AWC そばにいるだけで 34−3   寺嶋公香


        
#4783/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 3/30  15: 2  (200)
そばにいるだけで 34−3   寺嶋公香
★内容
 しかし、酒匂川財閥の影響下にある音楽学校へ願書を出すとなると、一発で
知られてしまうに違いない。そして、行ける範囲内にある音楽学校の全てが、
何らかの形で酒匂川の恩恵に与っている。
「事業拡大しているようでも、大元は音楽がらみの仕事でのし上がったんだも
のね。影響力も強くなるはずよ」
「……」
「信一は余計なこと考えなくていいのよ」
 息子の表情を捉えて、母が言った。
「もう少し探してみるから。きっと見つかる」
「うん……でも、僕……どうしてもというわけじゃないから。普通の学校に行
くよりお金も余計に掛かるし。いいんだ」
「本当にいいのかな」
 母親から顔を覗き込まれ、信一は口ごもった。いとも容易く見透かされてし
まった。
「父さんがどういう道を歩んできたのか、ちょっとでも近付きたいと思ったん
だ。今からでも間に合うなら……ピアニストに」
「それなら、簡単にあきらめなさんな。ころころ気持ちを換えたりしては、お
父さんに失礼よ。お金の心配なんてもってのほか」
「だけど。受験しても通らないかもしれないし、第一、酒匂川に知られるのは
まずいんでしょ? 僕だって酒匂川の寄付で成り立っているところには行きた
くないけどさ」
 母はかすかに眉を寄せた。ため息のあと、席を立ちながら強い調子で言う。
「学校はいいところを探す。今から、合格する自信がないなんて情けないこと
を言わない。分かった? らしくないわよ、信一?」
「……うん」
 ゆっくりと首肯して、改めて母の顔を見やる。微笑むのが分かった。台所の
方へと遠ざかって行く。
「ご飯の前にお茶を飲む?」
「いらない。手伝うよ」
 信一も急ぎ、テーブルを離れた。親子二人で食事の準備に掛かる。
「音楽学校に通うとしたら、武道はやめなきゃいけない?」
 信一自身、答の分かっている問いを敢えてした。他の人からきっぱり言って
ほしかったから。
「指を傷める危険性が高いから、やらない方がいいのは間違いないわ」
 答えてから、くすっと笑う母。信一は包丁で野菜を刻んでくれているのだ。
これだって一歩間違えると、指を怪我しかねない。
「やっぱり。面白いし、また春に試合があるんだけど。それを最後にした方が
いいかな。……みんなはどこの高校に行くつもりなんだろう」
「私に聞かれても。――ああ、純子ちゃんのこと。なるほどね」
「みんなって言ったよ」
「仕方ないじゃない?」
 抗弁する信一を、母親は敢えて無視したように言葉をつなぐ。
「普通科、音楽科、芸能科を併設する高校も探せば見つかるでしょうけれど、
まさか自分に合わせてくれなんて言えるはずないわよね」
「……」
 返事するまでもないと思い、信一は口をつぐんだまま、皮をむき終わったじ
ゃがいもを真っ二つに切った。まな板を叩く包丁の音が返事の代わり。
「僕もモデルになれないかな……」
 つい、そんなことを口に出してみる。意識して漏らした台詞ではない。
 母親の反応は早かった。
「この間の『ファーストキス』、じきに公になるから楽しみね。上々の評判よ」
「……純子ちゃんが、でしょ」
 包丁の刃を両側とも洗い、戻した。手を拭きながら次の指示を求めて母の方
を向く。
「純子ちゃんと信一とが、よ」
 手拭いを握りしめたまま、動きをなくした信一。
「僕は何もしてないのに。顔だって見えない……もしかして、横顔のやつ、使
ったの?」
「ううん。今のところ、最初の予定通りの構図で行くけれどね。それでもあな
たの堂々とした写りっぷりは好評よ。さすが我が息子」
 信一は眉間の下辺りに赤みを帯びた。手拭いを洗濯篭に放り、早口で言った。
「手伝うことがないなら、勉強してくるっ」
「あなたは自分のことを考えなさい」
 引き留めるでもなく、母はテーブルの上に視線を投げた。
「勉強の合間に目を通してみたら? どうなるかまだ分からないけれど」

