AWC 『ぶら下がった眼球』 第22章 スティール


        
#3025/3137 空中分解2
★タイトル (RJM     )  93/ 3/28  20:20  ( 81)
『ぶら下がった眼球』 第22章 スティール
★内容

     第22章 『ぶら下がった眼球』

 処刑場に、私の声が響いた。
『ADAM、最後に、もう一度だけ、聞こう。神の件に関して、言うこ
とは、変わらないのか?』

 ADAMは、はっきりと、うなづいた。ADAMの処刑は決まった。
ここは、処刑場だ。これから、すぐに、ADAMの処刑が始まる。
 今までに、ADAMに弁護士まで付けた、公判の真似ごとのようなも
のが何回か、開かれていた。ADAMが三人の兵士を殺した罪は、とっ
くに確定していた。もう、ADAMの死刑は決まったようなものだった。
その処刑を、私の説得の結果いかんで、延期しようというのだから、こ
の裁判自体が、軍が演出したデモンストレーションといった意味合いを
持ったものだとしか、いいようがない。

 真実は、遠くなる。彼の真実は、いまは、輝いている。彼が、いまの
まま、生き残って、いったい、何になるのか? 私のように、絶望を背
負って、生きて、いったい、何になるのか? 彼と、昔の私との違いは、
三人も人を殺して、罪を問われていることだ。彼には、死ぬだけの大義
名分がある。私が、いま、彼のためにできること? どうやったら、彼
を救えるのだろうか? いま、ここで、彼の命を絶つことが、彼の真実
を守ることなのだ。このまま、生き残れば、彼の真実は色褪せ、真実は
真実でなくなる。私は、自分の手元にあるボタンを見つめた。この赤い
ボタンを押せば、彼の命は無くなる。いや、殺すのではなく、私は、彼
を、この世の苦しみや、悲しみ、絶望から救うのだ。私も、自分の死を、
よく想像していた。いまから、考えても、それは、正しい選択だった。
過去の思い出。いや、過去じゃない、取り戻せるうちは、過去じゃない。
思い続けているうちは、思い出ではないのだ。

 ADAMの死刑執行の準備は、着々と進んでいた。牧師が、ADAM
の横に立って、何かを読み上げていた。傍聴席を見ると、立派な法衣姿
の面々の姿が、目立って、増えていた。彼らも、牧師とともにお祈りを
捧げていた。彼らは、ADAMを殉教者に仕立てあげるつもりなのだろ
う。

 大佐が、右手を挙げて、合図をして、部屋を薄暗くした。部屋の照明
をできるだけ絞るのが、処刑が後世の見世物になりそうなときの慣習だっ
た。誰にも気付かれぬように、私は、辺りを見回した。ADAMの姿だ
けが、灯りに照らされて、浮かび上がっていた。ADAMの外には、誰
も見えなかった。誰一人として、見えなかった。私は、まずいと思った。
私の強気を支えてきた他人の視線がなかった。あとは、処刑を執行する
だけだったが、私の体は、自分の意志と義務に反して、萎縮し始めてい
た。私の手は震えていた。それでも、私は、赤いボタンのほうに、震え
る手を伸ばした。やっとのことで、私は、赤いボタンの上に、自分の掌
をかぶせた。私は、水泳でもして、水面に出たかのごとく、息をついた。
ADAMの顔を、私は、当然のごとく、見た。私の体は、凍りついた。
ADAMの顔を、本当は見てはいけなかったのだ。どうせ、暗くするな
ら、ADAMの姿も消してほしかった。ADAMは、じっと、私を見つ
めていた。ADAMは、突然、何かに憑かれて、気が狂ったかのように、
叫び始めた。
『ヘンリー! 助けて! 死にたくない! 死にたくない! やっぱり、
死にたくない! 助けて!』

 私は、反射的に、赤いボタンに載せていた手をどけようとした。が、
まさに、その瞬間、物凄い力で、私の手首を押さえ付けるものがいた。
コーチェフ大佐だった。大佐は、私の耳元に、囁いた。
『ヘンリー、ボタンを押せ、押すんだ』
 次の瞬間、私は、ボタンを押していた。私は、大佐の腕の力に負けた
というよりも、大佐の囁いた言葉の圧力に負けたのだった。押したのと、
ほぼ同時に、ADAMの電気椅子に、電流が流れたようだ。ADAMの
体は、黒焦げになりながら、燃えた。ADAMは、黒く焦げながら、何
かを叫んでいた。それは、誰かの名前のように、私には、聴こえた。A
DAMは、焼け焦げながら、痙攣していた。それを見た私は、衝動のま
まに、夢中で、腰の拳銃を抜いた。横にいた大佐はいつもの冷静さから
は想像しがたいほどの驚きようで、その場から飛びのき、腰のホルスタ
ーに、手をやった。だが、私の銃口は、大佐の予想を裏切って、ADA
Mに向けられていた。私は、ADAMに向けて、拳銃を乱射しながら、
彼のほうに進んだ。私の拳銃の弾は、すぐ尽きたようだったが、私は、
それに気付かずに、拳銃の引き金を引き続けた。ほんの数秒の興奮から、
私が、正気に戻ったときには、ADAMはもう事切れていた。もしかし
たら、痙攣していたときに、もう死んでいたのかもしれなかった。それ
にしても、体が燃えるほどの電流を流すとは、人権のある人間に、こん
なことをしたなら、かなり、問題とされるはずの蛮行だった。ADAM
の陰部がえぐり取られたことを隠すために、大佐が、わざと、電圧を上
げさせ、彼の体を燃やしたのかもしれなかった。
 私は、すぐに、トイレに行き、自分の胃の中の物を、すべて、吐いた。
鏡をみたら、顔に汗が浮き出ていた。息が、とても苦しかった。このま
ま、死のうかとも、私は思った。しかし、拳銃に、もう弾がなかったの
で、それは、無理だった。それに、私は、ADAMとは違うのだ。鏡を
見ていた私は、ふと、昔見た夢を思い出していた。




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