#2971/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF ) 93/ 3/11 0:42 (198)
「薄氷の城」2 久作
★内容
やっとこさ会社に着いた頃には、昼休みも終わりに近付いていた。外勤サラ
リィマンの俺にとっても、十五キロの距離はコタえた。オフィスに入ると接客
ソファに集まりウキャウキャ騒いでいた同僚たちが一斉に俺の方を向いた。
「エッ」と思って見回す。視線の方向には俺しかいない。見回した拍子にハン
カチで包んだままの弁当箱を前にした美加がポツンと座っているのが見える。
俺の恋人。まだ清い関係だ。俺の腹の底はヤりたくてヤりたくてショウガナ
イのだけれども、今の処、彼女の意志を尊重して我慢している。ヤった処で所
詮、乳房は二つ穴は一つ、他の女と別段違うモンでもないだろう。神秘の探究
に熱心な童貞少年でもあるまいし、無理してまでヤるこたぁない。所詮、男は
大脳でヤるんだから。接触だけで勃つワケじゃない。あだしごとはさておき。
俺は妙に暗くなっている美加に近付いた。美加は恐れているような、それで
いて待ち受けているような感じでジッと弁当箱を見つめている。俺はトビキリ
の優しい声を絞り出し、
「どぅしたんだい」
「……電話 あったってさ午前中に ケンジ君から」
「えええっっ」
「ええっって やっぱり本当だったのね よりにもよって
男の子を タラシ込むなんて この変態っっ」
美加はマナジリを切り上げて見上げてきた。こりゃ般若の形相だ、などと呑
気に評論している場合じゃない。ヤバイ。
「おい 美加 ちょっと待ってくれ 一体 何を……」
「美加なんて呼ばないで 穢らわしいっ」
食いついてきそうな顔だ。化粧をして、こんな表情をするもんじゃない。余
計に恐ろしい顔になる。ああぁ何を呑気なコトを考えてるんだ。そうじゃない。
「待てよ 研二って男の子は確かに部屋に入り込んでる
そりゃ本当だよ だけど 俺は何もヤマシイことは……」
「ヤマシイことって何よっ」
ヤマシイことって何よとは何だ、そっちがタラシ込むとか変態とか言ったク
セに、とは思ったがオクビにも出さず、
「いや だからさ 俺にも解らないんだ
朝 起きたら部屋に居て 飯を作ってたんだ」
「やっぱり シたんじゃないっ アタシが肉体を開かないからアテツケ?
それとも アタシは稚児さん趣味のカモフラァジュ?
そぉいやヤりたいとは言ってたけど一度も強くは求めてこなかったもんね」
だから嫌なんだ。こっちが美加のためにと思ってしたコトまで一度腹を立て
たら悪印象の“根拠”として使いやがる。このままだと美加は俺についての記
憶を総動員して俺が稚児趣味だと“証明”しかねない。
「あぁ もぉ どぉ言ったら解ってくれるんだよ
だからさぁ関係ないんだから 初めて見る子だよ 本当」
「じゃぁ 追い出してよ 部屋から」
美加の視線が怒ったような意地悪そうな上眼遣いに変わる。
「家出してきたって言うから すぐに追い出すワケには イカナイよ
そうだなぁ一週間 一週間待ってくれっ
きっと追い出すから な 信じてくれよぉ」
「わかったわ 一週間だからね」
美加は乱暴に言葉を投げつけてきた。俺は頷くのが精一杯。美加は弁当箱に
に手を伸ばし、ハンカチの結び目を解きだした。再び顔を上げたと思うと怒鳴
り付けてきた。
「ちょっと イツまで突っ立てんのよ どいてよ お弁当食べるんだからっ」
俺はスゴスゴとオフィスを後にして営業に出掛けた。
終業時刻間際になって武田から呑む誘いの電話があった。なんだか朝のこと
を気にしているみたいだ。そぉだった。アイツのセイで俺は凄くシンドイ目に
遭ったんだ。武田の奢りなら、と承知した。
「よぉ 待ったぞ まぁ駆けつけ三杯」
呑み屋の暖簾をくぐると武田が座敷で鯛の荒煮をつついていた。前に座った
俺に、ちょうしを掲げてくる。
「武田ぁ お前のセイで俺は……」
俺は文句を言い募った。武田は神妙そうな顔をしていたが、こっちの言葉の
合間を捉えて、
「そりゃそうと 研二君のコトだけど」
武田は俺の顔を覗き込みながら言葉をついだ。
