AWC そばにいるだけで 33−6    寺嶋公香


        
#4776/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 2/27  17:31  (195)
そばにいるだけで 33−6    寺嶋公香
★内容

「どうしたの?」
 小菅家からの帰途、難しい顔をして一人会話から外れていた相羽に、純子と
富井が同時に尋ねた。
「うん? 何?」
「相羽君、さっきからこーんな顔して」
 指で自分の眉を両端から押さえ、眉間にしわを作る富井。純子は吹き出しそ
うになるのを、視線を空へと逸らすことでどうにかこらえた。
「黙り込んじゃってるから、何かあったのかなと思ってぇ」
「何でもないよ」
 言って、歩みを心持ち早めた相羽。
(変なの。何か隠してる)
 すぐさまぴんと来た純子は短い逡巡のあと、思い切って追及を決めた。同じ
ように足を早めて相羽の肩に触れる。
「嘘。考えていたこと、全部話して」
「言うよ。でも……ほんの思い付きだから、真に受けないでほしいんだ」
 純子と富井は気軽に承知した。
「ひょっとしたら、小菅先生の病気って、風邪じゃないかもしれない」
「はあ?」
 予想していなかっただけに、頓狂な声で応じてしまう純子。富井の方は目を
ぱちくりさせてから、「そんなはずないよぉ」と反論してきた。
「だって先生のお母さんが言ったもん。まさか嘘であるはずないってば」
「先生のお母さんは、風邪をこじらせたようなものだと仰ってた」
 相羽は二人の記憶を確かめるように見つめてきた。
「そうだった?」
「ええ、多分。だけど相羽君、これがどうだって言うの?」
 富井、純子の順で言った。
「『ようなもの』って何なんだろう? 本当に風邪なら、風邪だと言い切って
くれてよさそうなものなのに」
「言われてみれば……」
「それにさ、大したことないとも仰ってたのに、会わせてくれないのもおかし
い気がしない?」
「うん、それは私も思った」
 同意しつつ、改めての指摘を受けて悪い想像が急速に膨らむ。
「もちろん全ては僕の勝手な憶測。追及なんてできないし、こんなこと噂にも
しちゃいけない。だから」
「ええ、任せといて。他言無用ね」
 純子と富井はしっかりうなずいた。

 問題の日の朝。目覚めはよくなかった。
(北村先輩への返事、どんな風にすればいい?)
 正直なところ、忙しさにかまけてほとんど忘れていた。何とかしなくちゃと
頭の片隅で悩みつつも、後回しに後回しにしてきた結果、体のいい文言を考え
付くことなくバレンタイン当日を迎えてしまった。
 結論は決まっているのだ。あとは表し方の問題。
(言葉が見つからない)
 国語の授業前ともなると、辞書へ手が伸びる。ページをでたらめにめくって
微風を起こす。何度も何度も。
「純ちゃーん、何してんの?」
 休み時間になっても辞書をぱらぱらやっていた純子に、富井が声を掛けた。
「あ、ううん、何でもない」
 瞬間、手を机の下に引っ込め、照れ笑いを浮かべる。北村から告白され、返
事を求められていることは誰にも話していない。
「そお? 何か考えごとしてるみたいに見えた」
「何でもないって。そうそう、今日の部活動、楽しみだよね!」
 純子は強引に話題を換えた。
 隣の席の相羽は日番で、只今、社会科準備室へ地図を取りに行っている。
「相羽君へのチョコレート、うまくできるといいね。個人的にあげるって言っ
てたのはどうするつもりなの、郁江?」
「考えたんだけどぉ、久仁ちゃんと話して、やっぱりやめることにした。部活
で共同と言えども、私の作ったチョコをあげるのには変わりないんだから」
「そうなんだ? でもさ、調理部に関係ない人は独自に動いてるけど、心配じ
ゃない? 白沼さんなんか特に張り切ってたし」
 自分の悩みを一時でも忘れようと、歯を覗かせながら純子は話を振った。
 富井は周囲に目を走らせ、声を低めた。鈴虫が物音に鳴き声を潜めるかのよ
うに。
「――あんまり言わないでよぉ。確かに気になってるんだからあ」
 心持ち、全身をむずむずさせる様子の富井。
 白沼は学生鞄の他に、補助用のスポーツバッグを体育があるわけでもないの
に持って来ている。ジッパーの開いた部分から、何かの角っこが一センチほど
覗いている。相当に大きな長方形の箱が入っているらしい。
「私達もあれぐらい大きいのを作ろうか?」
「うん。手渡しなら、私達もするんだもんね。しかも手作り」
 純子の提案に気を取り直し、ガッツポーズを作る富井だった。
(いいよね、元気いっぱいで、すぐに立ち直れて。引き替え、自分は……どう
しようかなあ、本当に。放課後が来ないでほしい)
 心に差し込んだ陽の光はごくささやかだった。またどんよりと雲が広がり、
気分が重たくなってくる。
「部活、遅れて行くかもしれない」
「え、何で」
「用事があるの。ちょっと図書室に」
 純子が告げたところで休み時間はタイムアップとなった。

