#2965/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 93/ 3/10 8:51 (200)
ルーペの向こう側 7 永山
★内容
舞台裏からマジシャンを 剣持絹夫
優れたミステリーとマジックは、共に人を驚かせ、酔わせる点で似ている。
どこかで聞いたような台詞ですが、この立場から、マジックの種明しを受け持
つことになりました。
マジックの種明しを紙上で行うのは、大変、難しいのです。目の前で演じな
がら解説するのと比べると、格段に分かりにくい。しかも、用語は専門的にな
りがちというおまけ付きです。まあ、なるべく努力します。分かりにくいから
といって、決して、種明しをごまかしているんじゃありませんから。
マジックと聞くと、あなたはどんな手品を思い浮かべるでしょうか? 一昔
前までは、鳩を出さなきゃ手品でないと言われてました。もう少し前は、美女
切断のような舞台で行う大奇術が、マジックの代名詞でした。
今はどうでしょう? 思うに、超能力っぽい手品が思い浮かぶのではないで
しょうか。
特に、カード(トランプ)を使った超能力ショーが、マジックと重なる部分
が多いので、これを順に紹介して行きたいと思います。と言っても、営業妨害
にならない程度の、ご存知の方も多い種をばらすことになりますが。
一組のカードから客に一枚引かせ、それを当てる−−典型的なカード当ての
手品です。これにはやり方がたくさんあって、特殊カードを使い、見せ方も考
えると、無限と言っても過言ではありません。
これではキリがありませんので、仕掛のないカードに限りましょう。普通の
カードで当てる場合、大きく分けて、二通りの方法があります。一つは数の理
論を利した方法。もう一つは、あるカードを覚え、そのカードの上(あるいは
下)に客の引いたカードを置かせる方法です。
スペースの関係上、今回は二番目の手法を説明します。カードを覚えるとし
たら、どこが一番覚え易いでしょうか? もちろん、カードは、客の前で何度
も切ってみせなくてはなりません。
となると、切ってから覚えるのがよさそうです。切ってからでも表の見える
カード。それは一番下にあるカードです(これをボトムカードと言います)。
試すと分かりますが、ボトムカードは切る手つきをしている内に、いくらでも
自然な形で見ることができます。
さて、覚えたら、客にカードを引かせましょう。もし、ボトムカードを引か
れたら、それが当てるべきカードだから簡単です。そうでない場合、相手のカ
ードをカードの山の一番上に戻してもらいましょう。
それから、カットをするのです。カットとは、山を中ほどで分け、上下を入
れ替えることです。客に、これを何度か繰り返してもらいます。少し考えれば
分かるのですが、何度カットされようとも、元のボトムカードと客の引いたカ
ードは並んだままです。
さあ、演者にとって、もう手品は終わったも同然です。あとは山を手に取り、
自分の覚えていたカードの上のカードを言えばいいのですから。でも、ここで
いきなり山を持って、いちいち調べるようなことをしては、マジックとしての
面白さは少ないんです。
では、どうすればよりよい演出となるか。一例を挙げますと、客の声の変化
で当てるようにみせるというのがあります。山を逆さまにし、カードを数字が
分かるように置いて行きます。その折に、「これからカードをめくっていきま
すが、一枚一枚、『あなたの引いたカードはこれですか?』と聞きます。あな
たは実際はどうであろうと、『いいえ』と答えて下さい。私は耳がいいので、
嘘をついたときの声の変化で、カードを当ててみます」と宣言するのです。
カードをめくっていくと、やがて覚えていたカードが出ます。次のカードが
<当たり>ですが、3,4枚はカードをやり過ごして下さい。それから「どう
も声が変化したようです」と言って後戻りし、<当たり>の近辺を、もう一度
めくっていきます。そして今度は<当たり>のカードをズバリと言ってみせる
のです。観客は、本当に声の調子の変化で当てたのだと思うでしょう。
