#3071/3137 空中分解2
★タイトル (HBJ ) 93/ 4/ 6 17:17 ( 30)
『気分次第で責めないで』9−1<コウ
★内容
十時になると、俺は、喫煙室に向かった。実は、給湯室を覗く為だ。十時になると
、花田さんは、総務の連中のお茶を入れるのだ。給湯室に行くと、いたいた。後ろ
から目隠しをして、「だーれだ」をやろうかと思ったが、急須を持っていたので、
それは止めにして、そっと忍び寄ると、キューティクルの全然はげていない綺麗な
髪の毛に息を吹きかけた。一瞬、ビクッとして、花田さんは、振り向いたが、すぐ
に、お茶汲みの続きをした。人の為に尽くすタイプなのだ。アルミのお盆に沢山の
湯呑みがのっていて、みんなに均等に美味しいお茶が飲める様に、それぞれの茶碗
に少しずつ入れていく。
「大変だね」と言って、俺はニッコリと微笑した、人の背中に。
「今、忙しいんだけれど」と花田さんはお盆に向かって話したが、なんとなく空々
しい響きではあった。
「昨日の約束だけれども」
「後にして下さらない」
「え」っと、少し驚いたが、しかし、俺は続けた。「友達にお風呂屋さんがいて、
そいつに頼んで、タダ券が手に入りそうなんだ」
「ケチ」
「ええ」と今度はかなり驚いた。
「一回、コーヒーしたぐらいで、あんまりなれなれしくして欲しくないのよね」
「そんな」俺の微笑は、元に戻らないまま、顔面神経痛になってヒクヒクと痙攣し
た。俺は、思わず、両頬を押さえると(ムンクの『叫び』)、給湯室の壁にへばり
ついた。
お盆を持った花田さんは、全く堂々と、絶対に指一本触れられない自信のある極道
の妻の様に、丸で、俺なんか、居ないかの様に、やり過ごして行った。
その時に、カバーマークの残り香。俺は、首筋に薄い紫のキスの印を見た様な気が
した、いや、見えた。
誰だ誰だ誰だ、岩田や、総務や、その他の課の連中の顔が、頭の中で、ぐるんぐる
ん回って、同時に、給湯室の天井がぐるんぐるん回り出した。