AWC そばにいるだけで 31−9    寺嶋公香


        
#4745/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/12/30  10:26  (183)
そばにいるだけで 31−9    寺嶋公香
★内容
 二人の間の距離を元通りにし、純子は小首を傾げながら言った。
「でも、本当にだいぶ不格好なんです、これ」
 手の中の手袋の内、片方をつまみ上げた椎名。垂れ下がった手袋の五指は、
バランスがどことなくおかしい。人差し指が長すぎるのか、他の指が短いのか。
それに、親指辺りは表面がもこもこと上下していて、装着しづらいかもしれな
い。
「色も、何度も編み直したせいかなあ、買ってきた最初と違って、変な感じに
なってる。ここ、もう少し明るい黄色だったんですよ」
 黄色いダイヤモンド形を、指でぴんと弾く。ぶら下がった手袋がくるっと半
回転し、また戻った。
「そんなの、全然気にならない。大事に使わせてもらうから」
「うわーぃ、感激! 受け取ってくださって、ありがとうです! 来年こそセ
ーター贈りますね。それに、マフラーとちゃんとした手袋も付けたいなっ」
「一年経つ時分には、恵ちゃん、それどころじゃなくなるんじゃないかな」
 謎かけのような台詞に、椎名は「え?」と口を丸くした。
「だって、そうでしょ。その頃にはいい加減、素敵な彼氏の一人ぐらい、見つ
けていると思うわよ」
「そんなの、ないないっ! ……って、笑い飛ばしたいんですけど」
「ん?」
 笑みの度合いが弱まり、純子は真面目な顔付きになった。
「どうかしたの? てっきり、古羽相一郎命!なんて言い出すんだとばかり」
「ええ。その気持ちは変わってません。ただ……この間」
「うん」
「もらってしまったんですよぉ、男子からラブレターみたいな物を」
「……おめでとうと言っていい?」
 そろりそろりと探るような調子で言った純子。
 椎名は真顔で首を左右に振る。
「私が男苦手なの知ってるじゃないですか。しかも同じクラスなんですよ。最
低限、年上じゃないとだめです!」
「で、でも、たとえば一つ上の相羽君ならよくて、同い年がだめだという、そ
の差は何?」
「……強いて言えば、大人っぽさ、頼り甲斐があるかないか」
「同い年でも頼れる人を見つけるっていうのは、考えてないのかな?」
「……」
 理詰めで来られて、椎名は口ごもった。
「涼原さんの意地悪。私は本心では、古羽相一郎――」
「はいはい、もう言わない。けれど、もう少し教えて。手紙をくれた男の子は
何て言ってきたの?」
「私を初めて見たときからどうのこうの、うじうじ、だらだらと書いてあって、
クリスマスに一緒に映画でも観に行きませんか、だって」
「ふうん。随分、土壇場になってのお誘いなんだ? どうするつもり?」
「決まってます、断る。相手は委員長なんですよー。すっごく真面目でちょっ
ぴり暗い感じの子で、ラブレターなんか書くタイプには見えなかった」
