#3016/3137 空中分解2
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『ぶら下がった眼球』 第21章 スティール
★内容
第21章 『コピー』
大佐の部屋を出た私は、DOGを取りに、自分の部屋に戻った。それから、
ドライバーで、電子電話の受話器を外した。私は、それらを抱えて、処刑場に
向かった。
処刑場では、ADAMは、すでに、電気椅子に固定されていた。彼のほかに
は、監視の兵が、二人いるだけだった。私は、その二人の監視の兵にADAM
と、二人きりにしてくれるように、頼んだ。ADAMと、私を二人きりにする
ことについて、ちょっとした問答があったが、私が、大佐の許可を得たことを
告げると、意外にあっさりということを聞いてくれた。しかし、私の腰の拳銃
を抜き、それをADAMに向けて、話をするようにと、条件付きでの承諾であっ
た。
私は、彼らの忠告の通り、拳銃を抜いて、彼らとともに、部屋に入って行っ
た。ADAMは目を閉じて、眠っているというか、それよりも、むしろ、瞑想
に耽っているという風であった。監視兵の二人が部屋から出て行き、いままで、
開け放しになっていたドアを閉めて、出て行くのを見届けてから、私は、拳銃
を腰のホルスターに戻し、作業を始めた。まず、自分の部屋から持ち出してき
た受話器の端子を、DOGの音声入力部に接続させた。それから、粘着テープ
で、電気椅子に、受話器を固定した。これで、ADAMの言葉は、すべて、D
OGの中に記録される。私は、一度、息をついてから、ADAMに語りかけた。
『ADAM、目を開けろ。起きるんだ』
ADAMは、閉じていた目を開いて、私を見た。私は、ある目的があって、
ADAMに問いかけた。
『ADAM、死ぬのが、怖くないか』
ADAMは、極めて事務的に、かつ、簡潔に、私の問いに答えた。
『いえ、怖くありません』
『なぜだ、神のことを否定すれば、生き残れるかもしれないんだぞ。それに、
お前が望むのなら、ここから、逃げる手助けをしてもいいんだ。ここに、拳銃
だってある、これを、お前にやってもいいんだぞ』
私は、腰の拳銃に手を当てながら、ADAMに、そう言った。ADAMは、
それを聞いたとたん、顔付きが豹変した。寝ぼけ眼は見開かれ、口元はますま
す、しっかりとしたものに変わった。そして、ADAMは言った。
『私は、自分の信念や、信じるものを捨ててまで、生き残りたいと、思っては
いません』
『ADAM、言うことが、まるで、サムライだな、時代遅れの。だが、お前を
創った俺に、そんなことも言っても、無駄だぞ。お前は、最初から、そういう
ふうに造ってあるんだ。死ぬのが、怖いようにな』
やはり、尋常な方法で、ADAMを救うのは、不可能なようだ。私は、次の
作業に取り掛かった。DOGの小さな画面で、いまのADAMの言葉をチェッ
クしてみた。いつでも、完璧な再生が可能なように、きちんと、DOGに補足
されているようだ。次に、私は、ADAMの体に、幾種類かのセンサーをつけ
た。それらは、体温の変化、呼吸の変化、汗の量を測るためのセンサーだった。
これを、あとで、DOGで分析すれば、嘘発見機のような役割を果たすはずだ。
『ADAM。DOGの質問にできるだけ、正直に答えるんだ』
ADAMは、また、無表情な顔に戻っていた。ADAMは、うつろな目で、
私を見た。
『いいか、ADAM。お前の意識の数%でも把握できれば、そこから、脳の全
体をかなり高い精度で、推測することが可能だ。そうすれば、また、生き返る
ことができるはずだ。お前を生み出したのと、同じ方法でな』
私は、DOGに命令した。ADAMを再生するために必要な質問をするよう
にと。ADAMの返答から、彼の意識のかけらを、ひとつでも多く、採取する
ようにと。
『オマエハ、イマ、イッタイ、ナニヲ、シタイノカ?』
と、DOGは、ADAMに質問した。ADAMは、私がいままで見たことの
ないような、苦渋した、かなり当惑した表情になった。
『私は・・・。私は・・・』
数秒後、DOGは、次の質問に移った。
『オマエハ、ナゼ、イキテイルノカ?』
ADAMの体中から、脂汗が噴き出てきた。
『それは・・・。それは・・・』
DOGの画面に、『【認識不能】』の文字が、二つ並んで出てきた。私は、
その文字がもたらすであろう結果に狼狽した。これでは、ADAMは、再生で
きない。
『ADAM! 答えろ! 答えないと、本当に、死んでしまうぞ!』
私は、DOGに、もう一度、最初から、始めさせた。
『オマエハ、イマ、イッタイ、ナニヲ、シタイノカ?』
ADAMは、泣きそうな顔になった。DOGは、ADAMに、同じ質問を、
再度、した。
