AWC そばにいるだけで 31−8    寺嶋公香


        
#4744/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/12/30  10:24  (200)
そばにいるだけで 31−8    寺嶋公香
★内容
(本命の人との仲は、ちっとも進んでないのね。私達にとっては幸い……なん
て言ったら、相羽君に悪いかしら)
 純子は勝手に想像し、一人でくすくす笑った。他のみんなは話に夢中である。
「転校を繰り返していたせい、ということにしといて。流浪の民だと、なかな
か親しくなれなくて」
 相羽の答に、富井と井口はほっとした風に互いの手を合わせた。
 そこへ、町田が意地悪な質問。
「こっちに来てから三年も経つんですけれどー?」
「三年も、じゃなく、まだ三年」
 相羽はきっぱり言って、話題を打ち切った。
 ただ、この返事が、富井と井口にさらなる希望を見せてしまったことまでは、
気が回らなかっただろう。
 町田は純子の方を一瞥してから、小さく息を吐き、おもむろに手帳を開いた。
「さあて。とりあえず、調理部のクリスマス会ってことでいいんだね? 相羽
君、場所の方はどう?」
「五人でなら、多分、問題ない。でも、本当にいいのかい?」
「それはもちろん!」
 ここぞとばかりに肯定したのは、純子。相羽本人には内緒にしているが、今
度の計画を友達に持ちかけた当人として、場所だけは是が非でも。
「ほぼ決まりのようね」
 町田は手帳のスケジュール欄に、さらさらと鉛筆を走らせた。
「ほれほれ。みんなも書いた書いた」
 その他、会の大まかなところがまとまったあと、相羽は先に帰り、女子だけ
になると話し合いは単なるお喋りと化した。
「URSの新曲、まだ?」
「ああ、あれ。もうじき試験じゃない。ダビングしている暇がなかなかねえ。
今しばらくお待ちを」
「いいよ。クリスマスの頃までには大丈夫でしょう?」
「もち」
「そう言えばクリスマスじゃないけど、終業式の日に、鷲宇憲親のプロデュー
スで新人が出るんだよね」
 井口から唐突にそんな話を持ち出され、純子は一瞬だけ固まった。人差し指
を立てた右手を浮かせ、口を開こうとしたまま一時停止。
 その間にも会話は進む。井口の示した話題に、富井と町田が飛び付いた。
「そうそう、それがあったっけ。楽しみだよねー、あの鷲宇憲親の久しぶりの
新曲と言っていいもん。本人が唄うんじゃないのが残念だけれど」
「にしてもだ、どうして新人なんかに。昔少しやって、飽き飽きしたとかって
いうコメントを、『WNM』か何かで読んだんだけどなあ」
「昔のは新人じゃなかったわよ。歌の下手っぴなアイドル相手」
「今度のはどっか違う?」
「ハートのCM、知ってるよね? ほら、缶飲料の」
「あー、はいはい」
「あれに出てる男の子なんだって。結構いい線だと思うなあ」
 富井は両手を絡めるように組み合わせ、斜め上に視線を向けた。
 一方、鼻で笑うは町田。肩を奮わせてもいる。
「ルックスなんて参考になるもんですか。声よ、声。実力第一主義!」
「あの人は、絶対に声もいいってば」
「そうよ。雑誌に載ってたわ。鷲宇憲親が惚れ込んだって。自信があるから、
発売日まで映像も音楽も一切流さない、普通とは逆の特別な売り込みをかけた
と」
 井口の言ったこの話、純子は知らなかった。顔に朱が走る。
(惚れ込んだ? 全然違うわ。鍛えられて、やっと聴いてもらったんだからっ)
 心中で抗議してみたものの、実際に声に出すことは無論、できない。
「見た目で声の善し悪しが分かるかいっ! 何度言わせるんだ、全く。ま、実
力があるかないかは、発売されたらすぐはっきりするわ。ねえ、純もそう思う
でしょ?」
「あ。え、えーと。うん」
「何か上の空だね。興味ない? でも、おかしいな。鷲宇のファンだと言って
なかったっけ。好みが変化して、香村綸一本に絞った? ドラマ終わったのに」
 町田が怪訝がる視線を向けてきた。
「ううん、そんなことないよ」
「じゃ、鷲宇憲親が無名の新人に肩入れするのが、気に入らないわけだ」
 分かったとばかり、大きくかぶりを振ったのは井口。町田と富井も、なるほ
どと手を打った。
「確かにねえ、特別扱いされる人ってのは、反感買いやすいわな。いくら見た
目がよくたって、中身が分からない内はなおさら」
「そ、そういうのでもないんだけど……」
「デビューしてから決めたらいいよぉ」
 否定する純子の台詞を隠す勢いで、富井が忠告。
「イメージだけで決めつけちゃうと、もったいなーい。カムリンとどっちがど
っちってぐらい、いい感じなんだから」
 聞けば聞くほど、くすぐったい気がしてきて、むずむずと居心地悪くなる。
純子は早々に認めることにした。
「はあ……そうするわ」
 対する富井の反応は、純子にとって意表を突くものだった。
「それなら発売日、買いに行こうね!」