「勇気を出したのかもしれないわよ。恵ちゃんのことを想って、想って、黙っ
ていられなくなって」
 純子の話に椎名は珍しくも黙した。
「そのことを汲んであげて、ちょっとだけでも付き合ってみても、罰は当たら
ないと思うんだけどな」
「……涼原さんが私の立場だったら、そうしますか? 好きでもない相手から
言われて」
「うーん」
 呆気なく言葉に詰まってしまい、うつむいたり空を見上げたりする純子。
 でも、やがて答えた。
「相手がね、いきなり本気の付き合いを望んできたら、きっと断っちゃう。友
達みたいな関係から段々に……という形だったら、まだ考えるかな」
「それってずるいような、うまいような」
「もちろん、こちらも好きな相手からなら、本気の付き合いだってかまわない
んだけど。あはは、これってやっぱりずるいか。偉そうに言ってごめんね。私
も全くの経験不足で」
「全然かまいません。けど、一つ、質問ができたから答えてください。もし涼
原さんが男だったとしたら、私みたいな子をどう思いますか、てね」
 後ろ手に組み、心持ち顔を寄せる椎名。
 純子は間断なく、笑顔で返答した。
「経験不足と言ったでしょうに。男の子の気持ちが分からないから、その質問
はパス!」
「そんなあ。……じゃ、変えます。私が本気の告白したら、涼原さんは付き合
ってくれますか」
「本気って……これまでみたいに、たまに遊びに行く他にどういう……」
「何をおいても、私のことを優先してほしいっていう意味です」
「それは……ごめんなさい、恵ちゃん。できない」
 途切れがちな口ぶりで、苦しそうに答えた純子。
「家族の他に、そういう感情を抱ける対象はきっと恋人だけよね。私は同じ女
子を恋人として考えられない。恵ちゃんのことは、仲のいい友達だと思ってる」
「――ですよね」
 予想していたから、冷静に言葉を返せた。計算と違っていたのは、今日、聞
くつもりの質問ではなかったということ。
「私も涼原さんのこと、大好きな先輩だと思っています。恋人は……気分的な
恋人は古羽相一郎なのか、涼原さんなのか、自分でも分からなくなってました
けど。あぁ、言ってもらってよかったっと。ちょっぴり、すっきりした」
「恵ちゃん」
「これまで通り、よろしくお願いしますね。ときどき、古羽相一郎になってく
れたら満足ですから。私のこと、嫌いにならないでくださいね?」
「嫌いになんてなるはずないでしょ。急な話だったから、びっくりしただけ」
 純子の語調は、ほんのわずか怒っているような響きがあった。
 椎名は表情を明るくして、いつもの騒々しさを取り戻す。
「よかった。あ、それと私、少し考えてみます、ラブレターのこと」
「無理してない?」
 心配げな純子を前にして、椎名は最高の笑顔を一生懸命に作った。手袋より
は、ずっと出来が上だ。
 そして元気を溜めてから、声を大にして言った。
「全然。涼原さんより経験豊富になってやるから! なんちゃって」

