AWC そばにいるだけで 31−7    寺嶋公香


        
#4743/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/12/30  10:23  (200)
そばにいるだけで 31−7    寺嶋公香
★内容
 最初にあれこれ想像していたよりは、思いの外楽しい時間を過ごせたと、相
羽は感じていた。
 ピアノの演奏は思う存分とはいかなかったが、白沼への誕生日プレゼントそ
の2という名目で、二曲を披露した。
 オードリー=ヘップバーンの映画は、白沼の選んだ物で、『ローマの休日』
だった。相羽自身の好みを言えば『サブリナ』が一番で、『ローマの休日』は
あまりにも観賞を重ねてきたためもあって二番。だから百パーセントの満足で
はなかったけれど、部屋の壁一杯のスクリーンに映し出されるオードリーに、
感動を新たにしたのも確かな事実。旧い映画を、相羽は普通サイズのテレビで
しか観たことがないのだ。ピアノに続き、この点でも白沼を羨ましいと思った。
「今日はありがとう。楽しかった」
 帰り支度を終え、ジャンパーを着た相羽は、お礼の言葉とともに気易く頭を
下げた。
「私もとっても楽しかった。近い内にまた……そうだわ、クリスマスに。いい
でしょう?」
「誘ってもらえるのは嬉しいんだけど、クリスマスはだめなんだ」
「どうして? 去年は来てくれたじゃない」
 面をぴくっと上向き気味にし、眉をひそめる白沼。落胆は大きく、ある種の
懸念はそれ以上に彼女の中で膨らんでいるようだ。
「今年は約束が入ってて……調理部のみんなと」
 言おうか言うまいか迷った挙げ句、相羽は言葉を付け足した。曖昧に言って隠したと
しても、いずれ伝わるだろう。ならば、最初から事実をありのまま話す。
 一方、唇を内に噛む白沼。しばらく、何かをこらえるような仕種を続けたか
と思うと、相羽に詰め寄った。
「そのみんなって、二年生でしょう? そうよね、涼原さん達のことね」
「一年とは、そこまで親しくないからな」
「……イブなの、クリスマス当日なの? どちらか空くわよね。私、空いた方
に予約を入れるから」
「まだ決まってない」
「決まったら教えて。何があっても、日を空けるわ」
「空いた一日、僕だって絶対に暇になるとは限らないよ」
「それでもいいから、考えてよ! ねえー、いいでしょう?」
 語勢と気迫、それらに続いた甘えた口調に押されて、相羽は黙ってうなずい
た。そしていつものぼんやりした眼差しで見つめ返すと、白沼の険しかった表
情がようやく解き放たれる。
「今日は本当にありがとう。プレゼント、嬉しかったわ」
 白沼の切れ長の目が、机の片隅へと向けられる。包みの上にそっと置かれて
いるのは、木の葉と実をかたどったブローチ。茶と深緑の色彩は、大人向けの
ものかもしれない。白沼の外見には、そういうのがよく似合う気がする。これ
まで衣服を色々もらったお礼の意味もあったから、ファッション関係の物がい
いだろうと考えた結果、このアクセサリーを選んだのであった。
「気に入ってくれたのなら、よかった」
「ええ。大事に使わせてもらうね。学校には持っていけないのが残念」
「あ、校則に引っかからない物の方がよかったのか。まずかった」
「いいえ。いいのよ、あなたが選んでくれたんだもの、大切に……そうねえ、
特別なときだけ身に着けようかな」
 白沼の最上級の笑顔を前にして、相羽は少し後悔を覚えた。ここまで喜んで
もらえるとは、全く予想していなかった。
「あんまり喜ばれると弱るな。安物だよ」
「いいの。去年もらった人形達も大切に保管してるでしょう? 相羽君にもら
った物なら、何でも大事にするわ」
「……物は全て大事にしないとね。もったいないお化けが出る」
 とぼけた口調で返事をよこす相羽に、白沼は声を殺して笑った。