           *           *

 少年は腕組みを解くと、手近にあった雑誌を取り上げ、ぱらぱらとめくり始
めた。
「おおい、聞いてくれてるかい?」
 ソファに深々と収まる少年の正面で仁王立ちして両腕を広げたのは、色の薄
いサングラスをかけた男。長髪のせいもあって、ちょっと見には年齢が掴めな
い。本当に若いのか、若作りの中年なのか。
 ポスターやスケジュール表などで壁を埋め尽くされた部屋に今いるのは、少
年と男の二人だけであった。他には角で鉢植えの大きな観葉植物が、存在感を
それとなくアピールしている。
「聞いてるよ」
 ぶっきらぼうに返事した少年。退屈そうなあくびをかみ殺すが、このあくび
自体、わざとらしさがあった。
「全く……どうしてそんな我侭なんだ」
 声に出るほどのため息をつくと、男は腰に手を当てた。
「今はまだいいが、人気に陰りが出て見捨てられたらおしまいだ。取り返しが
着かなくなる。そこんとこ、分かってるのかい、ほんとに?」
「分かってるって」
 少年は雑誌を放り出すと、別の一冊を手にし、団扇代わりに扇ぎ始めた。冬
だというのに、室内はエアコンのおかげで常夏だ。
「こんな我侭にしてられるのは、人気がある内だってね」
「ああ、もう。逆だよ、逆。いくら人気あっても、若い内は頭下げておく方が
いいんだって」
「うるさいなあ。僕、大人になっても続けるかどうかなんて、決めてないよ」
「冗談じゃない」
 男は悲鳴のような声を上げた。
「素質あるのは間違いない。私が保証するよ。軽々しく、辞めるなんて」
「辞めるとも言ってないよ。早とちりして。うるさいから黙っててよ」
「口を閉じてても、目の前にある問題が片付かないじゃないか。競演、誰だっ
たらいい? 言ってごらん」
「……誰もいない」
 言って、唇を尖らせる少年。
「またあ。その返事は聞き飽きたって言ってるでしょうが。いなくても、決め
なきゃ、撮影できないんだ。もうキャンセル利かないよ。役を降りたりなんか
したら莫大な違約金が」
「分かってるよ。……僕の言う相手を使ってくれる?」
「できる限りの努力はする」
 男は胸を叩いた。力のこもっていない様子の、いささか頼りなげなポーズで
はあったが。
「ただし、どこかのプロダクションなり劇団なりに入ってる子にしてちょうだ
い。それが条件。お忘れなく」
「そう? だったら、この子がいい」
 少年は、再びぱらぱらとめくっていた雑誌のあるページに、指を差し込んだ。
「何? 適当なこと言って、からかってるんじゃないよ」
「違うよ。前から気になっていたんだけど、さっきこの雑誌でまた見つけて、
もう最高に気に入ったんだよ」
「気に入ったって……それ、ファッション誌のはず……」
「そうみたい」
「そうみたいって……写ってる子は俳優じゃないじゃないか」
「条件は、どこかに所属していればいいんでしょ。言ったよね?」
 少年は、とあるページを両手で開き、相手に見せつけるようにしながら、に
んまりと笑った。
「そ、それは、確かに……。とにかく、見せてもらわないと」
 戸惑いを隠さず、男はファッション雑誌を受け取ると、サングラスを額まで
持ち上げた。目を細め、じっと凝らす。
「そこにいる、その小さい子だよ」
「……いい線行ってる……。だけどねえ、演技できるかどうか」
「いいから、頼んでみてよ。近頃さあ、俳優の子相手にするの、つまんないん
だ。何かなれ合いって感じ。たまには違う風に当たりたいな」
「しかし、いくら主役の希望と言っても、この場合はちょっとねえ。あちこち
説得しなくちゃならないだろうし」
 難しい表情で首を捻る男に、少年は猫なで声を出した。
「このお願い聞いてくれたら、もう当分、我侭言わない」
「……約束できる?」
「するする。だから、お願い」
 少年が手を合わせて拝む−−しかし顔は笑っていた−−と、男はあきらめた
風にうなずいた。その拍子に、サングラスが元に戻る。
「やーれやれ。泣く子と売れっ子には勝てません」
「そう来なくちゃ。藤沢(ふじさわ)さんのこういうところ、好きだなあ」
「はいはい。えっと……名前は載ってないね。ここの会社−−AR**さんに
問い合わせなきゃならない」
 肩をすくめつつ、藤沢は手帳を取り出した。

