだとき、羽田さんと神父さんとで、中身の確認を済ませてい
るんだ。それからその場でガムテープで封をして、勝手口脇に置いたという話
を聞き込んでいる。つまり、神父さんが数え直したことは、あり得ない」
「何だ。早く言ってくれよ、警部」
 むくれる浩樹に、刑事はせせら笑いを垣間見せた。
「おまえらの話が早すぎるんで、着いていけなかったんだ。ま、俺が今明かせ
るのはこの程度だな。偶然散らばった可能性がなくなったんだから、犯人か被
害者、どちらかの手によって、ばらまかれたことになる」
「神父さんがばらまいたなら、関係者の中で、名前に翼や天の字を持っている
奴がいれば、怪しいな」
 冗談ぽく、浩樹がつぶやく。刑事は嘆息した。
「ダイイングメッセージか。残念ながら、そう都合よくはいかん」
「分かってるよ。俺だって信じてない。もしもダイイングメッセージなら、一
個握りしめれば充分」
「じゃあ、やっぱり、犯人の仕業ってことになる?」
 香苗が、どちらへともなく聞く。刑事はもちろん、浩樹も断定を避けた。そ
の代わりに、浩樹はこう言った。
「七井ってのに聞けば、いずれ分かるんじゃないの?」
「それなんだが」
 刑事の声に、香苗達が注目する。彼は、言いにくそうに、しきりと口の周り
をさすった。
「証拠不充分で、一旦お帰り願った。昨日のことだ」
「ええ? そんな話、ニュースで言ってました?」
「やったんじゃないかな。まあ、小さくしか報道されんだろうが」
 曖昧に語尾を濁す平成刑事。浩樹がかみついた。
「何だよ、安心していいって言ってたくせに。他に犯人候補、いるの?」
「いなくもない。だが、最有力は、やはり七井の奴だ。金遣いが荒くなるだろ
うとの読みで、今も見張りを付けている」
「他の容疑者についても、教えてくれよ」
「調子に乗るな」
「最有力容疑者を証拠不充分で釈放したこと、近所に言い触らそうかな」
「別に、言い触らされてもかまわん。事実だし、すでに発表したことだからな。
ただ、捜査がやりにくくなるのは困る」
「てことは、教えてくれるんだ?」
「いや。はっきり言って、話すほどの容疑者じゃない。神父と親しい人間の中
から、ひょっとしたらトラブルがあったんじゃないか?と想定できる奴をリス
トアップしただけなんだ。たとえば……そう、キーホルダーを売った羽田もそ
の一人。だが、実際は何のトラブルも起こしていなかったようだ」
「てんで当てにならないなあ。要するに、七井以外に考えられないって訳?」
「ああ。七井は夏に車の事故を起こしたんだが、保険に入っておらず、結果、
金に困っていた。勤め先からも煙たがられるようになったし、付き合っている
女との仲もぎくしゃくし始めた。クリスマスが近付いてきて、挽回のチャンス
とばかりプレゼントを張り込もうとしたが、金がない。それで昔世話になった
荻崎神父に、金の無心に行ったが断られ、犯行に至った……と見ている」

――続く




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