           *           *

 テニスコートからは、ボールの弾む音が単調だが力強く聞こえてくる。しば
らくはぽーん、ぽーんと乾いた音が続いたかと思うと、突如として調子は破ら
れ、激しい勢いを見せた。ボールに乗り移った勝負への執着心が、回転ととも
にほとばしるかのようだ。
「へえ」
 手で庇を作り、金網フェンス越しに観戦していた勝馬が、感嘆の声を漏らす。
「テニス部とは言え、唐沢ってうまいんだなあ。驚いた」
「今日は随分、真面目な顔つきじゃないか」
 長瀬が口元をわずかに歪め、笑った。
「練習試合であれほど真剣にやっているの、初めて見たぜ。よほど勝ちたいら
しいな。ふふん」
「こうして見ていると、前にやったときは相当に手加減してもらってたんだと、
思い知らされる……」
 相羽が悔しさ半分――あとのもう半分は呆れ――に、息を漏らした。
 緩急自在のスライス、手厳しいサーブ&ボレー、力強さに溢れたライジング
ショット等々、唐沢の展開するプレーの冴えに、圧倒されてしまう。
「あのときは左手だったじゃない。案外、左手では小技が使えないのかもね」
 町田が言ったが、その語調にはどことなく負け惜しみの響きが見え隠れする。
ストレートに誉めたくないらしい。
 思わず、純子が口を出す。
「利き手じゃないんだから、しょうがないでしょう。案外と言うよりも、普通
だと思うわ」
「ふーん。純、やけにあいつの肩を持つのね〜」
 フェンスから手を離し腕を組んだ町田は、半眼になって隣をじろり。相羽や
長瀬、勝馬らからも注目された。
「そんなんじゃないよ」
 身を縮め、頭をぷるぷると振った。
「肩を持つとかじゃなくて、芙美が偏った見方を」
「それこそ、そんなつもりはありませんことよ」
 芝居めいて、口に手を当て「おほほほ」と短く笑う町田。
「正体暴くためには、何だってやるから」
「無茶苦茶言ってる……」
 嘆息する間に、テニスの方は勝負が着いた。
 コート内で、両手でガッツポーズをする唐沢がいた。いつもの気取りはなく、
それが素のように見えた。
「唐沢、よくやった」
 外野からぱちぱちと拍手が送られる中、唐沢はウィンドブレーカーを手早く
着込み、タオルを首から掛けると、純子達のいる一角に寄ってきた。
「どう? 華麗なる勝利、だろ」
 そして女子に目配せする。どうやら、普段の唐沢に早くも戻ったらしい。
「ほんと、強い! 人は見かけによらないもんだ、うんうん」
「もてるには、実力が伴わないといけないから、大変だろ」
 男子達が囃し立てるのとは対照的に、町田が平坦な調子で聞く。
「相手のレベルは?」
「ん? ふつーだよ、ふつー。大会の緒戦で負けることは滅多にないが、決勝
まで進む力もない。ごく平均てやつさ。楽勝だったぜ」
 軽い口調で済ませようとする唐沢に、町田が続けざまに尋ねて、足止めを食
わせる。
「それじゃ、あんたのレベルは? 小学生の頃、何かで優勝したって言うのは
聞いたけれど、あれからどうなった?」
「……去年、新人戦で区大会準決勝進出したぜ」
「今年はどう?」
「団体戦で三位が一回」
「あんた個人はどうなのか、聞いてるんですけどね」
「冴えてないから、言いたくねえんですけどね」
 真似をする唐沢に、町田はフェンスを揺さぶった。
「人気取りのためだけにテニスやってるんだったら、他の人達に失礼だわ。小
学生から中一、中二と、実力が下がっていってるようじゃない。こう言われて
も文句ないでしょ?」
「おまえにゃ関係ないだろ」
 唐沢は肩をすくめると苦笑して、町田の前から離れた。確かに顔は笑ってい
るが、気分を害されたのも事実のようで、きゃあきゃあ言ってくれる女の子達
の方へ行こうとする。
 が、その前にぴたりと足を止め、純子の前で振り返った。
「ああ、涼原さん。この前は遊びに行けなくて、悲しかったよ〜」
「私こそ、勝手言って、悪いことしちゃったなあって気になって――」
 戸惑いつつも、応じる純子。
「今度は君の都合にびしっと合わせるから、是非ご一緒に」
「え、ええ、みんなでね」
「いいとも。――じゃ、またあとでな」
 唐沢は相羽達に指先で合図をして、今度こそ立ち去った。
 ふうとため息をつき、金網フェンスから離れようとした純子の襟口を、ぐい
と引っ張る力。
「わ。な、何 芙美?」
 立ち止まるとすぐ放してくれたが、町田は呆れ顔を純子に向けてきた。
「ねえ、純。甘やかすんじゃないわよ」
「うん、確かにテニス、頑張って練習して、もっと強くなってほしいけれど。
息抜きで遊びに行くのは」
「そういう意味だけじゃないだけどねえ。ま、いいわ」
 町田は頭の後ろで手を組むと、「暇つぶしにはなった」とか何とかつぶやき
ながら、ぶらぶらと歩いていった。
 出遅れた純子がぽつねんとしていると、勝馬や相羽らが話しかけてきた。

