AWC ルーペの向こう側 8    永山


        
#2966/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 3/10   8:54  (200)
ルーペの向こう側 8    永山
★内容
殺人者は光より速い(承前) 匿名作家
「どうしたの?」
 会社から一人で帰宅する途中、なつきは、道端にしゃがみ込んでいる男に声
をかけた。普通ならそんなことはしないだろうが、近頃の彼女は、職場関係で
滅入っていた。そのせいかもしれない。
「コンタクト、落としたらしくて」
 振り向いた男は、まだ子供だった。暗くて気付かなかったが、よく見ると、
学生服を着ている。高校生らしい。
「コンタクト? こんな暗がりで落としたの?」
 なつきの声に黙ってうなずいた相手は、また探し始めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。懐中電灯、持って来て上げるから。少しは探し
易くなるでしょ」
 なつきはそう言うと、家に走った。目的の物を手にすると、取って返す。
「どう? 見つかりそう?」
 思わず、目を凝らしながら問いかける。
「……あった」
 右手を、注意深げに、地面すれすれに動かしていた高校生は、ゆっくりと右
手を上げた。その指先にコンタクトレンズがあった。
「よかった。片方だけ? もう大丈夫ね?」
「ありがとうございます。あの、何かお礼をしたいんですが」
 切れ長の目をこちらに向けながら、高校生は言った。意外と、慣れた口調で
ある。
「な……。あのね、そんなこと、別にいいのよ。懐中電灯、貸しただけだし」
「気がすまないんです、それじゃあ。せめて、お茶でも」
「あなた、ひょっとして、新手のナンパ? 高校生みたいだけど、こんな暗く
なるまで、何してたのかしら」
 少しにらみつけるようにしてやると、相手は少し顔を下にそらした。
「ナンパじゃないよ。でも、あなたが目的だったことは間違いないんだ、角滝
なつきさん」
 この子、私の名前を知ってる……?
 なつきがあっけに取られていると、相手はさらに続けた。
「保宮、森里保宮とは、どんな関係なの?」
「……あなた、名前は? どうしてそんなことを聞きたがるの?」
「タケオだよ。保宮とつき合ってるんなら、もうよしといた方がいい。あいつ
は危ない男だ」
 タケオは真剣な顔をなつきに向け、低い声で言った。
「何のことよ? 保宮さんとどんな関係があるの、あなたは?」
「……いいから、言うことを聞くのが身のためだよ。まさか、あなたは共犯者
じゃないんでしょう?」
 共犯者? 訳の分からない言葉に、なつきは混乱していた。
「ほんとに、何のこと? マスコミ関係のバイトでもしてるの?」
「そんな浮ついたもんじゃない。命に関わるかもしれないんだ、あなたのね。
気になるんなら、保宮の最初の妻がどうなったか、調べるといい。
 そうだなあ、もし、保宮って男の正体が分かったら、連絡してよ。電話番号」
 そう言うと、タケオは手帳を一枚破り、それに数字を書き込むと、なつきに
手渡してきた。そして、くるりと向きを変え、逃げるように行ってしまった。
「……何のこと……?」

