AWC ルーペの向こう側 6    永山


        
#2964/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 3/10   8:46  (200)
ルーペの向こう側 6    永山
★内容
カーターディクスンを読んだ男     本山永矢
 私は決心した−−彼女を殺すしかない。
 最初、彼女は秘書として私の前に現れた。秘書なんて大げさだが、私の悪筆
原稿を清書してくれるアシスタントが欲しかったので、バイトを募集していた
までだ。
 彼女は原稿を受け取ると、次から次へと清書してくれた。有能だった。しか
し、それまででいてもらいたかったものだ。彼女は私の家に出入りする内に、
私のある秘密を知ってしまった。それを公にされると、我が身は破滅も同然だ。
 当然のように、要求が始まった。それは金ではなく、いささか三文小説的だ
が、「愛情」であった。私が妻も子供もある身だと知りながら、彼女は愛人の
座を要求してきたのだ。
 正直に言えば、私は最初、戸惑いながらも喜びを感じていた。この年齢にな
って、私を愛してくれる若い女性がいるなんて、真面目一本槍できた私には理
解し難かった。妻も、相手が女学生だからか、私の生真面目ぶりからか、安心
し切っている様子だった。
 ところが、彼女は、妻と別れるように私に言ってきた。別れないのなら全て
をばらし、私の家族を崩壊させると言うのだ。これもあまりに陳腐な展開だが、
実際に我が身に降り掛かると、どう対応していいものやら、混乱してしまう。
 だから私は決心したのだ。彼女を殺す、と。
 さて、私は大学教授と呼ばれる身だ。殺人を犯すからには、頭脳をフルに活
用し、完全犯罪を目指そう。
 完全犯罪となると、最もよい手段は何だろう。私は推理小説が好きで、色々
な殺人手段を読ませてもらってきたが、参考になりそうもない。だいたいにお
いて、小説の犯人は間抜け過ぎる。
 熟慮した後、私は一つの結論に達した。警察が介入しない状況を作り出せば
いいのだ。警察が介入しないとなると、自殺か病死、自然死になる。事故では
ちょっとまずいだろう。病死や自然死は、その偽装が困難であるから、自殺を
選ぼう。
 自殺を装った殺人。自殺の構成要素として重要なのは、遺書だろう。もちろ
ん、自筆の遺書だ。
 これには名案がある。彼女は今でも私の清書係をやっている。自殺者の遺書
めいた物を、それと気付かれないような内容で私が書き、彼女に手渡せば、す
ぐに清書してくれる。これで彼女の自筆の遺書が完成するのだ。大学教授がそ
んな文章を書くのは不審に思われるかもしれないが、なに、推理小説の賞に応
募してみる気になったのだと言えばいい。
 私は、遺書だけでは満足しなかった。もう一つ、自殺の十分条件を考えたく
なった。自殺現場に誰も入れない状況−−密室である。
 私は推理小説の中で、密室物が気に入っている。専門の研究で疲れた頭を休
めるには、謎が明確に提示される方がいいのだ。密室物の巨匠として、カータ
ーディクスンなる作家がいることを知った私は、彼の作品を読んで、いつも楽
しませてもらっている。
 だが、同時に、私が本気で考えれば、これを超える密室を考案できるという
自負も持っていた。それを今から、実証してみせる訳だ。
 結果、一つだけ、私は密室トリックを考え出した。独創的なもので、誰も考
え出してはいないと信じたい。これを実行すれば、何の痕跡も残すことなく、
完全な密室が完成しよう。
 私は計画の点検をし、その実行の日を慎重に検討した。そして実行すべき日
が、やって来たのだ。