「本当に記憶ないのか 前に知り合った子じゃないのか」
「ないよぉ 本当に初めて会った」
「ふぅん でも お前のコト詳しそうだったけどな」
「それが不思議なんだよ」
俺も考え込んだ。武田は眼肉を突っつきながら、
「でも 可愛いよな 一所懸命って感じでさ
お前も男冥利に尽きるんじゃねぇか」
「ああ…… っばっ 馬鹿野郎っ
嬉しいワケねぇじゃねぇか 男の子に惚れられても
だいたい職場にまで電話してきやがって
美加や同僚に白い目で見られてんだぞ ホモだって
男は俺の近くに来なくなったし
女子社員に至っては まるで汚いモノでも見るみたいに」
「ふふん でも可愛いとは思うだろ 研二君のコト
そぉいや 紀子さんに似てるよなぁ」
武田の野郎は俺が高校の頃、片思いしていた上級生の名をゆっくり発音しな
がら俺の顔を盗み見る。
「そぉかぁ でも研二君は男の子だぞ」
一瞬、そぉかな、とも思ったがシャクだからとぼけた。
「でもさ まだ男になりきってないだろ あの年頃は」
「お 俺は あの年頃には女の子とヤりたくて ショウガナカッタぞ」
「無理すんなって お前は 女好きじゃねぇんだから
ワシは お前が稚児さん趣味でも迫害しないから」
「おっお前まで 俺を……」
「で もう一度聞くけど 研二君は可愛いか」
俺はフと研二の顔を思い浮かべてみた。まだ肉の着いていないホッソリした
首筋、あどけなくフックリした赤い頬、円で素直そうな瞳。、スッキリした視
線……。
「あ ああ…… 可愛いっていえば可愛いよな」
「だったらイイじゃないか」
「な 何が」
「お前は 研二君のコトを可愛いと思ってる
研二君も お前を慕ってる どこに不都合がある」
「そ それは そぉかもしれないけど……」
「そぉなんだよっ それとも 研二君を変態扱いするか」
「そ そんな でも 万が一だよ 万が一
俺が研二君を愛していたとしてもだよ 十六ってったら多感な年頃だろ
若気の至りってヤツかもしれないじゃないか
それなのに 取り返しのつかない傷を負わせたら……」
「なぁにを言うかぁ偉そうに 研二君だって立派に個人だ
お前が そんな心配する必要はないっ」
「で でも やっぱり紙一重を超えちゃったら……」
「イイじゃねぇか 超えちゃっても
それほどオオゴトな紙一重じゃねぇだろぉがよぉ 幻だ 幻 単なる幻っ」
俺の頭はなんだかグネグネになってきた。そうかもしれない。俺は間違って
いたのかもしれない。女で研二君みたいに一所懸命になってくれるヤツはいな
かった。研二君こそ、天が俺に配偶した人なのかもしれない。武田が真面目腐
った顔で付け加える。
「あ でも 最後の一枚は超えるなよ」
「え 何」
俺は素直な気持ちになって武田の言葉を受け入れようとしていた。
「最後の一枚ってのはなぁ…… ス・キ・ン」
「ばぁぁかやっろおおおおっっっっ」
俺は飲み屋を飛び出すと足取り重く部屋に戻った。もう十一時を回っていた。
部屋に入ると電気をつけっぱなして、研二がちゃぶ台の前で横になってる。猫
のように丸くなって。ちゃぶ台の上には二人分の食器が並んでいる。俺の帰り
を待ってたらしい。覗き込むと睫毛がウッスラ濡れている。ヨク見ると確かに、
紀子さんに似ていた。なんだか愛しくタマラナクなった。うわぁぁぁっっっと。
あぁビックリした。研二が急に目を開けたのだ。
「あれ 帰ってたの すぐオカズあっためるから
あれぇ 酒くさぁい 呑んで来たんだ お茶漬けにしよぉか」
「いや 食う ……全部 食う」
あぐらをかいた俺は決然として言い放った。多少、ロレツは回っていなかっ
たかもしれないが、とにかく決然と言い放った。研二が作ってくれたんだ。
「え あ もぉ 酔っぱらってんの 変なコト言って
お酒 強くないんだから……」
研二はニコニコしながら俺の顔を面白そうに覗き込んだ。酒に強くない、か。
研二が俺のことに詳しいのが、ごく当たり前のコトに思えている。愛とは知り
たい、という気持ち。知りたいとは、所有したいという欲望。所有の欲望とは、
一つになることへの意志。一つになる……、一つになる……。