           *           *

 相手が現れるなり、椎名恵は頭を思いっ切り下げた。それこそ、タイツの下
の膝小僧に額が着きそうなほどに。
 そして申し訳なさを精一杯込める。
「ごめんなさーい!」
 突然そんなことを言われたためだろう、相手の足がぱたっと止まった。周囲
から注目されそうなこの状況。
「どっ、どうしたの、恵ちゃん」
 驚きに加えて、ひきつったような笑みをもなす相手、それは純子。ひと気の
ない公園とは言え、周囲からひととき注目されそうなシチュエーションに、き
ょろきょろと左右を見渡している。
 椎名はついさっきの謝罪の言葉が嘘だったみたいに、音が聞こえてきそうな
ほどにっこりすると、純子へ機敏に近寄った。
「約束のセーター、無理でした。ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げる椎名に、きょとんとする純子。
「セーター? あっ、何だ、そういうこと……」
 胸をなで下ろしながら、純子は息をついた。白いもやが一瞬見えて、じきに
消えた。
「驚かさないでほしいな。恵ちゃん、こんな場所でいきなり謝るんだもの」
「そういうつもりは全然なかったです。少しでも早く、この気持ちを伝えたく
て。許してくれます?」
「許すも何も……」
 語尾を濁す純子。言いかけていた台詞があったのに、それを取り上げて、別
の語を接ぎ穂した、そんな具合に口をもぐもぐさせる。
「恵ちゃんの気持ちは分かったわ。大げさなんだから。気にしなくていいって
ば。ね」
「それで、セーターが間に合わないと分かってから、マフラーに変更したんで
すけど、これも間に合わなくなってしまって」
 言いながら、手提げ鞄へ手を突っ込み、ごそごそとやる椎名。乾いた音を立
てて出て来たのは紙袋。さらに今度は、そこから苦心作を取り出した。ピンク
に黄色、緑……となかなか華やかで楽しげな色彩、デザインだ。
「えへっ。結局、手袋になってしまいました。これもかなり苦労して何度も行
ったり来たりを繰り返しちゃった」
「……目が赤い」
 純子は椎名の真正面に立つと、肩に手を添えてきた。目を覗き込みつつ、心
配げに言う。
「もしかして、昨日の夜遅くまで編んでたの?」
「ぶっぶー。明け方近くまでかかりましたあ。だって、試験中の遅れを取り戻
すの、大変だったんです。終業式、休もうかと思ったぐらい」
 満足の笑みを浮かべる椎名。
 純子は短い間、あからさまに困惑顔を見せていたが、再度の嘆息をすると、
椎名の肩を抱き寄せた。
「ありがとう。私なんかのために、そこまで……。それだけ気持ちがこもって
いたら、さぞかし暖かいね」
「こんなのでも受け取ってくれますか?」
「え、ええ。そのつもりだけど」

−−つづく




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE