AWC 「薄氷の城」1           久作-


        
#2970/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF     )  93/ 3/11   0:37  (168)
「薄氷の城」1           久作-
★内容

人は皆、薄氷に建った城で暮らしている。
いつ破れるかもしれぬ地平を、恐る恐る歩き回りながら、
氷を踏み破り湖底に沈みゆく者を、指差し嘲笑う。「あいつは もお ダメだ」。
やがて春の陽が降り注げば、すべてが湖底に没し去るとも知らずに。
人は皆、薄氷の城で暮らしている。
小さく震えながら、歯の根も凍る寒さに耐え、耐えられず氷を踏み破る者を嘲笑う。
踏み破る者への侮蔑は城の王に教え込まれただけのもの。自然な感情ではない。
本当は、水の中の方が温かいのだから……


 「ん んんん んんーー」
 目が覚めた。壮快な朝だ。少し寒いようだが、なぁにコのくらいの方が、キ
リリと意識が引き締まる。えいっ。掛け声とともに起き上がった。
 「あ 起きた?」
 「ああ 気持ちいい朝だ ……ん おっ おいっ 君はっ」
 台所に十六ぐらいの少年が立ち、カイガイしく何やら作っている。しばらく
嗅いだことのない、味噌汁の臭い。俺はトッサに部屋を見回した。九八のEX
君がいる。「じゃりン子チエ」全巻がカラァ・ボックスに並んでいる。どうや
ら俺の部屋に違いはない。だとしたら、あの見覚えの無い少年は何者だ? 少
年は上機嫌で卵をトいている。
 「あ あの 君……」
 「ふふっ 君だってぇ
  ゆうべは研二って呼び捨てにしたクセに」
 「あ ああ 研二くん か あの 君は一体……」
 「もぉ トボけちゃって 照れてるの 歳の割に可愛いね
  ゆうべは あんなに激しく……」
 「おっ おいっ 激しくナンだっ 激しくナニをしたっていうんだっ」
 「そこまでトボけたら嫌味だよ さあさ 布団を上げて  仕事に遅れるよ」
 チョッと待ってくれ。俺は一体、何をしたっていうんだ。何も心当たりがな
い。ゆうべは酔っぱらってたワケでなし、十一時ごろビデオを見終わって寝た
だけだぞ。一体、あの見たこともない少年と何をしたっていうんだ。激しく何
をしたっていうんだ。オイ。激しく酒を呑んだ? 違うな。激しくファミコン
対決をした。馬鹿。俺はソンナもの持ってないじゃないか。激しく喧嘩した。
それで頭を打って少し記憶が抜け落ちた。マトモそうな仮説だが、じゃ、ナン
デ少年が朝飯を作ってるんだ。
 「ナニぼぉっとしてるんだよぉ さあ 早く布団を上げて
  チャブ台出しなよぉ オムレツは熱々じゃなきゃ美味しくないんだからね」
 急かされて、とりあえず俺は布団を上げチャブ台を出した。調子が狂ってい
る。嫌なモノが目に付いた。丸まった使用後のティッシュが五つ六つ畳の上に
落ちている。おかしい。ゆうべ寝る時にはなかったはずだ。
 「さあ 朝御飯だよ」
 ニコニコした少年が盆の上にイロイロ並べて台所から出てきた。オムレツと
味噌汁とサラダ。なんだか急に十年ほど時間が遡ったような気がする。初めて
