#3017/3137　空中分解２
★タイトル (GVJ     )  93/ 3/23  14:25  ( 67)
呪われた明日たち　　　　　　　青木無常
★内容
【能書き】はい。これもリメイクですよ。ううう、リメイクしか書けないな最
　　　近。ＳＦマガジン新人賞の〆切もリミットぎりぎりだってのに、下書き
　　　も書き上がらない。あああこんなことしてるヒマないのにいいいい。試
　　　験前になると遊びたくなる学生の心境だな。
　　　　　このタイトルは、泉谷しげるの「鏡の前のつぶやき」という曲の歌
　　　詞からつけたつもりだったのですが、後に歌詞カードを見たら「明日」
　　　ではなく「人」と書いてあるので愕然とした記憶があります。内容もタ
　　　イトルから出てきたものなので、勘違いして得したという珍しい作品で
　　　すねー。ま、こんなもんだが。




　　　　呪われた明日たち



　死は、天空より雪のごとく舞い降りた。
　それは人の肉体をじわじわと浸食していたものだ。
　最初の生贄は、ひとりの女だった。彼女はとつぜん頭痛をおぼえて立ちどまる。
こめかみに手をあてる間に頭痛は耐えがたいものへと膨れあがり、毒々しいティン
パニのパルスを頭蓋内部で反響増殖させていく。全身に拡大する痛みをともなった
痺れが女の身体から自由を奪い去り、街路にその身を崩おれさせた。
　トレモロを切り裂くように、ファンファーレはうち鳴らされる。額にあてた繊手
は、長く美しい黒髪とともに頭皮をずるりと剥ぎとり、血のにじんだ顔面神経が道
ゆく人びとの眼前に披露された。痛みにか、驚きにか、高らかに響きわたった女の
悲鳴は陰鬱な予兆を陽光のもとにひきずり出す。狂ったようにかきむしる両の手の
ひらの下で、濡れティッシュのように女の皮膚は破り裂かれ、白昼の奇妙な怪物は
混乱と恐怖に満ちたダンスを踊り出す。
　呆然と見まもる人びとの中心で、さらに恐怖のドラムが鳴りはじめた。ふたつに
おり曲げた身をはげしくおしもむ女の眼球がなんの前触れもなくぽろりとはずれ、
宙に舞う。群衆のただなかに、ストップモーションのようにあざやかに血走った目
玉が舞い降り、ついに主旋律が人びとの口々からもれ鳴りはじめた。あとずさる輪
から冠状に靴音のパーカッションがパニックのリズムをうち出し、悲鳴の主旋律と
共鳴する。
　ファンフアーレはとどまらず、世界にむけて凶暴に膨張しはじめる。浸食された
人びとがつぎからつぎへと、その潜伏していた死を発症させ、それにつれて死と恐
怖のメロディーはしだいにその全貌を明らかにしていった。
　死神に斧をうちこまれたように、突如額がぱっくりと裂け、そこから生白いもの
を飛び出させる男がいた。バリトンの主旋律がダイナミックな量感を音楽に添える。
　逃げまどう人びとにつき飛ばされ地に伏した少年は、自分のからだが骨なしの軟
体動物のようにぐにゃりと変形するのを見た。手と足が複雑にからみあった背なか
を見下ろすのに身をひねる必要がないというありがたくない事実を自覚した少年は、
スタッカートのコーラスで運命への叫びを吐きだす。
　やがて世界は飛び散った血液と内臓で埋めつくされ、滅びは迅速に機械的に、世
界を占拠した。旋律は人の棲まうところ余すことなく覆いつくし、ついに人類は史
上最初にして最後の、ひとつの音楽を力いっぱいに奏ではじめた。
　狂気の笑いが対旋律となる。人びとは突如あらわにされた死の訪問に、手をうち
足ふみならして歓喜の大音楽で地球を震わせた。
　やがて人びとの多くは歌い疲れて至福へと消えていった。すべての都市が崩壊の
さなかにフィナーレうち響かせ、文明は完膚なきまでに破滅へとなだれこんでいっ
た。
　残ったのは、狂った、奇怪な容貌の化物ばかりだった。歪んだ本能に導かれて彼
らは屍肉を貪り、奇態に歪んだ性衝動のわきあがるままに抱きあい、そして死んで
いった。
　数年の後に、瓦解した文明の瓦礫の底から、古き亡霊に憑かれた新しい世代が現
れる。なにひとつ共通の身体的特徴をもたない、ただ瘴気のうめきを発しながら思
いおもいに荒廃した大地をどこへともなく徘徊する、意味も目的も喪った生命だっ
た。
　それは、美しかった。本能の命ずるままに動き、眠る。ただそれだけだった。そ
れを咎めるものもなく、生きるものすべてが同じように瘴気にとり憑かれ、腐った
食いものを貪り喰らい、ところかまわず排泄物をまき散らしながらふらふらとただ
さまようだけだった。そこには憎悪も利害も、愛も存在しなかった。
　死が、彼らを至福へと導くまで、彼らは美しい瘴気に憑かれた生を徘徊しつづけ
るだろう。無限につづく、呪われた明日たちに。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（了）