 食事も終わった昼休み、二年十組はにぎやかになった。無論、他のクラスも
にぎやかではあるが、二年十組はそれらに倍する勢いがある。
 相羽と唐沢がいるからだ。
「押さないで。みんなの全部受け取るから、焦らなくていいよ」
 教室の椅子にでんと座って、群がる女生徒を朗らかに迎えるは唐沢。机の上
には見る見るうちにチョコレートのタワーが伸びていった。一階は赤、二階は
オレンジ、三階は青で四階はまた赤……という風に色とりどりのラッピングを
施された箱が積み重なっていく。早くも三本目が建ちそうだ。
「ああいう奴がいるから、こっちに回ってこないんだよな」
「そうそう。そう思うことにしよう」
 呆れつつも妬みを交えて大勢の男子達がこしょこしょ話すのを横に、唐沢の
目尻は下がり放しだ。
「うちのクラスにはもう一人いるもんな。なおさら不利だ」
 その他大勢の一人、勝馬の目が廊下にいる相羽を捉える。
 相羽の動向は富井や純子も少なからず気に掛けている。調理部で渡す分があ
るから今の時点では動かないが。
「……ねえ、郁江」
「ん? 何、純ちゃん?」
 純子の呼ぶ声に、富井は廊下から目を離さずに応じた。
「さっきから見てると、ほとんど受け取ってないみたいよ、相羽君」
「そうかなあ。たまに受け取ってるみたいだけど」
 受け取ったときばかりに注意が向くのか、富井の印象は純子とかなり違うよ
うだ。
(あれは多分、渡す方が本気じゃない場合だと思う。義理チョコとか、受け取
ってくれるだけでいいとか言って)
 相羽がチョコを受け取った相手の様子を見るにつけ、そんな推測をする純子。
根拠が何もないので口にはしないが、確信めいたものもあった。敢えて言うな
ら、たいていは複数名なのである。放課後、調理部全体で渡そうとするのと同
じ乗りに感じられた。
(それに、白沼さんがタイミングを計っているようなのも気になるのよね)
 白沼は相羽へチョコレートを渡さずにいる。手提げ鞄の布地をとんがらせて
いる箱に、まだ取り出される気配はなし。持ち主の表情は、どことなく暗い。
戦況のまずさに苦虫を噛み潰す軍師のようだ。
(もしかすると、相羽君が他の子からのチョコを断るのを見て、おいそれと渡
せないと感じているのかも)
 バレンタインや誕生日、クリスマスと言ったイベントがある毎に積極的に振
る舞う白沼が、今日に限って大人しいことを説明するには、これしかないよう
だ。
「調理部一同の分は受け取ってくれるのかしら」
 ふと、思った。