           *           *

 テストのときは出席簿順に座る。故に、いつもは隣にいる相手とも離れ離れ
になるわけで、礼を述べるのにもちょっと苦労する。
「ありがとうね」
 教室の右端、最前列の席に行き、純子は相羽に話し掛けた。
「何かしたっけ?」
 帰り仕度を進める相羽は顔だけ向けて、手を止めずに反応した。
「朝、ポイント教えてくれたでしょ。あれがそのまま出たから助かっちゃった」
「なるほど、そういうこと……役に立ててよかった」
 相好を崩した相羽は、筆記用具の類を仕舞い終えた鞄を見つめ、それをおも
むろにぽんと叩いた。
「あと一日だね。僕にできることなら何でも手伝うよ。あ、それとも富井さん
達から伝わってるのかな」
 試験前に皆で集まってやる勉強会は今回も行われたが、純子はほとんど参加
できなかった。ドラマの撮影があったせいだ。
「うん。だいたいの点は聞いた。それでも一つだけ、ううん二つ、教えてほし
いとこが」
「OK」
 気安い返事とともに、学生鞄が再び開かれる。
 純子もまた自分の鞄の中から問題集とノートを取り出し、聞きたい箇所を開
けて、机半分ほどに置く。
 と、そこへ富井が。
「わーい、勉強熱心! 極秘情報、私にも教えてよぉ」
「そんなんじゃないよ」
 苦笑する相羽は純子へ目で問うた。
「最初はこれ。さっぱり分かんなくて、明日のテストで出されたらお手上げ」
「これは……口で説明すると長くなるか。ノート、ノート」
 自らのノートを取り出し、ぱらぱらめくってからとあるページで止まる。百
八十度向きを換えて、純子へと差し出した。
 純子だけでなく、富井も覗き込む。
「あ、これ、難しい。解き方分かっても、長くて覚えられないのよね」
 富井は当然、すでにノートに写しているようだ。
「出題されないことを祈るしかないわ」
「それで出されたら、あとですっごく悲しくなる」
 純子は笑みを交えながら警告し、とにかく相羽の解答例を写しにかかった。
「時間がもったいない。もう一つはどこ?」
「あ、そっか。えっと――ここ」
 二つ目の問題を示されると、相羽は別のノートの一枚を破り取った。
「……そんなことまでしなくてもいいのに」
 察しがついて思わず呆れ口調になる。相羽はしかし、早くも丁寧な字を書き
綴り始めていた。
「時間の節約。そっちを早く写して」
「うん」
 二人がペンを走らせるのに没頭すると、富井は退屈を感じたのか、急に喋り
出した。
「相羽君に勉強教えてもらったお礼、しよっかなあ」
「うん? 僕に? しなくていいよ。お互い様ってことで」
「そうはいかないよお。全然お互い様じゃない。純ちゃんだって、すまないと
思ってるでしょ?」
「……それは……まあ……」
 書き写しながらであるため、返事が途切れ途切れになる。
(これまでは私の方からも結構教えてきたつもりだけど、今度の試験は間違い
なくお世話になってるもん。きちんとお礼してもいいかな)
 とまあ、内心では律儀に賛同しているのだが。
「こっちは終わったよ。ほら、スピードアップ」
 相羽に発破をかけられ、書き写しに集中する純子。読み返すことを考えると
丁寧に書かねばならないので、意外に時間を取ってしまった。
 続いて相羽に解説してもらい、一通り理解できた。これならたとえ点数が悪
くても、あの問題を見ておけばよかった!なんて後悔を味わわずにすむだろう。
「ありがとう。いつかお返しするね」
 純子が相羽に言うのへ、富井も横合いから「私もお返しする」と言葉を挟む。
「だから、気を遣わなくてもお互い様だって言ってるのに」
 相羽は今度こそ筆記用具の類を学生鞄に仕舞い、席を立った。純子と富井も
教室を出て、自然と三人で下校する格好になった。
