#3004/3137 空中分解2
★タイトル (DRB ) 93/ 3/19 23:32 ( 46)
タイムトラベルのすすめ くり えいた
★内容
タイムトラベルなんて簡単だ。ここだけの話だが、今日はひとつ皆さんに、私が
ひそかに考案したそのやり方をこっそり伝授しよう。まずアルバムからあなたの昔
の写真を取り出して来る。そう、二十年前くらいのがいい。二十年前なんてまだ生
まれてなかったよ、と言う人は十年前でもいい。お年を召した方は五十年前のでも
いい。十代の十年前は五十代の三十年前に相当するからだ。なるべく思い出深い写
真を選ぼう。
その時の自分を取り巻く状況や風景が、鮮明に頭に描ける懐かしい写真というの
は、誰にでも一枚や二枚あるものだ。もっとも、熟練すれば写真なんかなくたって、
出来るようになる。素晴らしい思い出が、ひとつあるだけでいい。
さて、精神を集中出来るように部屋を閉め切って鍵をかけよう。一人きりで落ち
着いて写真を手にするのだ。その写真をよく見て思い出に浸ったなら、目をしっか
り閉じて、その頃を頭の中に描くのだ。さあ私が見本をやってみせよう。
例えば私は今年で三十になる。そしてこの写真は私が十才の頃だ。十才の私。い
やいや、写真に映った自分を思い浮かべているのではない、勘違いしないで欲しい。
十才の自分を他人が見るように眺めても駄目である。そう、十才の自分と今私が私
だと思っている自分を重ねるのである。つまり頭の中で十才の自分にのりうつるの
だ。
当然見えて来るのは十才の私を取り巻く風景の方で、私の全身像ではない。自分
で自分の顔は見えないからね。ほら見えて来た、私の手。小さくて皺が少ないだろ
う。どんなに年をごまかそうとしても、手の皺には如実に年齢が出るという。そし
て膝小僧には赤チン、足には運動靴だ。
人間の脳のある部分には十才の時の自分が必ずそのまま眠っている。脳のその部
分だけ一心に活動させるのだ。他の部分を遮断するのだ。うまくいかなくても焦ら
ないように。時間をかけて心を集中させれば、必ずや若い母親の笑顔が見えたり、
忘れていた幼友達が話しかけてくる。昔住んでいた家の柱の手触りが感じられる。
好きだった給食のシチューの匂いで鼻がムズムズする。
なになに、それは過去の思い出にひたっているだけで、タイムトラベルじゃない
って……最後まで話を聞き給え。ここからが大切だ。
数十分、いや何時間でも良い。そうやって十才の私とそれを取り巻く世界を生き
生きと蘇らせ、その世界に遊ぶのだ。長ければ長いほどいい。存分に遊ぶのだ。
ただし遊びに夢中になっても、ひとつだけ忘れてはいけない事がある。遊び疲れ
た十才の私がつぶやくべき呪文の言葉があるのだ。その呪文を唱えた後に目を開け
る。簡単だ。その呪文の言葉は……
「二十年後の僕はどうなってるんだろう?」
この瞬間に私はゴムに弾かれたパチンコ玉のように、一瞬で二十年後の未来にタ
イムトラベルするのだ。私は三十才になってるはずだ。どうだい、正真正銘の二十
年後の世界だぞ。疑いようもない、本物の二十年後だ。
目を恐る恐る開ける。数十分は目をつぶっていたので涙で目が霞む。写真が見え
る。私だ。そしてその写真を持つ手は、大きくて、まるで皺が多くなって……本当
に皺が多いな。周りは二十年後の私の部屋……青空が見える。
ここは……どこだ……
くり えいた