他にも色々と見せ方はあります。みなさんもご自身で考えて、楽しい演出を
編み出してはいかがでしょう。
ゲスト短編・殺人者は光より速い 匿名作家
登場人物
森里保宮(もりさとほみや) 森里寛子(もりさとひろこ)
角滝なつき(つのたき) タケオ
東京から車で二時間半、静かな山の中に、森里家の別荘はあった。
「きれいなとこね」
角滝なつきは、緑一杯の景色を見回した。
「それだけが取柄だ。不便なもんさ、住むとなるとな」
森里保宮が言った。乗用車のドアをバタンと閉め、鍵をかける。
「おっと、もう一つ、取柄があったな」
「え?」
「君と二人きりになれることだ」
保宮はきざな言い回しをしながら、片手でなつきを抱き寄せた。
「だめよ。いくら山の中だって、外は嫌。そこなんでしょ、別荘って」
なつきが目をやった先には、ログハウス風のきれいな建物があった。窓が大
きく取ってある、三角屋根の平屋。
「奥さんに、何て言って来たの?」
「締め切りが迫ってるから、缶詰になるってね。いつもの手さ」
「作品は書いてもらわなくちゃいけないんだけど……。この別荘、奥さんのお
金で建てたんでしょ。悪いんじゃないかしら」
「寛子の話はもう、やめだ。さあ、早く入ろう」
保宮はせかした。
「先生、お仕事、終わったの?」
寝室に入って来た相手を見て、なつきは笑いながら聞いた。時間は夜中の0
時過ぎ。
「ふん、短編一つぐらい、仕事と言えるか」
乱暴な調子で、保宮はなつきに隣あう形で、ベッドに腰を下ろした。
「短編だけで食べてる作家先生もいるのよ。編集者として言わせてもらえれば」
「仕事の話なんかいいから。さ」
なつきの方に手がかけられた。それに徐々に力が加わり、二人は倒れ込むよ
うにして横になった。
なつきは最初、編集者として、推理作家の森里保宮に出会った。作家と編集
者の普通の関係が続いたのは、いつ頃までだったろう。気付いてみると、今の
ような関係になっていた。
二人で森里の別荘を訪れたのは、これが初めてだった。それまでも、ホテル
に出向いたことはあったが、それはお互いに時間の都合がつかなかったためだ。
ホテルでの保宮には、少しばかり変わった趣味があった。カメラでなつきの
身体を収めるのである。元々、保宮はカメラが趣味だとは聞いていたなつきだ
ったが、そのときの機材の持込み様を見て、驚かされたものだった。カメラに
してもレンズにしても数機種ずつ所有していたし、照明用のライトまであった。
ライトの熱さで汗が出たことを、今でも覚えている。
写真に収まるようになってから、保宮の妻の寛子が、気付いた節があったよ
うだった。やはり、「缶詰」と言い訳しているのに、カメラの機材を車に常に
積み込んでいては、怪しまれるのが当然だろう。
そうして今回、カメラの機材の大部分を別荘に置くということで、初めてな
つきは別荘を訪ねることになったのだった。
「どうした、なつき? 起きられないか?」
そんな声で、なつきは意識が戻った。凄く眠い。
「……もう朝?」
横になったまま、彼女は聞いた。枕方向のカーテンを見ると、光が当たって
いる。
「ああ、六時をちょっと過ぎたところだ」
と、答えながら、保宮はお酒の入ったグラスを渡してくれた。喉が渇いてい
たので、一口、飲む。苦かった。
六時? じゃあ、まだ四時間しか寝てないじゃないの。そう思いつつ、なつ
きは聞いた。
「どうして……そんな時間に?」
「実は、長編も抱えているんでね。締め切りは先なんだが、少しでも考えよう
かと思ったんだ。知っての通り、朝、考える方が冴えるんでね」
保宮はガウンを羽織ると、すっくと立ち上がった。
「起こして悪かったね。朝食は自分で勝手に食べるから、眠っていていいよ」
「うん……頑張って、ね」
最後はあやふやになってしまった。なつきは睡魔に引き込まれていった。
次に目が覚めたのは、午前十時に近かった。
「やっと、お目覚めか」
起きられたのは、保宮が揺すってくれたからだった。
時間を確認したなつきは、窓の外を見た。すでに、陽が高くなっている。
「そろそろ、編集部に連絡を入れないと、いけないんじゃないか」