『オマエハ、イマ、イッタイ、ナニヲ、シタイノカ?』
ADAMは、吐き出すように言った。
『もう、できない! もう、何もできない! もう、何もできないんだ!』
DOGの画面に、『【認識】』の文字が出た。ADAMの惨状にもかかわら
ず、DOGは、次の質問に移った。
『オマエハ、ナゼ、イキテイルノカ?』
ADAMの顔付きは、真剣だった。彼は、DOGの質問に、真面目に答えよ
うとしているようだった。
『僕は、自分の意志で生まれたのでなく、他人の意志によって、他人の手によっ
て、生まれたのです』
DOGの画面に『【誤答 但し 認識可】』という文字が出た。DOGは、
質問の仕方を変えた。
『シュッセイゲンイン デハナク ゲンザイ イキテイル リユウ ヲ ノベ
ヨ』
ADAMは、一瞬、私の顔を見据えた。が、彼は、すぐに、視線をそらして、
こう答えた。
『僕は、本能に基づいて、行動しているだけです。できれば、その質問は、そ
こにいるヘンリーにしてください』
DOGは、それを、ADAMの人生観として、採取したらしい。質問は、更
に、問題の核心に近づいた。
『オマエノ ナヤミハ オマエ ノ クノウ ノ ゲンセンハ?』
ADAMは、私の顔を見た。そして、彼は、私に、こう言った。
『ヘンリー、お願いだ。僕の下半身を見てくれ』
私は、戸惑って、ADAMに、そのわけを尋ねた。
『見てくれ、ヘンリー、お願いだ。どうしても、あなたに、見せたいものがあ
るんだ』
私は、DOGのキーを叩いて、質問を一時、中断させ、ADAMに、そのわ
けを尋ねた。
『どうしてだ? ADAM』
『とにかく、下ろしてくれ、頼む、ヘンリー』
少し迷ったあと、私は、とうとう、決心した。私は、おそるおそる、ADA
Mのベルトに、手を伸ばした。ADAMのベルトに、手を掛け、ゆっくり、そ
れを外した。私は、ADAMの顔を盗み見た。ADAMは、顔を赤くして、目
をそらしていた。ADAMの股間に目をやった私は、そのとき、ふと、私は、
あることに気付いた。股間の膨らみがないような気がした。そのことに気付い
た私は、ADAMのズボンとパンツを、急いで、下ろした。彼の陰部は、なかっ
た。そこには、ナイフで、無理やり、えぐり取られたような跡が残っていた。
彼の陰部は、跡形もなく、なくなっていた。私は、それを見て、思わず、戻し
そうになった。私は、吐き気を我慢しながら、ADAMに聞いた。
『どうしたんだ、これは、誰に、やられたんだ?』
そう言いながら、私は、顔を上げた。ADAMの顔は、私の予想に反して、
冷静だった。彼の感情のプログラムは、おかしくなってしまっているのだろう
か? 彼は、私の質問に答えた。
『僕の、信仰の深さを試すためのゲームだそうだです』
『それで、殺したのか? ナイフで、えぐり取られたから、殺したのか?』
彼は、うなずきながら、言った。
『あいつらに、羽交い絞めにされて、やられました』
私の頭に、疑問が浮かんだ。大佐は、いったい、何をしていたのだろうか?
まさか、大佐が指揮して、やらせたということはないだろうが。
DOGには、質問することをやめさせたが、意識の採取はやめさせていなかっ
た。DOGの画面に文字が出た。『【認識・・・作業完了・・・意識補足・・・
目標物再生可能 精度50%】』という文字が出た。
私は、また、大佐の元へ戻ろうと思った。処刑場を出る前に、私は振り向い
て、ADAMに『もう一度、生まれ変わりたいか?』と、聞いた。ADAMは、
ただ、曖昧な顔をしただけだった。
廊下を歩いていた。私は、廊下を歩いていた。DOGを抱えたまま。どうし
ても、大佐の部屋に行けなかった。あの大佐は、明らかに、ADAMを処刑し
たがっていた。ひょっとすると、一連のすべての事件を仕組んでいるのが、大
佐なのかもしれないのだ。たとえ、大佐を言い負かしたとしても、いざとなれ
ば、EVEのことを持ち出すのは、目に見えていた。ADAMの意識は、採取
した。もう、ADAMは、再生可能になっていた。いま、無理をして、助ける
必要もなかった。いや、本当の問題は、いま生きているADAMを助けるとし
ても、あとで再生するとしても、それが、はたして、正しいことなのかどうか
ということだった。
廊下は、少し寒く、なぜか、行き交う人は、なかった。この建物の、どの廊
下か、わからないが、その長く、真っすぐな廊下を、私は、歩いていた。ふと、
思い当たることがあった。私は気付いた、ADAMが、何年か前の私に、そっ
くりだということに。私は、EVEに出逢うまでは、生きていることを、生ま
れてきたことを後悔していた。やはり、私は、彼を生き返らせる気には、なれ
なかった。ADAMの意識を採取するには、もう、とっくに、遅すぎたのだ。