AWC そばにいるだけで 33−7    寺嶋公香


        
#4777/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 2/27  17:32  (196)
そばにいるだけで 33−7    寺嶋公香
★内容
「え? い、いえ」
 違う、と続けようとした純子だが、はたと思い止まる。断ることに違いはな
いのだ。ただ、北村は相羽の存在を勘違いして受け取ったらしい。
(困る!)
 北村は片手を書架の柱に突いて、深いため息をした。
「気を遣わないで、はっきり言ってくれていいんだ。付き合ってる相手がいる
ならいると――」
「違います! 私、誰とも付き合ってません!」
 場所柄もわきまえず、大声を出してしまった。図書委員の経験豊富な者にし
ては、とんでもない失態である。
 しかし、現在はそれどころでないのも確か。
「それじゃあ、どう解釈したらいいのだろう?」
 北村は相羽へ一瞬だけ視線をくれ、棚から手を離すとまた純子を見つめてき
た。相羽の方は、突然展開される寸劇めいたやり取りに、本を小脇に抱えて少
しずつ後ずさりを始めていた。何がどうなっているのか、後ろ髪引かれるよう
ではあるが、やがて視界から消える。
 純子は顔を伏せると、思いあまってこう答えた。
「今は誰ともお付き合いする気、ありませんから!」
「……あ、そう」
 気が抜けたような返事の北村。粘るための拠り所を探すかのように、口を半
開きにして、舌で唇をしきりに嘗める。さっき右に持ち替えたばかりの平べっ
たい鞄をまた左に戻した。
 が、結局食い下がるきっかけを見つけられなかった。
「分かったよ。タイミングが悪かったと。縁がなかったと」
 まだどこか未練たらしい響きが糸を引いているが、徐々にさっぱりした表情
に変化していく北村。
「北村先輩、ごめんなさい……」
「はあ。気にしなくていいよ」
「……」
「そうだ、もしも一年後、同じ高校に来るようなことになっていれば、また考
えてみてくれないか」
 最後には、喧嘩で負けた小学生みたいな顔付きになっていた。
 純子はほとんど言葉を挟めないまま、向きを換えて歩き始めた先輩の背を見
つめる。それしかできなかった。余計な言葉を発すると、後々まで尾を引きそ
うな気がしたから。
 しばらくして、戸口のぴしゃりと閉じられる音に意識がはっとする。
(お、終わった? ふぅ……疲れた、凄く)
 事前の想像からは遥か彼方にかけ離れた展開だったが、結果オーライ、うま
く断れたらしい。
 と、安堵したそのとき、本棚が鳴った。
「一体何だったの?」
 戻って来た相羽の超然とした声に、純子は百八十度身体の向きを換えた。
「いたの? はは、き、気付かなかったわ」
「うん、隣の列に。あの三年生と約束してたんだね。邪魔だったかな」
「ううん。邪魔じゃない。助かったかも」
 純子の答に、相羽はまだ首を傾げる仕種を見せた。物問いたげに、今にも開
きそうにしている口。
 純子は深く尋ねられたくなくて、相羽の手を引っ張った。
「部活、行きましょ!」
 二、三歩つんのめるように進んだ相羽は、「ちょっと待って」と小さな声で
言った。
「この本のここ、メモしないと忘れてしまうから」