「そうだわ。すぐにしなくちゃ」
なつきは急いで着替えると、電話のある場所へと走った。
その瞬間、なつきはびくっとした。電話のベルが鳴り出したのだ。
「あ……」
「電話のようだな。私が出よう」
姿を見せた保宮は、受話器に手を伸ばした。
二言か三言交わしてから、急に保宮の声が大きくなった。
「何だって? 本当か? よし、分かった。すぐ行く」
慌ただしく会話を切り上げた様子で、保宮は受話器を置いた。
「どうしたんです?」
「大変なことになったらしい。妻が、寛子が自殺した」
絞るような声。
「え? 奥さんが?」
なつきは、絶句するしかなかった。
当初、保宮は一人で帰京する予定だったが、警察から色々聞かれることも考
えられるため、なつきも同乗することになった。
「正直に話せばいい」
「そうよね。だいたい、自殺なんだもの。聞かれないかもしれない」
車中でのこの見通しは、やや甘かった。
森里寛子は、二人が別荘に行った次の日、朝の五時から六時にかけて亡くな
ったとされていた。青酸系毒による死で、入手経路は明らかだった。寛子はあ
る資産家の次女で、父親が製薬メーカー社長であった。その線からの毒だと思
われる。
遺書があり、夫・森里保宮の不実に対する不満が長々と記されていたそれは、
間違いなく寛子の筆跡によると確認された。
「あなたが森里氏と一緒にいたのは、いつからいつまでですかな?」
一人、取調べ室のような部屋に通され、なつきは中年の刑事と向かい合って
いた。すでに、なつきが、保宮とは単なる仕事のつながり以上のものがあると
いうことを調べられていた。
「保宮さんを疑っているんですか?」
「いえ。まあ、形式ってやつですよ。で、どうなんです?」
「あの日は、東京を昼の一時に出発し、午後三時半ぐらいに彼の別荘に到着し
ました。着いてすぐ、保宮さんは仕事に取り掛かられました。ウチの分だけじ
ゃなかったので、かなり大変そうでしたわ。それで……夜の八時過ぎに、夕食
を食べて、一時間ぐらいしてからまた仕事を始められて。結局、真夜中の0時
頃までかかったでしょうか。それから、二時までは起きていました」
「夜中の二時ね」
「そうです。それで、目が覚めたのが朝の六時。無理に起こされて眠かったん
ですけど、もう明るくなってましたから間違いありません。彼はすぐに仕事に
かかったようですが、私はまた眠ってしまいました。はっきりと起き出したの
は、朝の十時前でした」
「じゃあ、二時から六時の間は分からないと」
「そうですけれど、保宮は関係してません。奥さんも自殺だったんでしょう?」
つい、声が大きくなるなつき。
「まあまあ、落ち着いて。形式なんですから。そうですね、真夜中だから片道
二時間とみて……。二時からすぐに車を飛ばして東京に向かっても、まず、現
場の自宅到着は四時にはなるでしょう。死亡時刻が早くて五時なんだから、別
荘に戻るのは七時がせいぜいでしょう。つまり、保宮さんにはアリバイがある
ってことですよ」
恐い顔の刑事は、優しい物言いをした。
「そうですか……。よかった」
「ただね」
刑事は、きつい口調になった。
「あなたと森里氏の関係が、ちょっと気になりはしてるんです。普通なら、証
言は認められないでしょうな」
「そんな!」
「ま、現場が自殺を示してるし、あなた方の証言も食い違ってないようだから、
信用しますよ」
刑事は、その表情に愛想笑いのような物を浮かべていた。
しばらく会わないでおこう。保宮のこの一言で、なつきと保宮は会うのを控
えることにした。言うまでもなく、余計な勘ぐりをされないためであった。
事実、保宮は寛子の生命保険と、彼女が親から受け継いでいた財産とを手に
したため、口の悪い連中は根拠のない噂を流していた。
なつきも一時、職場にいづらくなったが、辞めると、「仕事がなくても、保
宮先生のとこへ行けばいいものね」と言われそうな気がしていたから、我慢し
た。そうなると、いつまでも気まずいまま仕事ができるものではないので、元
通りの雰囲気になっていったのだ。現在は、噂が消えかけながらもくすぶって
いるといったところか。
−続く