           *           *

 昼前のデパートは、よそ見して歩けないほどに混み合っていた。
 用もないのにトイレに寄って、わざと遅れた。ディスクのジャケットを目に
した途端に動揺して、友達に変だと思われるかもしれない、そんな心配から。
 六階のレコードショップを目前にし、純子は胸元に右手を当てた。カーディ
ガンに包まれた肩が、深呼吸とともに小さく上下する。
 これまで何度となく味わってきた緊張感と比べても、どきどきの度合いは格
段に上だった。
 建物内は暖房が強いのか、もしくは純子の緊張のためかもしれないが、暑く
感じられた。今、純子の左腕には、愛用のダッフルコートが掛かっている。
(クリスマスプレゼントを買うついでのはずが、こっちの方がメインの気分に
なってきた)
 唾を飲み込もうとして、逆に、口の中が乾いていることに気付く。たちまち
喉のいがらっぽさを意識して、咳をすること三回。
 どうにか落ち着けたかなと思う間もなく、富井に見つかった。
「何してるのー、純ちゃん。こっち。早く早く!」
「急かさなくても、ディスクは逃げやしないわよ」
 富井の隣で町田がぼそりとつぶやくのが分かった。
 純子は多少リラックスできて、短い距離を小走り。みんなの顔を見てから、
横目で斜め下をちらりと探る。
 青枠の中抜き文字で『そして星に舞い降りる』と意匠を凝らしたタイトルに、
澄ました顔でポーズを取る「久住淳」の写真があった。片目を閉じ、両手を胸
の前でクロスさせ、静かにたたずんでいる姿。構図を決めた人の言によれば、
目覚めの瞬間を表しているそうだ。
(……わあ)
 同じ物を先にもらっているとは言え、店先に並んでいるのは目の当たりにす
るのは、感激の度合いが段違いだった。
 照れや恥ずかしさに、嬉しさと不安感とわずかの誇らしさ、それにレコーデ
ィング中の思い出を加えた情動が広がっていく。何でもいいから叫び出したい、
そんな気持ちまで内では湧き起こったけれど、じっと我慢した。
「視聴してみたんだ。凄くいい感じよ」
 恐くて聞けそうになかったことを、井口が先に、あっさりと言ってくれた。
「きれいな声で細いんだけど、意外と力強い。中性的って言うか」
「ふ、ふーん」
 純子の耳に相手の話は届いていても、その半分ぐらいしか内容を理解できな
いでいた。詳しい感想を聞きたいのは無論だが、それ以上に他の二人の反応も
気になってたまらない。
 純子は重たい物を運ぶかのように、両目を、身体を、富井と町田へと向けた。
「あの、ふ二人は、どどう思った?」
 どもる。舌がしびれたみたいにうまく回らないのには慌てたが、幸い、富井
達は気に留めなかったようだ。そのまま返事をよこしてくる。
「格好いいよお! 最高! ――あ」
 はしゃぐ富井を押し退ける風にして、高校生ほどの少女二人が店先に立つ。
彼女らは同時に『そして星に舞い降りる』に手を伸ばした。
「ほら、凄い人気だよ」
 迷惑にならないよう陳列棚から少し離れて、富井は改めて力説した。
 純子はどう反応していいのやら分からず、歪みのある笑みを浮かべつつ、最
後に町田に話を向けた。
「芙美の意見は……」
「ううーん。何て言えばいいのか難しい……そうね、耳から全身に染み込んで
いって、それが元気の素になるって感じかな」
「要するに、いい曲だと思った……?」
 恐る恐る尋ねる純子。
「鷲宇憲親だから曲がいいのは言うまでもないでしょ。歌声が凄い、と言って
いるんですよ、私ゃ」
 町田は「お分かり?」という具合に、純子の鼻の頭を指差した。あまりに間
近だったため、先端恐怖症でなくとものけぞる。
 町田はヘッドフォンを被る仕種をしてみせた。
「他人の感想を参考にする前に、自分で聴きなさいな」
「え、私は、いい。みんなの話だけで、充分によさが伝わってきたから」
 強張った笑いがばれないよう、顔を背けて陳列棚へ向かう純子。
「それじゃ、純ちゃんが買う?」
 富井の問い掛けを聞き流しそうになった純子だが、ふと耳に残った点が一つ。
「『が』? 『も』じゃないの?」
 つまるところ、「私一人に買わせる気?」と聞きたいのだ。
 果たして富井は井口と顔を見合わせ、舌をぺろりと覗かせた。
「えへへ。だってぇ、純ちゃんが買ってくれたら、ダビ――」
「何でそうなるのよー? この間までは二人とも、自分で買うみたいな口ぶり
だったじゃないの」
 純子が詰め寄ると、今度は井口が答えた。
「クリスマス会用のプレゼントのことを考えると、お小遣い、厳しい」
「純ちゃんはいいよね。自分で稼げるんだもん。私達なんか、アルバイトした
くてもできない」
「あのね、私だってそんなに余裕ないよ」
 頭を抱えたくなった。
(だいたい、このディスクなら家にたくさんあるんだけどな。鷲宇さんにサイ
ン入れてもらったのも五枚あるし。ここで一枚買ったら、全くの無駄遣いにな
っちゃうじゃないの)
 沈思黙考がしばらく続く。
 間の長さを皆から奇妙に思われる寸前に、妙案がやって来た。
「少しだけ……そうね、クリスマス会まで待ってくれる? そうしたらみんな
に渡すことができる」
「みんなにって、三枚も買う気? そりゃあまた大盤振舞ねっ。いくら何でも
大丈夫?」
 町田の顔には不可解と書いてあるかのようだ。
 純子は即座に首を左右に振った。
「ううん。ちょっとね、当てがあるんだ。ふふ、楽しみにしてて」


−−つづく




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