「英語と日本語がちゃんぽんだ」
 テーブルの上には、ハンカチみたいなチョコレートがあった。部分的にチョ
コレートケーキも使っており、表面にはクリームで細く書かれた「St.バレ
ンタインデー 相羽くんへ」の文字が踊る。
 これだけでも一人で食すには大きすぎるのに、巨大板チョコとは別に、一年
生を含めた女子部員一人一人が、一口サイズのチョコを作ったのだが。
「全部英語にしたら入りきらない危険性があったもので」
「それはいいとして……飢饉で苦しんでいる人に申し訳ないぐらい大きいな」
 満更冗談でもなさそうな口ぶりの相羽。今日ばかりは調理に参加せず(させ
てもらえず)、じっと待たされた。その挙げ句のチョコレート攻勢に笑顔もひ
きつり気味だ。
「こんなに大量に作るなんて、聞いてなかったぞ」
「言ってなかったもんね」
 部長の町田が得意そうに言って、手をはたいた。彼女が首謀者だ。
「一度に食べなくていいから。その代わり、ホワイトデーにはおいしい物を作
ってねー」
「お返ししないといけないの? 部活の一環じゃなかったっけ」
 試食を始めようとしていた相羽だが、手が止まる。
 まじめくさった表情で受け答えする町田の周り、純子達他の部員はくすくす
笑った。
「部活でも何でも、バレンタインの贈り物には変わりないでしょうが」
「……町田さんて、結構ひどいと思う……」
 相羽はその台詞をはっきりとは言わず、チョコレートのかけらとともに飲み
込んだ。
「ま、頑張って」
 町田がやっと笑った。今まで我慢を重ねていたのか、声を殺して、お腹を抱
えている。
(何を頑張れって言ったんだろ? 頑張ってチョコ全部食べなさいねってこと
かな)
 微笑ましく感じる頭の片隅で、純子はそんなことを疑問に思ってもいた。だ
が、考え込むほどではない。相羽へリクエストをする。
「ホワイトデーに相羽君のクッキー、久しぶりに食べたいな」
「はい?」
 今度は一口サイズの方を口腔へ放り込もうとしていた相羽だったが、手元が
狂って頬に当たった。テーブルに落ちるチョコを慌てて掴む。
「お返し、そんな物でもいいんだ?」
 という相羽の言葉をかき消す勢いで、一年生から質問が飛ぶ。
「相羽先輩のクッキー、って何ですか?」
「見たことないですけど」
 純子達が二年生になってからの部活動のメニューに、クッキーはない。それ
故、一年生部員は相羽の手による母親直伝のクッキーを知らない。
「おいしいんだからあ」
 富井が頬を緩め、我がことのように嬉しそうに説明を始めた。井口も追随す
るが、相羽のマンションでの初めてクッキー作りの際に居合わせなかった差か、
出遅れている感が垣間見られた。
 そんな騒ぎをよそに、町田が顎先に指を当て、思い出す風に言った。
「そうだね。私もあの味、好きだな。よし、クッキーで決まり。一ヶ月後、全
員分を張り切って作ってくださいな」
「ほーい。でも困ったことに、三月十四日は期末試験最終日なんだな。終わっ
たばかりでクッキー作るのはちょっとつらい」
 意外と楽しそうな表情で答える相羽。
「あ、そっか。そんじゃあ、もう少しあとで充分よ」
 ひとしきり笑いが起こった。
 やがて試食が一通り終わるや、相羽は富井から感想を問われた。「元の材料
が同じだから、みんな同じ味に思えた」との答に、隠し味に気持ちを込めたの
に成果なかったのかなあなんて声が上がる。
「他の子からもらったのと比べたら、どうかしらね?」
 町田がほくそ笑みながら言った。
「どうせ今年もたくさんもらったんでしょうが」
「いやだなあ、町田さん。断ったんだけどな」
 相羽の返答に、すでに知っている純子と富井を除いた全員がざわつく。突風
に煽られたすすきの原みたいに。
「靴入れや机なんかに置いて行かれる分は仕方ないとして、手渡しは断ってみ
ました。本気じゃない物は結局押し付けられて受け取ってしまったんだけど」
「ふーん……その、仕方なく受け取った分はどうするつもり? 突き返された
って、相手の子達は簡単には引き下がらないわよね、きっと」
「手紙を書こうかな」
 さっぱりした顔付きの相羽は、突然立ち上がった。
「調子に乗って喋りすぎた。チョコ、ありがとう」
 帰り支度をてきぱきと始める。残ったチョコレートを大事そうに仕舞った。