の女と寝たとき、そういえば暫く上げ膳下げ膳してくれたっけ。ほのぼのとし
た気分になった。が、妙にイヤァな予感も立ち上った。
 「あ 捨ててないの ティッシュ?」
 研二とかいう少年は急にキマリ悪そうな顔になった。よく見るとナカナカの
美少年だ。地黒かもしれないがオリィブ色の滑らかな肌は艶がある。まだ少し
フックリとしたアドケナイ頬に囲まれた唇は朱く、これぞ紅顔の美少年。二重
の目はクリッとしていて素直そうだ。烏眼勝ち。
 「ボクのもあるけど 幸一さんのもあるんだからね」
 俯いたままに少年はモゴモゴ文句たらしく言う。頬に赤みが差している。俺
は仕方なしにティッシュを拾い集めた。薄いティッシュを通して冷たいドロリ
とした感触が指に伝わる。げえぇ気持ち悪ぃ。
 腹が減っていたので疑問はいったん棚に上げといて飯を食うことにした。無
言のまま飯を食った。ムッツリした俺を心配げな顔でチラチラ見ながら少年も
モグモグ飯を食っている。食い終わって腹が満ちてくると、今度は腹が立って
きた。旨かったから、なおさら腹が立った。何故、コイツが部屋にいて、何故、
使用後のティッシュが散乱し、何故、コイツは俺の名前が幸一だと知っていて、
何故、俺の好きなオムレツの焼き加減を知っているのか、ちきしょおっっ、ち
ょっとトロリとして旨いじゃねぇかぁぁっっそれから、それから、えぇと、何
故、今朝はコンナに寒いのか、それから……、とにかく俺は森羅万象全般にわ
たって腹を立てていた。朝だから腹の下の辺りも勃ててもいた。
 「だいたい 君は何故 この部屋にいるんだ」
 「ヒドイ 出したから出てけって言うんだ そんな人だとは思わなかった」
 少年は唇を噛み締め恨みがましい顔になる。
 「え いや ちょっと待て あのぉ 確認したいんだけどぉ 俺 あの…
  もしかして君と 何といぅか その もしかして ヤッたのか…な?」
 「ヒドイっ そうやってトボけて 覚えがないって言うの
  僕 初めてだったのに 女の子と付き合ったこともないのに
  幸一さんが 無理矢理に………」
 少年はキッと俺を睨んで言い募ろうとした。
 「だぁぁぁっっ みなまで言うな みなまで
  いや まぁ その なんだ 過ちは誰にでもある
  うむ 青春は過ちの連続だ 俺もそうだった
  ……といぅワケでだなぁ いつまでもクヨクヨしてても 詰まらん
  今日はオトナシク家に帰りなさい」
 「そ そんな…… そんな もう帰る家なんて
  幸一さんとなら死んでもイイと思って家出したのに
  今さら 帰れだなんて ううっうううっ」
 「いま 待て 待て すぐに出ていけとは言わん
  あぁ もぉ 泣くなよ まぁ 落ち着くまで いてもイイよ
  ちきしょおっ ナンデ俺が こーゆー目に……」
 「こーゆー目って 僕だって 凄く痛かったんだからね」
 「え 痛いって あの その えと
  俺って そんなことまでしたの? あっちゃぁぁっ」
 「そうだよ 凄く痛かったんだからね 痛くて痛くて
  ……でも そのことで恨んでなんかないよ
  僕…… 幸一さんのこと…… 愛してるもん」
 少年は真っ赤になったかと思うと俯いた。

