AWC そばにいるだけで 34−5   寺嶋公香


        
#4785/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 3/30  15: 5  (200)
そばにいるだけで 34−5   寺嶋公香
★内容
「い、いきなり、な、何を。からかわないでください」
 答える間にも頭に血が昇って、見境なしに爆笑してしまいそうだ。
「自信持ちなさいって。あの妙に真面目な北村君さえ心動かしたんだし。恋の
一つや二つ、焦らなくてもその気になれば、よね」
「あはは。相手がいなくちゃ何にも始まりませんよー」
 頬をまだ赤くして純子は答えると、家庭科室に戻ろうときびすを返した。一
刻も早くこの話題から逃れたかったというのもある。
「そ、それじゃ、先輩、失礼していいですか? 後片付け、任せっ放しにでき
ない」
「ええ。くどいけれど、頑張って部を盛り上げてちょうだいね」
 先輩から解放された瞬間から、精神的に一気に楽になった。

           *           *

 相羽にそのつもりはなかったが、相手はデートだと受け止めたかもしれない。
少なくとも心の片隅で期待していたのは間違いない。
「何だ、トレーニングの途中なのね」
 待ち合わせ場所の公園に現れた相羽の格好を見た途端、白沼ががっかりした
ような声を上げたのはそういう理由からだろう。
「うん。早速だけど」
「待ってよ。どこかに行きましょうよ。折角の春休みなんだから」
 ベンチに向かおうとした相羽の腕を、勢いよく引いた白沼。力を入れすぎた
のか、白沼自身がバランスを崩しそうになった。
「ここで済む話なんだ」
「肌寒くない?」
「……運動してたから、身体、温もってしまって」
 本当のところは、今朝から春らしい陽気に包まれ、平年を上回る気温を記録
しているはず。
「汗をかいたなら、それこそ暖かくしないと風邪を引いてしまうわ。注意しな
くちゃ」
「そういう自己管理、ちゃんとやってるつもりだから」
 きっぱり断ろうと、ふと白沼の表情を見ると、強く出られなくなってしまっ
た。何せ、彼女と来たら、葬式をやっているときに火事にあったみたいな顔を
しているのだ。
「相羽君のためを思って言っているのに……。いいわ。病気になったら、私が
責任持って看病してあげるわ」
「分かったよ」
 相羽は肩をすくめ、右の爪先で地面を蹴った。
(甘いかな。でも、女の子泣かすような真似はしたくないから)
 自分自身に言い様のないもやもやした物を感じつつ、相羽は身体の向きを換
えた。
 喫茶店には入れないし、近くにファーストフードショップはないようだし、
さて、どこへ?となる。
 考えていると、変なことまで思い出し、笑ってしまった。
「何?」
「思い出し笑い。昔さ、小三の夏だったと思うけれど、銀行の待合いに潜り込
んでみんなで喋ってたら、こっぴどく怒られた」
「どうして銀行なんかに」
「夏休み、遊びたくても大したことできないときにさ、銀行は冷房が効いてて、
入場料取られないからね。もうちょっと大人しくしときゃよかった、なんて」
「家のクーラーは?」
「入れっ放しにできないだろ? ……あ、白沼さんところはそんな心配しなく
ていいのか。うーん、うらやましい」
 笑いながら言った相羽に対して、白沼は大真面目にうなずいた。
「今年の夏、遠慮せずにうちに来てね。涼しい環境で勉強した方がはかどるわ。
――相羽君は高校、どこへ行くのかしら?」
 相羽はまともに答えようとして、やめた。
(違う。こんな話をしに来たんじゃない)
 校則に入場の許可不許可が明記されていない甘味処を白沼がちょうど見つけ
たので、そこへ入ることにした。
 白沼があんみつ、相羽は特にほしくはなかったが何も頼まないわけにいかな
いので抹茶ジュースなる物を注文した。品物はすぐに届き、白沼が視線を気に
するかのように、上品な手つきでゆっくりと食べ始める。
「ん、おいし。初めての店で不安だったのよ。これならまた来てもいいわ」
「それで話なんだけれど、いいかな」
 店内を見渡しながら、声を低める。男性客は相羽一人しかいなかった。
(うっ。話しにくい雰囲気)
 これもひょっとして白沼の作戦? そんな疑問も浮かんだが、さすがにすぐ
さま打ち消す。
 相羽はリラックスに努めて、気安い口調で始めた。と言っても、内容は結構
ヘビーなのだが。
「最初に聞いておきたいことがあるんだ」
「何かしら? 何でも聞いて」
「プレゼントに付いていたカード、読んだよ。本気?」
「――もちろん。あなたが振り向いてくれるまで、あきらめずにずっとアピー
ルし続けるつもりよ」
 白沼は匙を置くと、引き締めた笑顔で応じた。
 相羽は初めてジュースに口を付けた。その名の通り、抹茶色をした液体は舌
にざらついたが、味は甘すぎず渋すぎず、悪くない。
「今の僕の気持ち、聞きたい?」
 下を向き、匙を再び手に取る白沼。即答を避けた風だった。
「白沼さん?」
「そうねえ……今は聞きたくない。もっと私のいいところを見てもらってから
じゃないと」
 慎重に用意された返答。
 しかし相羽は敢えて言った。
「今の白沼さんだと、僕は絶対に好きになれない」
「っ――」
 息を飲むのが分かった。
 相羽は多少胸の奥が痛むのを自覚したが、それを抹茶ジュースで覆い隠そう
と試みる。味そのものはよくても、後味がよくない。飲みきったらお冷やで口
の中を洗い流さねばならないだろう。
「理由を聞かせてくれる? 絶対に直していくから」
 白沼の声は電池切れ間近のテープレコーダーみたく、安定感を欠いている。
色白なので顔色では判断しかねるが、表情が硬くなったようにも見えた。
「僕はね、楽しませるために人をだますのは好きだよ」
「……?」
「でも、陥れるような嘘は嫌いだ」
「私が……そういう嘘をついたと言いたいのね?」
 手を握りしめる白沼。匙があんみつの椀を叩いた。
「いつ、どんな? はっきり言って」
「その前に言い訳させてもらうよ。カードで宣言されなかったら、僕も黙って
るつもりだった」
「私がつきまとうのが、そんなに迷惑?」
 白沼が唇をひくつかせた。歯ぎしりが聞こえてきそうな気がした。
「つきまとうのはいい。ただ、今の君は――ひどい言い方、ごめん――友達と
しても尊敬できない」
 相羽は目を逸らした。もっとましな台詞を用意したつもりだったのに、いざ
その場面になるとほとんど剥き出しの言葉をぶつけてしまう自分が嫌になりそ
う。
「……理由を、聞かせて」
 一言ずつ区切る白沼の口調に、視線を戻す。
「去年の十二月二十四日。白沼さんは僕に嘘をつかなかった? 僕や調理部の
みんなに」
 問い掛けのあと、白沼の瞳をじっと覗いた。
 答は返らない。
 相羽は目を一旦閉じ、首を傾けてからまた開いた。
「どう?」
「……しらを切ったらますます嫌われそうね」
 最後のプライドを保つためか、白沼は毅然とした物腰に戻っていた。
「ごめん――なさい。許してくれる? 嫌われたくない」
「僕も、ごめん。こんな言い方しかできなくて……ごめん」
 相羽は短い間、頭を下げた。
「でも、ほっとした。正直に言ってくれて」
「ばれてたのね……ずっと隠し通せるとは思ってなかったけれど。どこで気付
かれたのかな」
「ちょっと待った。その質問は、次はうまくやろうということじゃないよね」
 相羽が冗談のつもりで微笑を交えて尋ねると、白沼は肩を小さくすくめた。
「二度としない。相羽君に嫌われるのが一番堪えるから。約束するわ」
「分かった。――気付いたきっかけは簡単なことで」
 相羽はお天気でも話題にしているかのごとく淡々と、かいつまんで説明した。
あの日、白沼家を出たあと、町田の家に着いて、電話のやり取りに関しておか
しなことがあったと知った。白沼の家には電話機が複数個ある。相羽が町田宅
に電話を掛けるのを廊下でするように仕向け、部屋に残った白沼が一瞬早く同
じ番号につなぐのは難なく可能に違いない。
「という風に考えただけさ。白沼さんのやりすぎだよ」
「ふ……相羽君には隠しごとできないわ」
 ようやく笑った。
 そんな白沼を見て、相羽もやっと安堵できた。凝り固まった心がほぐれて、
楽になっていく。
(ひょっとしたら、あのときの捻挫も全然大したことなかったんじゃないかと
思う。だけど、もういいや)
 追及はやめた。必要がなくなった。
「こんなことした私でも、まだ許してくれる?」
「いいよ。許さないでおく理由もないしさ。まだ君のいい面をほとんど見せて
もらってない気がする」
 また優しさを出してしまった。いいのか悪いのか判断しかねる。とにかく嫌
な思いはしたくないし、誰にも嫌な思いをさせたくもない。それだけは言える。
 白沼の表情には光が射していた。
「とりあえず……髪型を元に戻してみようかしら」
 相羽はこんなときの反応の仕方が分からず戸惑ったが、白沼の自信を取り戻
したような笑みを見て、苦笑を返すことにした。

