#5349/5495 長編
★タイトル (AZA ) 00/12/24 01:50 (200)
天使の名探偵 9 永山
★内容
「動機は完璧」
感心する浩樹に対し、香苗は別の点が気に掛かった。それも二つ。
「刑事さんの話だと、七井って人は、事件当日、洗濯物を届けに来たんじゃな
いんですね」
まず、一つ目から聞いてみる。平成刑事は肯定の返事をした。
「仕事で洗濯物を教会に届けたのは、事件の前、十一月の三十日の昼間だと分
かっている。そのときは、何もなかったようなんだが、分からんものだ」
すでに七井を犯人と決め付ける口ぶりだ。よほど確信があるのか、それとも
思い込みのなせる業かは、部外者には判断できない。
「じゃあ、どうして当日、教会に来たと分かったんですか?」
「奴が、クリーニング屋の車で、教会に駆けつけてたからさ。仕事の合間に、
金の無心とは、いい根性しているよな」
「そのこと自体は、本人も認めてるんですね」
「ああ。最初はしらを切っていたが、目撃者が何にもいると告げたら、あっさ
り認めた。自白するのも時間の問題だと思ったんだが」
悔しげに奥歯を噛みしめる刑事に、香苗は二つ目の問いを発した。
「あの、それから、七井って人は、荻崎さんと以前からの顔見知りだったんで
すか?」
「そうだよ。子供の頃は、この教会に通っていたそうだ」
刑事は背後を振り返った。鐘の塔に、風が音を立てて吹きすさぶ。
「神父さんのありがたい言葉は、全然届かなかったってことか」
浩樹が押し殺した声で言い、感情を隠すかのように、大きな動作でかぶりを
振り、腕を伸ばした。
「さあて、探偵ごっこが過ぎたようだ。これくらいで勘弁してくれ」
「あ、ありがとうございました」
香苗と浩樹、声が揃う。
刑事は「調子いい小僧め」とつぶやきながら、肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
そして方向転換をしようとした刹那、立ち止まって付け足し。
「俺から色々聞いたってこと、誰にも言うなよ」
「香苗は、探偵ごっこを続ける気、あるの?」
家への帰り道、浩樹が聞いてきた。香苗は心外だとばかりに、眉を寄せる。
「その言い種は何よ。あなたが勝手に始めたくせに。さっき、焦ったんだから
ね。刑事さん相手に、あんな乱暴な言葉遣いをして」
「いいんだよ。香苗を車で送ってもらったときに、仲よくなったんだ」
自信溢れる顔つきで言い切る浩樹だが、本当の話なのか否かは、香苗には分
からない。疑いつつも、敢えて乗る。
「それなら、刑事さんからもっとたくさん話を聞き出して、犯人を特定してみ
せてくれないかなあ。ミサまでに。荻崎さんのためにも」
「できるもんなら、そうしてやりたいけど……。まあ、犯人は分かってるよう
なもんだろ。問題は証拠だな。俺が刑事になるのを待っていられる? そうし
たら解決してやれるかもな」
体よくジョークで逃げられてしまった。
帰宅すると、香苗は羽田の家に電話をした。
結局、訪問して以来、こちらからは掛けていない。電話をもらったのは一度
きり、遺体が戻って来たので、葬儀を執り行うことになったとの知らせだった。
葬儀の際は慌ただしく、羽田ともまともに話ができなかった。久しぶりに、
声を聞くことになる。
羽田真澄は幸い、在宅していた。時間もあるという。
「ミサの件だけれどね。集まることだけはほぼ決まったよ」
「そうなんですか! よかった……でも、場所は?」
聞いた瞬間、声を弾ませ、次にはもう沈んでしまう。
対照的に、羽田は落ち着きのある声で答えた。
「教会のあったところにしたいんだが、難しいだろうなあ。立入禁止が続いて
いるが、集まる分には問題なかろうと、警察の方も言ってくれたんだが。第一
に、天候が問題なんだ。お年寄りや身体の具合の悪い人も、たくさんいらっし
ゃるからね。ひょっとしたら、公民館のような施設を借りるかも……正式に決
まれば、また連絡しよう」
「そうですか。じゃあ、待っています。クリスマスミサに加えて、追悼ミサに
