#2972/3137 空中分解2
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「しんじつのひと」 うちだ
★内容
ACT 1 しんじつのひと VS なかよしおやこ
ガチャアンとちゃぶだいが引っ繰り返される。父親とその息子の幸彦が今にも
つかみ掛からんばかりの勢いで睨みあっている。姉の里子はおろおろと立ち上
がって幸彦の肩のあたりを掴んでいる。とある団地の三階の一室の出来事。
里子「幸彦っ、お父さんになんて事言うの。謝りなさい」
父 「幸彦、おめぇ、も・も・・もういっぺん言ってみろ」
幸彦「何度でも言ってやらあ、てめーがそんなふうに毎日毎日酒ばっかしくらっ
てっからなあ、母ちゃんが苦労して死んだんじゃねーか!!」
父 「このクソガキャー、それが親に向かって言うセリフか!?」
幸彦「うるせえっ! 何度でも言ってやらあ」
父 「誰にここまで育ててもらったと思ってるんでい!」
幸彦「育ててくれなんて言った覚えはないね」
父 「な・な・なんだとー?」
父親、幸彦につかみ掛かる。と、そのとき玄関よりズカズカと上がりこんでく
る目の横に大きなほくろのある中年の男、室内の三人ににこやかにほほ笑む。
里子「あら、まあ、どなたかしら? いらっしゃいませ」
男 「・・・・いやいや、おかまいなく。相変わらずやってますな。
おとりこみのところ、失礼いたします」
父 「てめえは何でェ、靴くらい脱げーっ」
幸彦「おっさん聞いてくれよ、このクソ親父、いっちょまえに父親ずらしやがっ
てよぉー」
父 「他人様に愚痴るなっての、このバカ」
父、ボカリと幸彦の頭を殴る。幸彦、怒ってつかみかかろうとするところを里
子に押さえられる。
男 「いやいや立派な父上ですよ。」
幸彦「何が立派だよ!!!!」
男 「だって普通出来るモンじゃないですよ、いくら好きな女の子供だからっ
て血の繋がりのない君をここまで育ててくれたのだから」
幸彦「・・・・・何?」
父 「お、おめーは何でそんな事を」
幸彦「何だよおっさん、どういう事なんだ? 説明してくれよ」
父 「何でもねえ、聞くな」
幸彦、姉の手をはねのけ、聞かせまいとする父親を制して男の前に出る。
幸彦「いいから聞かせてくれよ」
男 「幸彦くん。君のお母さんは生前、男をつくっては逃げ、捨てられてはま
たこの家に戻り、そんなことを繰り返したあげくに君を生んで亡くなり
ました。幸彦くんはお父さんの話でしかお母さんのことを知らないから、
聖母みたいなイメージがあるのでしょうけどねえ。お姉さんの里子さん
は当時七つですな。多少その辺りの記憶はおありでしょう」
幸彦、里子の顔を見る。里子、黙って目を背ける。
男 「幸彦くん自身もはお父さんに似てないとは思ったことがあるはずです。
幸彦くん、君は吉良の小さな病院でうまれました。お母さんの相手の男
は逃げました。お母さんを探してお父さんはこの病院を捜し当てました。
一年半ぶりに再会したのもつかの間、お母さんはそこで息を引き取られ
ました。残された幸彦くんを引き取っていったのが、さっき君が罵倒し
ていたこのお父さんなんだよ!!」
幸彦、絶句する。父、その後ろでむせび泣いている。
父 「・・・・なぜだ、なぜ今になってそんなことを言うのだ・・・」
男 「だって嘘はいけませんよ」
立ち去る男。わあっと里子の泣く声。立ちつくす幸彦。
二時間経過。場面変わって先程の団地の前のバス停。バスを待つ幸彦、ぽんと
肩をたたかれて振り返る。さきほどの男がそこに立っている・
男 「やあ、幸彦くん。こんな大荷物で、どこへ行くんだい?」