「あっ あああっっ 幸一さん お 重い 重いよぉ」
組み敷いた研二の薄い肩が苦しげに波打っている。スゥと石鹸の香りがした。
俺は首筋の滑らかな肌へと甘く噛みついた。
「こっ幸一さんっ 駄目だよ そ そんな やっヤだっ 嫌だよぉぉぉっっ」
研二は必死になってモガき、俺の体を押し返そうとする。俺は構わず研二の
着ているトレェナァを脱がしにかかった。まだ薄くしか肉着いていないシナヤ
カな裸身が露わになっていく。ピンポォン。わぁぁおおぅぅぅっっっ。なっな
んだ、こんな時間に。電報か。ちきしょおっ、イイ所なのに。とは思ったが仕
方なく、俺はドアに向かった。ドアを開けると、
「ごめん こんな時間に……」
「みっ 美加っっ あ あの その ど どぉしたんだ」
「いい ちょっとだけ すぐ帰るから」
なんだか思いつめた表情だ。憔悴した表情。さては妄想に妄想を重ね、独り
でグネグネ考え込んだに違いない。
「あ ああ イイけど……」
美加は固定した表情のまま俯き、上がってきた。擦れ違いザマに殺気すら感
じる。
「あ あの 珈琲はブラックだったよね」
とかなんとかワザと明るい声で俺は叫んで、ヤカンを調理機の上に載っけた。
あっちゃぁぁ。美加が座敷の入り口で仁王立ちになっている。上がった肩、強
張った肢体の輪郭がヒクヒクと微かに震えている。向かい合った形で見上げて
いる研二の顔が見える。あきらかに怯えている。これはソートー恐ろしい形相
をしているに違いない。できれば俺は見たくない。息を大きく吸い込んだのか
美加の胸がスゥゥと膨らむ。なるほど。女性は胸式呼吸をすると保健体育で習
ったよな。ってソンナことを言ってる場合じゃない。あああああ、どぉしよう。
俺はドッチの味方をすればイイんだ。ううううう。と思いを巡らせたのはコン
マ数秒の間のことだった。
「けんじっっ こんな所で何してんのっっ」
「姉さん ど どぉしてココへ……」
「ケンジって 研二のことだったのねぇっ
また学校の寮を抜け出したのね このっ このっ」
「ああああ ゴメンよぉ ゴメンよぉ」
あららららら。美加が丸く縮こまった研二に殴る蹴るの暴行を加えている。
とりあえずココは研二を助けよう。暴力はいけない。美加を羽交い締めにして
説得を試みる。
「おい 美加 無抵抗の男の子にナンてことするんだ」
「なによ 他人は引っ込んでなさいよっ」
「た 他人……」
一瞬、俺の腕の力が抜けた。美加はスルリと抜け出し研二を抑えつけた。
「見なさいよ この子は こぉされて悦んでいるのよっ」
美加に押し開かれた股間には……、モッコリ。研二は頬を染め恥じらいなが
ら、くすんくすん、と鼻を鳴らしている。えええええぇぇぇぇぇ??????
知らなかったよ。美加がサディスチン、しかも実の弟を痛ぶって悦んでたな
んて。そりゃまぁ、あんなに奇麗な弟だから、構いたくなるのは解るけどさ。
だからってソの弟とSMごっこはないじゃない。危ないところだった。マジで
結婚考えてたもんな。美加との。え? 美加と別れたのかって。当然でしょ。
あんな変態とは付き合いきれない。研二君も研二君だよな。俺をソの気にさせ
といて。実は姉を奪われないための、お芝居だったてぇんだから。ホモの噂を
立てて遠ざけようとしたってのが真相だったんだ。あの後、泣きながら美加に
白状してた。馬鹿にしてるよね。……でも、押し倒した時、賢二君の体も確か
に明らかな反応を見せてたんだけどなぁ。もしかしたら、本当は……。
え、俺? 元気だよ。今じゃスッカリ落ち着いて、トッカエヒッカエ、充実
した日々を送ってるってところ。いやぁ、目覚めちゃって。美少年に。昨日も
可愛い男の子を……、へへへ。電話じゃソンナこと言えないよ。
あ、ところで、今から呑みに来ない? なんだよ、忙しいのか。イイじゃな
いか、久し振りだろ。え、店は高いよ。ウチで呑んだ方が安くだろ。え、イイ
じゃないか。明日出来る仕事は明日に回す。これが労働者のあるべき姿なんだ
から。えっ、おいっ、武田っ。あれぇ、切っちまいやがった。アイツ最近、付
き合い悪いよなぁ。
*冒頭の言葉には深い意味はありません。悪しからず。 (お粗末)