 タケオと名乗る高校生に言われたことが気になって、なつきは仕事が手につ
かなかった。
 それで、調べてみようという気になったのだが、直接、森里保宮に聞く訳に
もいかない。かと言って、仕事仲間に協力を頼むのも、何かいらぬ疑いを招き
そうだった。一人で調べるしかなさそうだった。
 暇を見つけて、なつきは保宮のプロフィールを探った。著書にある紹介では、
「……大手家電メーカーに十年間勤めた後、一念発起して推理作家を志す。退
職三年目にして『花嫁の行方』で第6回クライムストーリー新人賞・長編部門
を受賞。代表作は……」となっている。
 なつきは、保宮の年齢を換算した。三十三才で会社を辞めて、その三年後に
デビュー。確か、受賞の年に、亡くなった寛子さんと結婚したはず。そうなる
と、最初の奥さんというのは、サラリーマン時代の保宮とつながってきそうだ。
 どこに勤めていたかをはっきりさせるため、なつきは「クライムストーリー」
のバックナンバーをあたった。受賞作発表の号に、プロフィールが詳しく載っ
ていたことを思い出したのだ。
「JCNだったのね」
 家電というほど大ざっぱなメーカーではなく、コンピュータ中心の企業だっ
た。ここに問い合わせれば、何か分かるかもしれない。
「はい、JCN広報部ですが」
「こちら、S社出版の『月刊クライムストーリー』、角滝という者ですが、少
し教えていただきたいことがあって、お電話させていただきました」
 取材を装っているが、やはり緊張して声が震えそうになる。それをぐっとこ
らえる。
「何でしょうか?」
「作家の森里保宮がそちらの社員だったことは、ご存知でしょうか?」
「はい。かなり前ですが」
「辞めた理由は、何だったんでしょう? こちらでは作家に転身したいためだ
けとなっていますけど……」
「あの、プライベートに関することですから、あまりお話しできないんですが」
 応対する女性の感じから、これは何かあったんだと分かった。
「それは承知しております。森里先生の了解は、こちらで得ていますから、支
障のない範囲でお話し願えないでしょうか? 全集出版の関係で、必要なんで
す」
「そういうことでしたら……」
 仕事だということを強調してみせると、相手は納得してくれたようだ。
「これは有名な話で、調べなくても分かるんですが、実はその当時、森里さん
は奥さんを亡くされたんです」
「亡くされた。それは、最初の奥さんのことですね?」
 飽くまでも、知っていることを確認しているかのように聞き返すなつき。
「そうです」
「どのような亡くなり方だったんでしょうか?」
「自殺だったそうです。それが元で森里さん、いづらくなったようでした」
「そうですか。どうもありがとうございました。また何か、お電話するような
ことがあるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「いえ、どういたしまして」
 電話を切ると、なつきはメモを眺めた。
 今度は当時の新聞をあたってみよう。そう決心した。