 三年生の受験シーズンも山場を越えた頃で、図書室も利用者はそんなに多く
はなかった。歯抜けの櫛みたく、空席の方が目立つ。
(北村さん、先に来てるかも……)
 静かに戸を引き、足音を忍ばせて中に入る。
 入ってすぐの地点で右を向くと、待ち合わせ場所に決めた宗教関係の書籍が
収められた一角が見通せる。そこに北村の姿はない。
 念のため、受付カウンター近くから室内をぐるっと見渡すが、やはり北村は
まだのようだ。
 純子は胸に抱えていた鞄を片手に持ち替えた。
 用事があるなら付き合うよぉと言う富井を思い止まらせるのにいらぬ精神力
を使ってしまって、今の純子に余裕はない。北村が現れるまで、回復に当てよ
う。ひと気のない宗教関係コーナー前に行き、何をするでもなしにたたずむ。
(『よく考えたんですけれど、お断りさせてください』って最初に言って、理
由を尋ねられたら……趣味が合わないとか、年上の人だと緊張してしまうとか。
試しに付き合ってみてくれ、なんて言われたときは……『春から学校が別々に
なってしまうから』、これは言わない方がいいかしら)
 シミュレーションではスムーズに終わるはずと目算が立つ。しかし、実際の
ことを思うと、また憂鬱さがぶり返してきた。
(ああ、早く済ませたいっ。今なら知り合いもいないみたいだから、聞かれる
心配ないし――あれ?)
 真横を向くと、通路の先には図書室の出入口が望める。ちょうど入って来た
のが相羽だと分かり、純子は心に冷や汗をかいた。
(調理部はどうしたのよ? もう始まってるはずなのに、さぼりかしら? え、
あ、こっちに来る!)
 うつむきがちな相羽が、足取りも軽く歩を進めてくる。
 隠れようとしたが遅かった。本棚に張り付くようなポーズしか取れない。
「――どうしたの?」
 目を起こし、純子に気付いた相羽は微苦笑を浮かべている。純子の格好がよ
ほどおかしいらしい。
「と、通りやすいように退いてあげたのよ」
「サンクス。ところで部活は?」
「用事があって遅れて行くのっ。そっちこそ」
「調べ物があってさ。終わればすぐ。――おっと、君の背中の後ろにあるみた
いなんだけどな」
 書架の上の段から順に視線を走らせていた相羽は、純子の真後ろ辺りへ焦点
を合わせる。
 鞄を抱きしめたまま身体を左側へスライドさせる純子。制服の後ろ襟やスカ
ートのひだの擦れる感触が、かすかに伝わってくる。
「相羽君て、宗教にも関心あるの?」
「あ? ううん、少し違う。関屋先生と話してて、宗教音楽の話題が出たんだ
よね。はっきりしない点が出て来てさ、確かめたくなったわけ」
「ああ」
 疑問は氷解したものの、純子の内に芽生えた焦りは消えない。
(北村さんとここで会う約束してるのよ! どうしよう? 追っ払えたとした
って、絶対に見られちゃう)
 純子の脳が懸命に回転しているのを知るはずもなく、相羽は目的の本へ指を
かけた。利用者が滅多にないせいか、きちきちに並んでいて出しにくそうだ。
 二度目で引っぱり出せた相羽は、その場で本を開き、目次に一旦目を通して
からページをめくっていく。
「す、座って読んだら? 重たいでしょ」
「それほどでも」
「ここ、あんまり暖房効いてないわよね。向こうに行った方が」
「……君は寒くないの?」
 遠ざけようとする純子の言葉を訝しく感じたか、相羽は本から顔を上げた。
 純子は自分が何を言ったのか混乱したまま、とにかく首を横に何度も振る。
(どうしよう、どうしよう……。ここじゃまずいんだから、違う場所に。入口
で北村さんを掴まえて、他へ移るのがいいかも)
 思い立って行動を起こそうとした刹那、ドアがレールの上を滑る音。目を向
けると、北村が立っていた。表情がいくらか固いようだが、その他は普段と変
わりない。
 彼はカウンターを一瞥してから、おもむろに純子達のいる方へ歩き出した。
「あ、あ、相羽君、あ、あのね。これから用事あるから、少しの間、どこかへ
行ってくれない?」
 切羽詰まって、直接的な表現になる。ほら、北村も相羽の存在に気付いて、
変な顔してる。
「ここじゃなきゃいけないの、その用事って?」
「そういうわけじゃないけれど、約束したのがここだから」
 純子の早口が最後まで台詞を言い切る前に、北村がすぐ近くに立った。
「なるほど、これが答かい?」

――つづく




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