なってしまうんですよね」
「言う通りだなあ。まさか、今年のミサをこんな風に迎えるとは、思いもしな
かった。何とか我々の力で、再建にこぎ着けたいものだが」
送受器の向こうから、ため息が聞こえてきた。見込みは暗いのだろうか。い
や、せめて五分五分なんだと信じたい。
「それであの……羽田さんのところへも、刑事さんが来られました?」
「来た来た。主に、七井君の人となりを聞かれたな」
「え、羽田さんも、七井って人をご存知なんですか」
「ああ、私は古くから教会に出入りしてたからね。七井君がこんな小さな頃か
ら、顔を合わせてるよ」
電話口で「こんな」と言われても、香苗はさっぱり要領を得ない。恐らく、
向こうでは、羽田が手の平で高さを示していることだろう。
「それで、何て答えられたんですか」
「それはまあ、正直に話すしかない。当時の彼は引っ込み思案で、どちらかと
いうと大人しい子だった。ただ、怒ると、前後の見境が着かなくなることもあ
った、とね」
今度の事件の犯人であっても、おかしくはない。性格は変わることもあるし、
これだけで決め付けるのは、危険すぎるけれども。
「つかぬことを窺います、羽田さんのところへは、七井って人はお金を借りに
来ませんでした?」
「七井君は勝負事に熱くなる方で、子供の頃、遊びで賭けをするときなんかい
つも真剣だし、げんを担いでいた。荻崎神父にもらったキーホルダーをお守り
代わりにしていたっけなあ。大人になっても一発当ててやろうという気は抜け
ないらしく、よく競馬や競輪場に足を運んでいたようだよ。だから、彼の金策
は、まずはギャンブルなのさ」
「それでも、賭事で失敗したときは、お金を借りざるを得ない訳ですよね」
「ははは、私はこれでも商売人だから、金にうるさくてね。それを分かってい
る人は、私に借りに来ないんだ。そうだ、話は少し飛ぶが、刑事からうるさく
聞かれたよ。代金の支払いを巡って、荻崎神父ともめたことはなかったか?と。
いやもちろん、こんな直接的な質問じゃなかったが、私だってぴんと来る。も
っとも、神父さんはいつもきちんきちんと払ってくれたからね。たまーに、後
払いのときもあったけれど、その頃にはもう、私も彼を信用していたから、安
心だった」
「ということは、この間のキーホルダーなんかの代金も、受け渡したその場で、
支払いを?」
「ああ、そうだよ。うん、刑事にはこの点を特に突っ込まれた。キーホルダー
の代金をもらい損なったんじゃありませんか?ときたんだ。事実に反す、全く
もって不愉快な話だった。真犯人を早く見つけてくれないと困るね」
「……」
やはり警察は、関係者全てに厳しく当たっているんだ――そう感じて、香苗
は押し黙った。
(これだけ捜査をした結果、七井って人が怪しいと言うんだから、きっと間違
ってなんかないわ)
「もしもし? お嬢さん? 釣島さん?」
羽田の呼び声に、送受器を握り直す香苗。
「は、はい?」
「誤解ないように言っておくけれど、キーホルダーは格安で卸したんだよ。荻
崎神父相手に儲けてやろうなんて、これっぽっちも考えてない」
「あ、それはよく分かってます」
どうやら羽田は、香苗が沈黙したのを、違う意味に受け取っていたようだ。
香苗が応じると、ほっとしたような口調になった。
「さっきも言った通り、ミサの日時や場所が決定したら、連絡するから」
「ぜひお願いします」
「それじゃあ、失礼するよ」
電話を切ったあと、香苗はミサに思いを馳せた。葬儀のときは、荻崎に謝り
きれなかった。来るミサでは、精一杯謝ろうと思う。
その気持ちとは別の部分で、ミサが潰れなかったこと自体には、喜びを感じ
るが、反面、もし焼け跡を前にしてのミサになったら、多少の恐怖感を覚えて
しまうかもしれない。心理的なものだ。
(葵や柚花も、恐がらなければいいのだけれど)
そう念じる頭の片隅で、一つの願いが芽生える。
(ミサのときまでに、犯人が捕まってほしい)
* *
十二月十七日の昼下がりから、浩樹は女の子と二人きりだった。言うまでも
なく、デートである。
