#3013/3137 空中分解2
★タイトル (VHM ) 93/ 3/21 5:41 ( 98)
「陽炎に延びる線路」井上 仁
★内容
「陽炎に延びる線路」
仕事で疲れきって、家に帰る。
風呂に入って、夕飯も済ませて・・・
床につく前にふと、ベランダに上がる。
大都会の摩滅した夜空を見つめて、ふう、とため息をつく。
どうしようもないほどくたびれてしまった時には、こうすることにしている。
あの時の、不思議を求めて・・・
まだ幼いときだった。12才、ぐらいだったと思う。
田舎の、左右の視界が田園でおおわれている小さなあぜみちを、私は歩いていた。
まだ真新しい午後−−−
麦たちは、錆び付いたような夏の日差しを受けて、金色だった。
麦わら帽子の下から、私は滲み出す汗を拭った。
目指している祖母の家に行くには、ここから、まだたくさんの田んぼを通り抜けて行
かなければならない。
それでも、都会というところに仕事に行っている父とひさしぶりに電話で話ができる
ことを考えれば、へとへとになってもかまわなかった。
私は急いだ。そうしないと父はまた電話に出られなくなってしまう。
周りには目もくれず、がたがたの道だけを、ただ見て歩いていた。
しばらく歩いていると、陽炎に揺れる古ぼけた線路が見えてきた。
それを気にも止めずに通り過ぎようと、線路の前までやってきた。
その時、左のほうから声がした。
「あなた、急いでいるの?」
道以外が目に入っていなかったいなかった私は、びっくりして声のしたほうを見た。
線路の上に立っていたのは、私とおなじくらいの歳の女の子だった。
「え、あ、うん、そうだけど」
しばしその姿に見とれていた私は、ややあって、そう答えた。
するとその少女は、少し不思議そうな顔をして、こう聞いた。
「でも、どうしてあなたは前しか見ないの?」
「え・・・それは・・・急いでるから・・・」
変なことを聞く子だな、とその時は思った。
彼女は、少し悲しそうな顔をして、言った。
「そう・・・あたしはね、歩いているの」
「え?」
少女は、ふたたび線路を歩き始めた。
「あなたみたいに、なんにも気づかずに、ただ線路をまたいで行ってしまうと・・・
なんだか線路さんがかわいそうだから。だから、歩くの。あたしがずっといっしょに
歩いてあげるの・・・あなたも、気づいてあげて。きっと線路さんは、あなたにお礼
を、してくれるわ・・・」
その言葉を理解しようとしていて、はっと我にかえると、その子はもうどこにもいな
かった。
ただ、乾いた風が線路に沿って吹いていくだけだった。
少女が私の前を通り過ぎるとき、なにかを私に言ってくれた気がしたが、はっきりと
はわからなかった。
私は、少女が歩いて行ったはずの線路に目を移した。
その時私は初めて、線路というものの長さを知った。
稲穂の海原の彼方に延びるそれは、だんだん、だんだん、そして少しづつ、細くなっ
ていって、最後には黒い線、それから点になって地平の向こうに消えていた。
錆色と緑色におおわれた線路の上に、私は立ち尽くした・・・
結局、そんな不思議な事があったおかげで、私はその日父と話をすることができなかっ
たが、後悔などはまったくしなかった。
線路があんな不思議なものだということは、あの頃の私にとってそれほど印象的で、
感動的だったからだ。
もちろん、今でも後悔はしていない。
でも、いまではその理由は変わっていた。
あの少女が私にくれた言葉の意味を、理解したからだ。
夢の中にいたようなあの子は、確かに存在していたと、私は今でも信じている。
あれから、二度と会うことはなかったけれど・・・
そして、最後に彼女が言った言葉、あれはどんな言葉だったのか。
今ではわかる−−−
「そう、急いでいたら何も見えないけれど、ゆっくり歩けば、そこにはたくさんたく
さん、しあわせが落ちているの・・・」
私は夏の線路がくれた素晴らしいお礼を、今もしっかりと瞼に残している。
あとがき
どうですか、理解していただけたでしょうか?
まあ、理解と同調は別のものですから、世の中にはこんな考え方の人もいる、という
ことを知っていただければそれで充分です。
理屈に合ってない部分がややあるかも知れませんが、少々のところは作者自身が承知
してやっていることです。それでも、これは絶対に直さないとダメだ!というところ
があれば、理由と一緒に教えて下さい。
それと共に、ご感想など、お待ちしております。
あなたのお言葉を糧にして、わたしの文章力は向上します(たぶん)。
それでは。