「ねえ、森里先生」
 ベッドに腰掛けて、なつきは口を開いた。
「今更、先生はないだろう。保宮とでもしといてくれ」
 なつきの隣に腰を下ろした保宮は、わざとらしい驚き顔で、言ってみせた。
 場所はあの別荘。ようやくほとぼりも冷めたとし、保宮となつきは逢瀬を遂
げようとしていた。
「じゃあ、保宮さん。私ね、一つ、いいトリックを考えたの」
「トリック? 何だ、仕事の話かい?」
「そうよ。どうかしら、今度の作品に使えない?」
「とにかく、聞いてみないとな」
「聞いてくれる?」
 なつきは、酒のグラスを二つ、手に取り、一つを相手に渡しながら言った。
「ああ、いいとも。夜は長いんだし」
「考えたのはね、アリバイ物なの。そうねえ、犯人は、偽アリバイの証人に異
性を選ぶのがいいわ。まあ、ここでは犯人を男、証言者を女にするわね。もち
ろん、二人は肉体関係がある。
 犯人の男は、行為の後、女と一緒に寝るふりをするの。それで、女が熟睡に
なったのを見計らって、ある細工をする」
「どんな細工だね?」
「時計をいじるの。そうね、眠ったのが午前二時ぐらいだとすると、六時頃が
いいかしら。午前六時ぐらいに時計をずらしておいて、女を起こす。女は時計
を見て、朝だと思い込む」
「それはどうかな。当然、外は暗いんだろう?」
「そうそう。忘れてたわ。犯人は、窓の外が明るくなってるように見せかける
ため、強烈な光をあてるの。光源は何でもいいの、とにかく強いライトね。こ
れで窓にカーテンを引いとけば、朝だと思い込んでも、おかしくないじゃない。
 で、男は女に何か飲物を勧めるんだけど、それには眠り薬が入ってるの。そ
うなると、ただでさえ眠い女は、一層深く寝入っちゃうわ。
 再び女を寝かしつけると、男は車を飛ばして殺したい相手の家に行く。殺害
後、急いで女のところに戻り、今度は時計を戻した上で、女を起こすの。これ
で、女は−−」
「やめるんだ!」
 不意に、森里保宮が叫んだ。
「どうして? いいトリックじゃないかしら?」
「何が言いたいんだ。え? 俺に対する当てつけか?」
 言葉が荒っぽい。
「何のこと……」
「とぼけるな! 今、君が言ったのは、この間、寛子が死んだときと同じ状況
じゃないか。折角、こう可愛がってやろうと思っていたのに、何てことを考え
るんだね」
 そう言うと、保宮はガウンの帯をちぎり取り、両手で構えた。
「何をする気?」
「こちらが聞きたいな。そんなトリックを、とくとくと聞かせて。恐喝でもす
るつもりだったのか? そんなことしなくても、大事にしてやったのにな。も
う、これまでだ」
 保宮は言うと、なつきの首に帯をかけようとした。
「殺してやる、寛子らと同じようにな。ここは、山の中だ。どこにでも遺体の
始末はできる」
 が、その身体は、急に動きを止めた。
「……? 何だ、頭が……」
 言葉が終わらない内に、保宮はなつきにもたれ掛かるようにして、寝入って
しまった。
「……」
 なつきは黙って保宮を避けた。
「うまくいったようだね」
 若い男の声。部屋の入口には、いつの間にかタケオが立っていた。
「眠り薬って、早く効くのがあるのね」
 と、保宮が手にしていたグラスを振ったなつき。
「そう。恐らく、あなたが飲まされたのも同じ種類だよ」
「テープにちゃんと、録音できてるといいんだけど」
 なつきは、ガウンの内から小型のテープレコーダーを取り出し、しばらく巻
き戻してから、再生した。
「……殺してやる、寛子らと同じようにな。ここは……」
 さきほどの保宮の言葉だった。
「これでいいの?」
「上等。これなら、保宮を警察に引き渡せる」
 タケオは満足そうに言った。
「少し、裏の方を見たんだけど、強烈な光ってのは、撮影用のライトでやった
みたいだ」
「そうか。カメラの道具一式、こっちに運んだんだわ……」
「とにかく、なつきさんのおかげです。僕を信用してくれて」
「うん、この人、本当に不自然な過去を持ってたんだもの」
 なつきは言いながら、新聞を調べて分かったことを思い出していた。
 森里保宮は最初の妻・鬼馬村恵美子も、二度目の寛子と同じ様な「自殺」で
亡くしていた。最初の事件でも保宮はアリバイを持ち、そのアリバイは、なつ
きが証言したようなものと同じだったのだ。しかも、その証言者が二度目の妻
となった寛子だったのだ。
 今度、寛子を殺すことで大きな財産を手にした保宮は、いずれなつきと結婚
し、莫大な生命保険をかけ、どこからかアリバイ証人を見つけてから、自殺に
見せかけた殺人を実行するつもりだと推測されたのだ。
「じゃ、警察に電話するよ」
「待って」
 部屋を出ようとするタケオを、なつきは呼び止めた。
「何か?」
「あなた、何者なの? 保宮が危険な男だって知っていて、憎んでいたみたい
だけど、どうして高校生がそこまで……」
「……こいつの最初の妻って、僕の従姉妹だったんだ」
「え?」
「僕の名前は、鬼馬村武郎。好きだったんだ、恵美子さんのこと。でも、あん
な死に方をして……。信じられなくて調べてみたんだ。そうしたら、不審な点
が出てきて、何となくアリバイトリックも分かった。
 そこへ持ってきて、二人目の奥さんも殺されてしまった。これはいけないと
思ってね。三人目、なつきさんを殺されたくなかったんだ」
 そう言うと、武郎は部屋を出て行った。

 結局、なつきは職場を辞めた。前にも増して、芸能週刊誌に写真が載ること
が多くなったが、どうせしばらくの間だけだろう。一度目で慣れていたので、
何とか耐えられそうだった。
 なつきはそれから、鬼馬村恵美子の写真を後に見せてもらった。それは、ど
ことなくなつきと似た笑顔を持つ女性だった。
                                −終−


−続く




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