 十二月に入ると、いよいよ寒さが厳しくなってきた。家庭科室も火を使うか、
人数が多いときはいいのだが、少人数となると急速に冷えてくる。
「場所は……相羽君の家よりも、私のとこの方が広くて、騒げる」
 町田が手帳片手に言った。
 定期試験前の最後の活動を終え、調理部二年の面々は別の話に入っていた。
「でも、相羽君の家がいい!」
 いやいやをするような身振りとともに難色を示した富井。その隣で井口も同
調して、しっかり首肯する。理屈ではなく、感情論である。
「てことだけど、相羽君?」
 苦笑しつつ、町田が目線を移行させた。
 話を振られた当人は、頭をかいてから、根本的な質問を発した。
「あのさ、最終的に何人ぐらいになる予定なのかな」
「さて。ここにいる五人は決まりとして、どうせ他の男子も何人か来るでしょ。
いつもの顔ぶれなら勝馬君と長瀬君? 唐沢クンはイブ当日、とーってもお忙
しいでしょうから、きっと無理ね」
「芙美ったら」
 ぼそぼそと小声で純子。いちいち口出ししても始まらないと思うので、これ
以上は追及しない。町田自身も純子のつぶやきに気付かないようだ。
「最少でも七名かな。何やかやで、十人ぐらいになるんじゃないの?」
「ちょっと厳しいかも。七人でもきわどい人数だね」
 やり取りに耳を傾けつつ、純子は思い悩んでいた。
(相羽君ににぎやかなクリスマスを味わってもらいたくて――大きなケーキが
一晩で片付くような――みんなに持ちかけたけれど……おばさんのことを考え
たら、なかなか複雑よね。おばさんを一人にするなんて、できない。母子二人
暮らしだと全員が知っているなら、気兼ねなく相羽君の家を提案するのに。私
から言うことじゃないし)
 純子のそんな心の動きを知る由もない相羽は、態度を保留した。
 すると井口が案を出した。相羽に承諾させるための提案。
「勝馬君達を呼ばずに、今ここにいる顔ぶれだけでやるのは?」
「――はははっ」
 天井を見上げ、大げさなまでにのけぞった相羽は、椅子の上でひっくり返り
そうになった。家庭科室の椅子には背もたれがないのだ。
「はは、人数は確かにいいけどな」
 机の角に掴まりながら答える相羽。さらに続けた。
「女子の中に一人だけいるっていう状況は、一度で充分」
「あのときは初めてだったから、慣れてなかっただけよ」
 町田が言った。いつの間にか手帳を閉じている。ということは、からかいモ
ードに入ったのかもしれない。
「もう一度経験すれば、楽しくなるって。だいたい、部活のときは常にそうで
しょうが」
「う……そこを突かれるとつらい」
 相羽が言い負かされるのは希有の出来事かも。
 町田の尻馬に乗って、富井が追撃をかけた。
「男の子達とは、また別の日にやればいいわよ。つまりぃ、これは調理部のク
リスマス会なの」
 いいこと思い付いちゃったと、両方の拳を口元に当てる富井。実際、名目と
しては適切だろう。
「気を悪くしないでほしいんだけど……」
 闇夜に明かりなしに歩くみたいに、相羽が、そろそろと喋り出した。
 純子達はふんふんとうなずき、先を促す。
 相羽は不意に明後日の方向を見ると、あっさりした調子で言葉を継いだ。
「――みんな、暇なんだね。折角のイブなのに」
「……」
 女子四人は無言のまま顔を見合わせた。アイコンタクトを二、三、交わす。
 本当のところを言うなら、四人はそれぞれ理由あって相羽に合わせているわ
けだが、この場であからさまに答える必要はない。
 代わりに。
「相羽君こそ、一対一でデートする相手がいてもおかしくないのに。不思議だ」
 町田が代表して言ってやった。

−−つづく




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