           *           *

(ロケがあると聞いたときはわくわくしたけれども……間が悪い)
 待ちくたびれて数日前のことを思い返す内に、ため息が出た。
(また相羽君の試合を見られなかった。撮影、ほんの少しでもずらしてくれた
ら……なんて、始まってから言っても全然意味ないよね)
 病院の中庭を兄に連れられて散歩するシーン等、病院の建物を背景に必要と
する場面をまとめて撮る目的で、今日のロケーションは行われている。
 日が西に傾くのを待っていると、日差しそのものが強くなってきた。
「だめだな。包帯、外してやってくれ」
 カメラの人から衣装チェックの人へ伝達がなされ、包帯の巻き具合をポラロ
イドに収めたあと、純子は包帯を外してもらった。
「外してもいいんですか?」
 撮影の合間の休憩中に外すなんて滅多にないことなので、不思議に感じた。
 衣装係の女性はにこりともせず、写真を大事に仕舞ってから答える。
「あなたのプロダクションから厳命されてるの。モデルもやっているあなたが、
変な風に日焼けしたらまずいでしょう。包帯したままだと、怪傑ゾロみたいな
跡が残るわよ」
「あ、そうか……」
 今し方まで包帯のあった境界のところを、思わず触る。春休みに入ってドラ
マの撮影も本格化したが、ロケは初めてだ。
 つてで、ある産婦人科病院の中庭を使わせてもらっての撮影。妊婦さんの現
在の数はさほど多くないそうだが、迷惑を掛けることに違いはない。決められ
た時間内にいい映像を撮らねばならないプレッシャーは相当なものだ。
 このロケの話を最初、病院とだけ聞かされていた純子は真っ先に、「患者の
人達が気を悪くするんじゃあ……特に、同じように目が悪い人がいたら」とい
う点が気になった。産婦人科病院と知って心の重荷は半減したものの、申し訳
なさは残る。
 木陰で体育座りをし、両方の頬杖を着いて、病院の窓々を見上げる。改めて
考え込んでしまった。
「何をぼーっとしてるの?」
 声を掛けてきたのは星崎譲。役どころは少女の兄。つまり、ドラマの中では
二人は兄妹の間柄になるわけだ。
 純子は慌て気味に顔を上げた。お辞儀しようとして膝に額をぶつけてしまう。
「あたっ」
「大丈夫かい」
 笑いをかみ殺しながら、隣に腰を下ろした星崎。
「考えごとしてたみたいだけれど、邪魔したかな」
「いいえ。あの、何かご用でしょうか」
 たった四つ歳上とは言えすでに立派な俳優である星崎と相対し、かしこまっ
た物腰になってしまう。
「うーん、ご用と言えばご用かな。君が何を考えてたのか知りたい。教えてく
れる?」
「……病気の人を演じるの、難しいって考えてました」
 答えてから、急いで付け足す。

――つづく




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