「どうも」
「押忍」
顔を合わせるや、相手の子は敬礼をし、浩樹は武道家の気合いを入れるポー
ズを決める。初対面のとき、これをやったものだから、今や習いとなってしま
ったのだ。
「まず飯だね。どこへ行くかね?」
「芝山の好きなところでいい」
ぶっきらぼうな調子で言う浩樹。一足早いクリスマスデートとはいうものの、
やはり気分が盛り上がらないのもある。
加えて、今の浩樹は、香苗のことが気になっていた。
(俺の悪影響を受けたのか、変に張り切っていたからなあ。証拠を探してみる
とか何とか言って、日曜の朝から飛び出していった。昔、家に来たときは、あ
あいう性格じゃなかったのに、変われば変わるもんだ)
「じゃ、思いっきり、ジャンクフードでもOK?」
浩樹のごつごつした拳をさすり、芝山が元気よく持ち掛ける。
「どこでもいいって言ったろ」
「念のための確認ね。普段の君は、身体作りだ何だとぬかして、食べ物に拘る
から」
「しばらくいいんだよ。まあ、卵の黄身だけは遠慮するがな」
「ようし、じゃあ月見バーガーを食べに行こう!」
「俺は他のにする」
芝山に引っ張られながら、浩樹はつぶやいた。
ハンバーガーショップに入って注文を済ませ、トレイを持って窓ガラスに面
したカウンター席に並んで腰掛ける。大きな身体の浩樹は人目を引くが、機敏
な身のこなしで、人と人との間をすっすっすと進む。芝山はそのあとを着いて
行くだけ、という感じだ。
「最近、どうだね?」
変な質問を発してから、芝山はハンバーガーにぱくりとかみついた。八重歯
があって、かぶりつくと言うよりも、かみつくという表現の方がぴたりと来る。
浩樹は黒皮のジャンバーを脱ぎ、背もたれに掛けた。それから応じる。
「何だよ、それ。何が聞きたいのか、はっきりさせてくれ」
「文字通り、近況よ」
「ほとんど毎日、学校で会ってるじゃないか」
「だから、学校の外でのこと。ははん、しらを切るつもりかあ?」
「しらを切るとは、聞き捨てならん。一体俺に、どんな疑いが掛かってると言
うんでい?」
突然、時代劇言葉になったのは、これまたいつものやり取りだからだ。完全
にパターン化してしまっている。
ただし、今日はいつもと少し異なる。芝山の様子が、存外、真剣なのだ。
「ネタは上がってる……とは言い難いのが、残念なんだか喜んでいいんだか分
からないんだけれど、目撃者がいるの。ここ数日、浩樹と女の人が、一緒に歩
いてたり、自転車に乗ってたり。それはそれは親しげで」
ストローに口を付けていた浩樹は、液面を空気でぼこっと言わせてから、コ
ップを置く。
「……そんなことかよ」
「お、言いましたね」
「勘違いも甚だしいっての。それは俺の従姉妹で、香苗って言うんだよ」
「あん? 浩樹がいつも言ってる、同居人の香苗さん?」
「そうだ」
「姉か妹みたいな存在の?」
「そうだと言ってるだろうが。追及するな」
「どうしてまた、従姉妹の香苗さんと、仲睦まじく町中をうろちょろしていた
のか。これだけは白状してもらいましょう」
「プライバシーっつうか、プライベートっつうか、あんまり話したくないんだ
が、だめか?」
「だめ。私が口かたいの知ってるでしょ。安心して話しなさいな。浩樹がそう
望むのなら、絶対に口外しない」
「……『私はお喋りじゃありません』と言う女は信用するなと、曾祖父の遺言
で戒められているんだよな」
「嘘つけ」
太股をつねられた。ジーンズを穿いているし、空手や柔道で鍛えているせい
もあって、全然痛くないのだが、ここは痛がってみせる。
「じゃあ話すが、他言無用な。絶対に」
芝山は親指と人差し指で丸を作った。
呼応して浩樹が、香苗と一緒に出歩いた事情を、包み隠さずに話す。
芝山は聞いている合間合間に、「ほうほう」と梟みたいな相槌を入れてきた。
そして聞き終わるや、むくれた表情を作ってみせる。
「仲のよろしいことで」
「家族と仲よくして、何が悪い」
「ふむ、真理だわ。ただ、私も同程度ぐらいに、仲よくしてもらいたいな」
「してるつもりだぜ。――あ、そうだ」
――続く