 俺は頭がヘロヘロになりながら会社に向かった。出掛けに大家には「弟を暫
く引き取るから宜しく」と挨拶しておいた。大家はニコニコ顔で請け負った。
ナニセ、俺が女を部屋に連れ込むのを快く思っていなかったようだから。「弟」
が抑止力として働くと思ったに違いない。知らぬが仏とは、このことだ。
 バスを待って立っていると武田がやって来るのが見えた。武田は高校の同級
生だが伊予新聞という地方紙の記者をしている。同じアパァトに済んでいるか
ら今でもヨク行き来している。よかった。こいつなら相談ができると思って近
付くと、武田も気が付いてニヤニヤしながら寄ってきた。
 「よお 松本 へへへ 脂の抜け切ったエエ顔してるじゃないか」
 「あん そうか?」
 「美少年を連れ込んで…… まぁ ワシは人の好みに口出しはしないよ
  相手が痩せてようと太っていようと 男でも女でも
  だけど バレたらヤバイぞぉ 美加さんに」
 「た 武田っ おっ お前っ……」
 「おおっと ゴマ化されないぞ 隠すなよ 水臭い
  さっきアパァトを出る時 研二君に会ったんだから」
 「おっおいっ 会ったって?」
 「今日はゴミの日だろ アパァトを出る時
  ゴミ袋を持った十六ぐらいの少年が近付いてきて
  『武田さんですか?』って話かけてきてな」
 「話かけてきたぁ?」
 武田の野郎はニヤニヤ笑いながら話を続けた。
 「ああ それで『幸一さんから いつも聞かされてます』
  って言ってさ 親戚か何かかなと思って聞いたら
  悪ビレもせず『恋人』です だってよ ははははは
  いやぁ ハッキリしたイイ子じゃないか」
 「お お前 それで……」
 「それでって まぁ 驚いたから喉とか胸とか股とかに
  自然と目がイクわいな」
 「そ それで それで お前が見ても男だったか?」
 「決まってるだろ 男なんだから
  ははあ 女に化けさせた積もりだったのか?
  ありゃ どう見ても男の子だぞ
  ただし そこらの女の子より奇麗な子ではあったけどな」
 「ちょっ ちょっと待ってくれ な 待ってくれ
  あ そうだ お前 変なモンに俺より理解があるよな
  譲ってやる ノシつけて あの子 譲ってやるよ な」
 「譲るって 君 子供とはいえ 人間を粗末にしちゃぁ イカンねぇ」
 武田の馬鹿野郎はワザと丁寧な口調でトロトロ喋った。
 「だからぁ 信じてくれよ あの子とは何もなかったんだ」
 「でも 腰さすってたから どうしたのか訊いたら
  『だって 幸一さん激しいんだもん』って頬を赤らめたぞ」
 俺は思わず朝のバス停で絶叫していた。
 「サギだぁぁぁぁぁ 嘘だよ 嘘っ お前 新聞記者だろ
  そんな根も葉もない話を信じるのか
  いや お前は親友だろ 十年以上前からの親友じゃないか
  その親友が どれほどスケベェか知ってるだろ な?」
 「えぇと そぉいや お前 女の子と話すのを
  異常に怖がってなかったか それでイツモ俺の所に……
  お前 まさかっ まさか ワシのコトを……
  そおかぁ 気付かなくて済まなかった」
 武田の糞野郎は急に真面目な顔になった。
 「だがなぁ 松本 ワシには既に婚約者がいるんだ
  もう 少し早くワシが気付いていれば……
  済まない 本当に 済まない…………
  そういや あの子 若い頃のワシとそっくりだしなぁ」
 武田のクソタァケは妙に深刻な顔をして俯き「済まない」の後に三点を四つ
も付けやがった。俺は我を忘れて叫んだ。
 「馬鹿野郎っ 研二は お前みたいに農耕民族丸出しの
  横幅ったゴツゴツ体型じゃないぞっ この五頭身半男っ
  それになんだい その一重の釣り三白眼はっ
  ゴジラの方が円らな目をしてらぁ
  鼻だって広がりクサリやがって
  ゴリラの方が鼻筋通ってるぞっ 研二と月とスッポン
  いやさ 月とウスラゲモンガァだぁぁっっ」
 「ウスラゲモンガァ?」
 「ええいっっ どけっ お前なんか もお絶交だ
  ぺぺぺぺぺぺぺぺっっっ」
 俺は悔しくて悲しくて腹が立っていたのでバスを待たずに一直線に歩き出し
た。背後から武田のポンケカスバカが声を掛けクサリやがった。
 「おぉい 松本ぉ バスが来たぞぉ 戻ってこーい
  もぉ カラカわないからさぁ おーい 松本ーー」
 ホンの少しだけ笑って駆け戻ろうかなとは思ったが、ナンダカきまりが悪く
て、俺はズンズンズンズン真直に歩き続けた。

                                                     (続くよん)




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