 死んだ。彼女はもう、この世にいない。毒は大学の薬学部から、こっそりと
失敬した物だ。管理がずさんだから、ばれる心配はない。
 遺書も書かせることに成功した。折角、理由も用意していたのに、彼女は何
の質問もせずに、清書をしてくれたから、かえって拍子抜けしたものだ。
 全く、慎重に計画したつもりではあったが、ここまでうまくいくとは思って
いなかった。何の疑いも持たれず、遺書を書かせ、毒を飲ませることができた
し、ここに来るまでも誰にも目撃されなかった。指紋についても、注意に注意
を重ねた。後は密室を完成し、ここから離れるだけだ。万が一、ここからの帰
りに誰か顔見知りと出会っても、いくらでもごまかしが利く。いざとなれば、
彼女の家に向かうところだと見せかければいい。
 さあ、仕上げだ。まず、部屋の様子を自殺らしいようにしなくては。きちん
と遺書をテーブルの上に置き、それに覆い被さるように彼女の遺体を整える。
遺書を書くのに使ったペンを、意味ありげに転がしておこう。
 これでいい。どこをつついても自殺だ。密室を作ればだめ押しとなる。
 私は、いよいよ自分のトリックを実行しようと、気負い込んで外に出ようと
した。玄関は、誰かが訪ねてきたときに、いきなり入って来られないようにと
ロックしていたが、その用心ももういいのだ。私は鍵を手に、立ち上がった。
 と、そのとき−−。足元がぐらっとしたなと思うと、身体がひっくり返った。
何が起きたのか理解できない内に、後頭部に痛みが走り、意識が遠のいて行っ
た……。

「警部、女性の方は青酸毒による自殺とみて、間違いなさそうです」
「そうか。男の方は?」
「まだ、詳しくは分かりませんけど、転倒した拍子に後頭部を強打して、それ
が命取りになったようですね」
「それなんだが、奥さんに聞いてみたんだがな、この教授さん、心臓が悪いと
かそういうことは、全くなかったそうだ。転倒する理由が見あたらないな」
「そうですねえ」
「まあ、こんな考え方もある。秘書を訪ね、その女性の自殺を知った男は、驚
いて外に出ようとした。その際に転倒し、机の角で後頭部を痛打したってな」
「なるほど。男性は、この家のスペアキーを持たされていたようですし。どう
して、入って来るなり、他人の家の鍵をかけてしまったのかが分かりませんが」
 部下の同意を得て、満足そうにうなずいた警部。だが、その笑みが止まった。
「待てよ……。昨晩、割と大きな地震があったな」
「そうでしたね」
「そいつがいつあったか調べるんだ。もし、男の死亡時刻と重なれば、すっき
りするぞ。この教授さん、相当足腰は弱っていたようだからな。地震が来りゃ、
こてんとこけたかもしれん」

