#2967/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 93/ 3/10 8:57 (119)
ルーペの向こう側 9 永山
★内容
「いかがでしたか?」
奥原部長が、目の前の名誉顧問に対して言った。日を改めて訪れた今回は、
奥原さんと三回生の三人で来たの。
「ああ、会誌ね。読ませてもらったよ。うん、まあまあ、よくできてるけれど
……」
煮え切らない言い方の山元顧問。テーブルには、「ルーペ」の創刊号が置い
てある。
「えっと、玉置君、来てる?」
「私ですが」
ミエが軽く手を挙げるようにして、答えた。
「この『奇妙な料理』って短編だけど、君が書いたんだね?」
「はい。『特別料理』と同じネタですから、あまり気に入ってないんですけど、
時間がなくて」
「いや、それをとがめてるんじゃない。ここに出てくる登場人物の名前がね」
「あ、そう言えば、『山元』って先生の名前でした」
口に手をあて、驚いた表情になるミエ。
「そうなんだ。これ、何か意味があるのかな?」
「とんでもないです! たまたま、思い付いただけで、『本』の字を使った普
通の『山本』だと面白くないかなって思ったものですから」
「それがね、他の登場人物も、私が知っている人にいるんだよ。思い出したく
ないんだが、月谷は私の秘書だった女性で、この間、自殺してしまった人だ」
「そうだったんですか……」
「それに、根室っていうのも、私の友人にいる。月谷さんが亡くなったとき、
私のアリバイの証言をしてくれたんだ」
「はあ……。偶然って、恐いんですね」
山元顧問は、そう言うミエをしばらくの間、黙って見つめた。
「ま、大したことじゃないな。で、次は、このゲストとして書いてる匿名作家
だが、これ、誰だか教えてくれないかね?」
「いや、それはできないんです。どうしても名前は明かしたくない、匿名なら
作品を書いてやるって言ってきたものですから」
部長が答える。
「名誉顧問の私にでも、だめかね?」
「ええ。約束させられましたんで」
「ふむ……。まさか、君達の誰かが、別人のふりを装ってるなんてことは……」
「はは、ありませんよ」
奥原先輩は、笑い声を上げた。
「そうかね。うん、そうだろうな」
何となく、まだ匿名作家に関して聞きたそうな山元顧問。
それを遮断する形で、あたしは口を開いた。
「あの、犯人当て、どうでした? 分かりましたか?」
「ん? 何だって?」
あれだけ挑戦的な言い方をしたのに、聞いてくれてなかったみたいね。
「最初の犯人当て、犯人が分かっちゃったでしょうか?」
「あ、ああ。あれ、君が書いたのか、えーっと」
「香田です」
「そう、香田君だ。うむ、よくできてた。ぼんやりとは分かったがね、決め手
がないんだなあ。ずばり言うと、ある人物が、**でないことがポイントだろ
う? どうかね?」
(注意:**は犯人当てのポイントとなっていますので、ふせています)
「さすが、推理作家。当たってますわ。でも、ちゃんと決め手もあります。そ
の人物は、矛盾したことをやってますから」
「ほう。それじゃあ、もう一度、読み直さないといかんなあ」
苦笑する推理作家。それを見て、あたしは少し、得意な気分になった。
「どうだろう、奥原君。本当に、教えてくれないだろうか、匿名作家のこと」
また話題を戻した。
「何度、言われてもだめなんです。約束してしまいましたから」
「意志が堅いんだなあ。いや、最近の若者には珍しくて結構だな」
それからしばらく、雑談をしてから、あたし達は辞去させてもらった。
「あれからどうなんです、反応は?」
副部長になったミエが、奥原先輩に聞いた。今、部室には推理研のメンバー
しかいない。
「ある。しつこいくらいに続いたさ。匿名作家の正体を教えろってね。何度も
ハガキをよこすし、差出人の名前のない封書もあった」
「差出人のない?」
あたしは、おうむ返しに口に出した。
「ああ。恐らく、山元博史だよ。匿名作家の正体を教えろって、ワープロで書
かれた脅迫まがいの文章だったが、使用語彙が小説とそっくりなんだ」
「そこまでやるってことは、やっぱり、山元が犯人……?」
剣持が、恐る恐るではあるが、はっきりと言った。
「うん。秘書が『自殺』したときに、別荘にいたというアリバイは、あの匿名
作家が書いたことになっている作品でのアリバイと、そっくり同じだからな。
まず、同じアリバイトリックを用いたに違いない」
「アリバイトリックを見破った匿名の奴は誰か、気になったので、それだけ執
拗に聞いてきたんですね」
本山が、無表情なまま発言した。
「そうだろうな。あの人が殺人をやったのなら、こう考えただろう。『この匿
名作家は、私の犯罪を見破っている。私のことを脅すつもりで、私が名誉顧問
をしている推理研の会誌を通じて、こんな短編小説を読ませようとしているに
違いない。いったい、誰なんだ、こいつは?』とでもな。
顧問、他にも、『奇妙な料理』の登場人物についても、聞いてきたからな。
あのショートの名前と、実際の事件の被害者・加害者は、一致しているはずさ」
「あの犯人当て、山元博史が女装をしたんだろうってことを暗示したつもりだ
ったけど、そこまでは気付かなかったみたいなのよね」
あたしは、がっかりしてみせた。
「ま、あれは導入みたいなものだからなあ。それを言うなら、玉置のエッセイ
の方だって、何も気付いてないだろう」
部長が、ミエの方を見ながら言った。
ミエが書いた「たかが本格されど……」に、どんな秘密があったのか? ほ
んのお遊びみたいなものだけれど、段落の最初の文字を拾っていけば、ホシハ
ヤマモト、つまり、犯人(ホシ)は山元となる訳。
他にも仕掛はあって、本山永矢の「カーターディクスンを読んだ男」では、
犯人が用いたであろう、遺書の偽造トリックを記している。推理作家と秘書の
関係を、大学教授と秘書との関係に置き換えただけで、あたしに言わせると、
ストレートすぎるけれどね。
この偽造トリックは、実は山元博史の秘書が「自殺」したとされる事件につ
いても、噂されていた。ただ、問題の遺書は、ちゃんとした便箋に書かれてい
たので、原稿の清書説は忘れられたんだけれど……。
これは想像なんだけれど、恐らく、山元は手書き原稿を秘書宛てに郵送し、
清書して送り返してくれと言ったんだと思う。もちろん、便箋に書いてくれと
添えて。
「これで、心証はできたな。警察に話せば、充分、再調査すべきものとして取
り上げてくれるさ。急げば、プリンタのインクリボンに脅迫状の内容が残って
いるはずだ」
部長はこう言うと、立ち上がった。
「匿名作家が書いたことになってるあの作品、奥原先輩のだと、よくばれませ
んでしたよね? 昔、原稿を山元博史に見てもらってたんでしょう?」
剣持が聞いた。
すると、部長は扉を半開きにしたまま、振り返った。
「そりゃ、相手と違って、使用語彙は変えたさ。それに、その当時と比べりゃ、
俺もいくらか進歩してるしな。アリバイ崩しが好きなのだけは、変わってない
が」
部長は薄笑いを浮かべると、かつての事件で知り合った平成警部に連絡する
ためだろう、廊下に出た。階段をかけ降りて行く音が聞こえた。
−終わり
*作中の犯人当てについている懸賞は、実際には行いません。あしからず。