           *           *

 バレンタインから三日が過ぎていた。
「せっせとお断りの返事してたみたいね」
 掃除当番の相羽はごみを捨てた帰り、町田に呼び止められた。町田もごみ捨
ての帰りらしく、空のくずかごを小脇に抱えている。
「見てたの? 物好きだなあ」
 照れも含めて笑い出す相羽。
「そりゃもう気になるってもんよ。バレンタインにみんなからのチョコレート、
受け取らないことにしたそのわけは?」
「……変な優しさは捨てようと思ったんだ。間違ってるかな」
「さあどうかしらねえ? あなたの判断に異議を唱えるつもりはなくてよ。た
ださあ……私が口出しすることじゃないと思って傍観者を決め込んでたけれど
も、やっぱりよくない気がしたから。だから言わせてもらうわよ」
「うん。何?」
 相羽は横を向くと、くずかごを地面に置いた。長くなりそうな予感がしたし、
持ったままだと格好悪い。
 町田は相羽に倣ってくずかごを置くと、表情を引き締めた。
「純を好きなら、さっさと告白しちゃいなさいよ」
 彼女の剣幕は表面上、冷めているように見えた。しかしくすぶっているもの
があることは、ぴくぴくとかすかな動きをやめない口元から明らかだ。
 態度を即座に示すのは無理であるため、静かに問い返す相羽。
「……敢えて聞くよ。どうして町田さんが気にするのさ?」
「はっきり言って、見ちゃいられないから。相羽君のことじゃなくて、大勢の
女子のことがよ。脈ありと感じて、みんなほのかにでも希望を持ち続けている。
あなたの目には本命以外映っていないとも知らずにね」
 腕組みを解くと、町田は相羽の鼻先を一瞬だけ指差した。
「お言葉を返すと、僕は誰からも告白されたことはない」
 ちょっと嘘を折り込んだ。正確には、中学生になってからはという注釈が必
要である。
 案の定、町田は不審げに、眉間にしわを寄せた。
「はっきりしないのは女子大勢も同じだって言いたいわけね。ともかく、その
他大勢からのチョコを断ったのはいい機会だと思うのよ」
「どうかな」
「そう言えば純からバレンタインチョコ、義理でもいいから個人的にもらった
ことあるの?」
「ない。あのさ、話がどんどんずれてる」
「それじゃあ、手っ取り早く終わらせるために、はっきりさせてくださいな。
問題を解決するには、あなたが純に気持ちを伝えればいい。成功失敗に関わら
ず、あなたを追っかけてる女子にはいいことになる」
「は。簡単に言ってくれるね」
「実際、簡単じゃないの」
「だったら今までこんなに苦労してないよ」
 曖昧な笑みを作ってみせた相羽。
(町田さんに言われなくても気付いていたことなんだ。先延ばしにしてきたけ
れど、もう区切りをつけなければならないって)
 今度こそ打ち明けよう――相羽は二月十四日を前にして決心を固めていた。
バレンタインデーに男から女に告白するなんて普通じゃないけれど、それでも
かまわないと思った。純子がタレント活動を続ける限りつながりは切れないだ
ろうが、同じ高校に行けるかどうか分からない。そうなると今が一番いい。考
えに考えて出した結論だった。
 しかし……十四日の放課後、図書室であの場面に遭遇した。偶然にも。
(『今は誰ともお付き合いする気、ありません』か。あれには参ったよな)
 あの一言で、気負ってさえいた自分の心に急ブレーキが掛かった。
「今できる精一杯のことはしてるつもりなんだ、これでも」
「分かんないわねえ。まあ、この間のバレンタインは、本当に感心したと言う
か、安心した。あの調子で、けりをつけてよ。でないと、純、どんどん遠くな
っちゃうかも。何たってモデルだし、注目されてもおかしくない」
「関係ない。涼原さん自身の気持ちの問題だ」
 純子が注目されている現実をとうの昔に知っている相羽に、不安が全くない
と言えば嘘になる。
「そんな風に思ってたら、手遅れになるわよ。鈍いあの子でも、いい加減、自
分はもてるんだと気付いてもいい頃よね。まあ、よりどりみどりになったから
って、あの子は変わらないだろうけどさ。相羽君も油断しちゃだめよ」
 徐々に早口になって捲し立てた町田は、唐突な動作でくずかごを拾い上げる
と、駆け出した。
「それじゃあね」

           *           *


――つづく




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