AWC 児童読物「まなぶのひろったものは」  浮雲


        
#3014/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ     )  93/ 3/21   6:27  (130)
児童読物「まなぶのひろったものは」  浮雲
★内容
   *
 それは、すべすべした白い石でした。お父さんの親指ぐらいの大きさです。陽
にかざしてみると、すこし赤みがかっているようにも見えました。手のひらにの
せると、思ったほど重くありません。それに、じっと見ていると、ぴくりぴくり
と動いているように見えましたが、それは、まなぶの手のひらを流れている血が
、どっくどっくいっているせいかも知れません。
 まなぶは、学校の帰りに道ばたでひろったそれをポケットにしまうと、かけだ
しました。

   *
 その夜、まなぶの家の人がみんなねてしまったといのうに、まなぶの部屋でな
にか音がします。耳をすますと、それは、どうやらまなぶの机のひきだしの中か
ら聞こえてくるようです。
「かさかさ、かりかり」
 変な音です。その音は、10分ぐらい続いたあと、ぴたりとやみました。そし
て、5分もすると、
「るぴぴぃ、るぴぴぃ」
 というきみょうな音が聞こえだしました。それは、とても小さかったので、よ
ほど耳をすまさなければ聞こえないほどでしたから、まなぶの家の人がだれも気
づかなかったのは無理もありませんでした。
 その音は、明け方まで続いていました。

   *
 次の日の朝のことです。
「あれっ」
 まなぶは、首をかしげました。机のひきだしに入れておいた匂いつきのえんぴ
つが1本なくなっているのです。
「ねえ、お母さん。えんぴつしらない、ほら、イチゴのにおいのついたやつ」
 まなぶは、ひきだしをぬいて、机の上に置き、がらがらひっかきまわしました。
 でも、どこにもありません。
「ねえったら、ないよう」
 まなぶは、口をとんがらかしました。となりのせきの、ゆかちゃんに「あした
もってきてあげるね」とやくそくしてあったのです。
「おねいちゃんでしょ、かえしてよ」
 まなぶの声は、泣き声になっています。
「しらないわよ。わたしはひとのものを勝手に使うようなことはしませんからね
ーだ。あんたこそ、わたしの机を勝手にあけないでよね」
 となりの部屋から、とんでもないというように、お姉ちゃんのユキ子の声がか
えってきました。
「ちゃんとさがしなさい。だから、いつもいってるでしょうが、きれいにかたづ
けておきなさいって」
 お母さんは、まなぶが一生けんめいさがしているのも見ないで、台所で大きな
声をあげました。
「ほら、もうみんながまってるよ。早くしな」
 お姉ちゃんの声が続きます。
 わかってるよ、まなぶは、口のなかでいいながら、もういっぺん、がらがらと
大きな音をたててひきだしの中をかきまぜ、そして、どん、と机をたたきました。
もういいや、べつのにする、まなぶは、短気をおこすと、えんぴつをなん本かつ
かみました。そして、ランドセルをがたがたいわせながら玄関にはしりました。

   *
 学校から帰ると、まなぶは、もう一度ひきだしの中をしらべました。
 ゆかちゃんは、まなぶが心配しているのも知らずに、どれもかわいいね、とい
って、きのうのやくそくなどわすれてしまっているようでした。まなぶは、えん
ぴつを2本もあげてしまいました。その2本は、ほんとうは、まなぶのお気にい
りでした。たとえゆかちゅんにだってあげるのは、おしいくらいだったのです。
イチゴの匂いのついたえんぴつさえ見つかっていれば、それをあげなくてすんだ
はず、そう思うと、まなぶは、くやしくてなりませんでした。それで、学校から
帰るとすぐに、ひきだしをしらべはじめたのです。
「あれ」
 まなぶは、えんぴつをかぞえながら、首をかしげました。また1本なくなって
いるのです。それも、三ばんめにお気にいりのやつが。
「へんだなあ」
 まなぶは、ひとりごとをいいながら、机のまわりをさがしました。朝、ひっか
きまわしたので、そのときにどっかにころがったのかと思い、机の下にももぐり
こんでみたのですが、どこにも見あたりません。
「へんだなあ」
 まなぶは、もう一度えんぴつをかぞえなおしてみました。まちがいありません。
たしかに1本たりません。
「えっ」
 まなぶは、のどのおくで、声をあげました。
 ド、ドロボー?
 そう思ったとたん、心臓がぎゅっとちぢむのがわかりました。まなぶは、そっ
とあたりを見まわしました。そのとき、まどがガタッ、と風になりました。

   *
 まなぶは、朝、ひきだしを机の上に出したままでしたから、もしドロボーが入
ってきたら、かんたんにえんぴつをぬすむことができてことでしょう。やっぱり
きちんとかたづけておけばよかった、そうすれば、ドロボーは、えんぴつのこと
に気がつかずにべつのものを持っていったはずだから。まなぶは、ああ、あ、と
ためいきをもらしました。
 でも、変です。イチゴの匂いつきのえんぴつがなくなったのもドロボーのしわ
ざだとすると、まなぶたちがねているあいだにぬすまれたことになります。朝、
お父さんも、お母さんも、そしてお姉ちゃんも、ドロボーのことなどひとことも
いいませんでした。ということは、ドロボーは、夜中にまなぶのえんぴつを1本
だけぬすんで、そして、みんながでかけたあとにまたやってきて、もう1本えん
ぴつをぬすんでいったことになります。それとも、ドロボーは、どこかにかくれ
ていたのでしょうか。
 まなぶは、ごくりと、のどをならすと、もういちど部屋の中を見まわしました。
ふわり、とカーテンが風にゆれました。

   *
 あれえ。まなぶは、ひきだしの中に変なものを見つけました。シャープペンの
芯をポキポキこまかく折ったようなものが、いくつも落っこちているのです。な
んでしょう。
「なんだろう」
 まなぶは、その黒っぽいものに顔を近づけると、じっと見つめましたが、なん
だかよくわかりませんでした。
 とにかく、ひきだしの中をかたづけ、机の中にしまっておけば、もう安心。ま
なぶは、ついでに、机の上もかたづけることにしました。
 それからしばらくして、かたづけにもあきて、マンガ本を読んでいると、
「かさかさ、かりかり」
 変な音が聞こえました。
 おや、と思って耳をすますと、
「かりかり、かりかり」
 たしかに、音がしています。どうやら、ひきだしの中のようです。
 なんだろ。まなぶは、ためらわずに、さっ、とひきだしをひっぱりました。
「・・・」
 こんなにおどろいたことはありません。「それ」は、いたずらを見つけられた
子どもがそうするように、「てへへへ」と、ごまかし笑いをしたのです。「それ
」は、きのう、まなぶが道ばたでひろった石ころでした。音の正体もわかりまし
た。石ころが、えんぴつをたべている音だったのです。
「ともだちになろう、ね」
 石ころが、とつぜんいいました。
「あ、あ」
 まなぶは、目をまんまるにしているだけです。
「きまったね。よかった。ああ、あー。おながいっぱいになったら、ねむくなっ
ちゃった」
 石ころは、そういうと、大きなあくびをしました。そして、まなぶの見ている
前で、
「るぴぴぃ、るぴぴぃ」
 小さな小さないびきをかきはじめたのです。

   *
 これが、まなぶのひろった白い石が、まなぶの家族の一員になったはじまりの
、おはなしです。

                     −おわり−
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