幸彦「決めてない。・・・・だって、やっぱ居られないだろ」
男 「でも今までだってこれからだって、お父さんは君のことは納得して育て
ていたわけだし、君が家を出ることはないでしょう」
幸彦「うん分かってる。何だかんだ言ってケンカばっかしてたけど、俺父ちゃ
んのこと尊敬してたんだ。家はでるけど、俺の親父はやっぱりあの人だ
から俺は忘れないし、俺の帰る場所はあそこだけだけど・・・今は・」
男 「そうですか」
うつむく幸彦。幸彦の肩に手をまわし、話を続ける男。
男 「幸彦くんも十八、そろそろ働いて自分の額に汗してお金を得ることもい
いだろう。世の中には危険も多いし、誘惑もいっぱいだ。だがねえ、幸
彦くん、負けちゃあいけないよ。君のお父さんも死んだお母さんも君の
事を心配しているんだ。ああ、そうそうお姉さんもね、みんな君のこと
心配してくれてるんだよ。私の友人でね、十五で集団就職で上京してね
え、小さな工場で一生懸命働いていた人がいるよ。冬の寒い日なんてね
え、シモヤケで手がぱんぱんに腫れて、それでも」
幸彦の額に脂汗が流れ出る。男の話は続く。
男 「一日も休まなかったんですよ彼は、一日も。辛かったのにねえ、ホント
に。何度も田舎に帰ろと思ったんだって。でもねえ、君、世の中にはもっ
と他にもいろんなことがあるよ。これは私の叔父の親戚の友人にあたる
人の娘さんからきいた話だけど、その人なんて」
幸彦、やにわに手に持っていたスポーツバックを謎の男の頭部に振り降ろす。
不意をくらって倒れる男。
幸彦「てめーに関係あるのかよぉ!!」
バス停にバスが来る。幸彦、振り向かずに乗り込みドアが閉まる。男、腰をさ
すりながらのろのろと立ち上がり、何処へかに去る。バスが発車する。
ACT 2 しんじつのひと VS じつねんふうふ
××病院の一室。入院患者である夫がベットに横たわり、その横にビニール椅
子に座った妻がいる。
妻「まったく心配症なんだから、あなたって人は。何回“胃潰瘍だ”っ言って
言えばきがすむの?」
夫「でもなぁ、こんなもんなのか? 胃潰瘍ってのは」
妻「あなたは今まで病気らしい病気をしたことのない人だからねえ。不安にな
るのも分かるけど、六十歳にもなれば体のあちこちにガタが来るのも当たり
前のことですよ。今回はまあ、ゆっくり休むくらいのつもりでいいんじゃな
いの?」
夫「そうだなあ、でも手術かあ。気が進まんなあ」
そのときがちゃりと病室のドアが開いた。目の横に大きなほくろのある中年の
男が立っている。男が口を開きかける。妻、すかさず手を伸ばして夫のベット
の上の赤いボタンを押す。と、同時に男の足元に穴が開いてその姿は床の下に
消える。床の奈落は何もなかったように、すぐ元どうりになった。
夫「な・なんだなんだ??」
妻「何でもないのよ」
男「嘘はいかーん」
声に振り向く夫婦、窓の外枠に先程の男がしがみついているのを見る。あっけ
にとられる夫。かんぱつ入れず夫のベットの上の黄色いボタンを押す妻。けた
たましいベルの音が鳴り響き、病室のドアから四、五人の看護婦や医師が駆け
付けてくる。彼らは窓を開け男を部屋の中に入れると、その口をガムテープで
塞ぎ、暴れるその体を押さえ付けながらどこかに連れ去っていく。
夫「・・・・・何だったのだ? 今のは」
妻「さあねえ、精神病棟の方じゃないのかしら・・・まあ、細かいことは気に
なさらないで、ゆっくりと眠って下さいな」
夫「そうだな」
目をつむる夫、すやすやと寝息をたてはじめる。安らかな寝顔。その枕元で妻、
ハンカチを取り出し溢れる涙を夫に気付かれぬようそっと拭う。
おわり