 今日のテストの出来や調理部の送別会のことでお喋りしながらグランドを横
切る。
 と、校門を出た瞬間、四人目が現れた。
「――相羽君、はい」
「うん?」
 声と一緒に差し出された包みを、思わず受け取った相羽。
「ああ、よかった! 受け取ってくれて」
 包みの反対側を掴んでいたのは白沼だった。彼女はプレゼントから手をぱっ
と離し、距離を置く。
「な、何だ?」
 相羽の面食らった様子が目の当たりにできるなんて、希有のことだ。白沼の
唐突な行動ともども、純子達はぽかんとさせられてしまった。
「プレゼントよ。何でもない日にプレゼントするのは自由よね。バレンタイン
に渡せなかった代わりの意味も込めてるんだけど。受け取ったのだから、大事
に使ってね。あ、それ、単なるプレゼントだから、お返ししようなんて思わな
くていいのよ。おかまいなく」
 テープレコーダーかビデオの早回しみたいな喋りに、誰も口を挟めなかった。
 言うだけ言うと、すっきりした顔付きになって白沼は走って行く。髪をなび
かせ、やがて見えなくなった。
 突然の竜巻にあったみたいに、取り残された三人は呆然とするのみ。
「……行こうか」
「う、うん」
 相羽は包みを仕方なさげに小脇に抱え、ゆっくり歩き出した。純子達もてく
てく着いていく。
(白沼さんたら凄いこと考えるわ……。これが白沼さんたる所以かもしれない
けれど。バレンタインのときに渡してもいいことないと思って、今までずっと
チャンスを待ってたみたい)
 頭の中で整理をつけてから、純子は富井、相羽の順で顔を見た。
「こういうやり方されると、何にも言えないよねぇ」
 耳打ちしてきた富井に、純子は静かに二度うなずいた。
「どうすっかなぁ、これ」
 持て余した口ぶりの相羽。プレゼントを包む紙が服にこすれて音を立てた。
「中身知らないけれど、もらったからには使わないと悪いんじゃない……?」
 探るように尋ねた純子。白沼が何を贈ったのか気になって、目を端っこに寄
せる。大きさから判断すれば衣類だが。
「そんなものかな」
「表現の仕方は色々あるけれど、きっとみんな、この上なく真剣なの。だから、
あなたもみんなへ真剣に返事してあげて。お願いよ」
「――うん」
 表情から困惑が消え、相羽はうなずくと真っ直ぐ前を見た。
 差し出がましかったかなと純子が思い返していると、富井がまた声を潜めて
口を耳に寄せてきた。
「びっくしりしたあ。純ちゃん、経験者みたいなこと言って」
「そんな。感じたままを言っただけだよ」
 純子もこっそり返答した。

『お母さん?』
 目隠ししたまま、ベッド上で上体を起こす。物音がした方へ顔を向けた。
『違う? 誰?』
『……それ、どうしたんだよ』
 香村の声が低く聞こえる。純子は声には出さずに、「え?」という驚きの表
情を形作った。
『目、どうかしたのか』
『だ、誰よっ、あなた』
『名前言ってもどうせ分からないぜ』
 近付いてくる気配。純子は掛け布団を握る手に力を込めた。
『嫌っ、来ないで』
 今度はどうだ?という気構えで望んだ台詞だったが……。
「――カット。はい、やり直し」
 無情にも一刀両断に切り捨てられた。
「今度は表情がねえ、演じようとするやる気は分かるが、そいつが演技の『恐
怖』を上回って……気負い過ぎと言いますか。よっし。十分間、休憩を入れよ
う。休んでる間、みんなで頭使って上手にしてやって」
 丁寧な口調で厳しいことを遠慮なしに言う監督は命令を下すと、サンバイザ
ーを目深に被った。
「あーあ、まただめか」
 香村が両腕を後頭部に持っていき、大儀そうに天を仰ぐ。

――つづく




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