 ……私は、遠のく意識の中で叫んだつもりだった。
「私の密室、私だけの密室が!」

                                −−終


今月のベストミステリー   奥原丈巳
 連載一回目だから説明しておくと、タイトルは「今月の」となっているが、
この欄は、著者が一ヶ月の間に読んだミステリー中、気に入った作品をいくつ
か取り上げて紹介する場である。
 就職活動で忙しくなりつつあるさなか、誰を取り上げようかと考えたら、や
はり読みやすい人がきてしまった。
 最初は、岡嶋二人の「そして扉が閉ざされた」(講談社)である。88年の
「このミステリーがすごい!」国内部門六位に選ばれているだけあって、一気
に読まされた。この作品は、状況設定にまず驚かされる。核シェルターの中に
四人の若い男女が閉じ込められてしまうのだ。と、こう書くと、結局は古めか
しい洋館ミステリーの変形ではないかと思われるかもしれない。ところが、違
うのである。閉じ込められた四人の内で、殺人が起きる訳ではない。四人は娘
を失った母親によって強制的に閉じ込められる。つまり、その母親は、四人を
娘殺しの容疑者と考えているのだ。シェルターから出してもらうため、四人は
疑心暗鬼になりながらも、犯人捜しを始める。そして作者の腕の冴えは、四人
の誰もが犯人でないにも関わらず、その四人の中に犯人が存在するという不可
能を可能にした。真相を知らされたときの爽快感。暗くなりがちのラストを後
味悪くしていない点もいい。時間の経つのを忘れさせてくれる長編推理。こん
なのを読まされると、作者が合作をやめて解散してしまったのが惜しまれる。
 次は、若竹七海の「ぼくのミステリな日常」(東京創元社)。これは作者の
デビュー作で、去年の「このミステリーがすごい!」六位に選ばれている。一
見、短編集。でも、ちょっと変な造りになっている。どうしてこんな体裁を、
作者は取ったのか? それを考えながら読んでいくと、最後にすっきりさせて
もらえる。もちろん、そんなことなど考えず、個々の短編を楽しむ読み方をし
てもいい。ほとんど全編セリフで通したもの、怪談めいたもの、叙述トリック
を用いたもの……と多士済々な描き方で、飽きることがない。第一作でこれだ
け書けるとなると、次からはどんな手腕を見せてくれるのか、大変、期待が持
てるので、読み終わって嬉しくなってしまった。
 最後は新本格の旗手・綾辻行人の最新作「黒猫館の殺人」(講談社)にしよ
う。日本推理作家協会賞を受賞した前作「時計館の殺人」で第一期終了宣言を
した作者だが、それほど作風に変化は見られない。キャラクター達も、今まで
の作品と同じだ。だが、読後に受ける驚きは、今までの館シリーズ中、最高で
はないだろうか? 数々の叙述トリックを駆使してきた作者だが、今回はその
仕掛があることさえ分からなかった。こうして叙述トリックがあることを知っ
てから読む人も、どこに仕掛があるのか分からないのではなかろうか? この
作品のネタは、一言でばれてしまうので言及しないが、今までにない類のもの
であることは保証できる。おまけに密室トリックが出てくるが、これ自体は大
したことはない。ただ、犯人特定の決め手としているのが面白い。デジタル文
章の名手とされる作者、面目躍如といったところか。
 スペースの関係上、上の三つをベストスリーとしよう。この中から一つ選べ
と言われれば、難しいのだが、一般受けのことも考えると、「そして扉が閉ざ
された」を推す。岡島二人が唯一の本格のつもりで書いたという作品、存分に
味わって下さい。


奇妙な料理    玉置三枝子
(どこにいるのかしら?)
 中西は長いスカートを疎ましく思いながら、歩き回る。立食形式のパーティ
会場だけあって動きにくい。タキシードが活躍するのは本当に大きな宴ぐらい
だからか、彼女が捜す人と同じ様な格好をした者はいくらでもいる。
「どうかして、秋美?」
 急に名前を呼ばれ、びくっとそちらを振り返ると、招待主の山元がいた。
 会場にいる女性は誰もが派手なドレスをまとっているが、山元にはかなわな
い。大胆に肩を出した赤のドレス。胸元にはスターサファイアが光る。
「こ……月谷さんが見えないの」
 いつものように下の名前で言おうとした中西だが、山元を気遣って言い直し
た。月谷は少しくどいが南欧系の美顔で、私立医院の跡継ぎも決まっている。
性格は軽薄なところがあるが、外面を気にする女性が将来の夫にと考えるのに
は、まずまずの器であった。当然、山元も狙っていて、かなりいい線まで進ん
でいた。
 ところが、意外にも月谷は山元の友人の中西に一目惚れしてしまったのだ。
女遊びを重ねた男が一旦「生涯の女」と思い込むと、突き進むしかないようで
あった。急速に月谷と中西の仲は進み、それに反比例して月谷と山元の仲は冷
めて行った。
 今日の山元の誕生パーティに招待された折り、このところ音信不通となりが
ちだっただけに、中西も月谷も喜んで出席したのだった。
「私は見かけなかったわ」
 表情一つ変えず、笑みを浮かべたままの山元。
「そう……。見たら来てって伝えといてね」
「ええ、いいわよ。何だあ、全然食べてないじゃないの」
 確かに、中西の手にある小皿はきれいなままだった。
「ごめんなさい。気になって」
「ま、いいわ。もう少ししたら、根室が腕によりをかけて作った特別料理が出
るから。何年かに一度しか作らないと決めてる料理だから、今夜食べないと一
生食べられないかも」
 山元が自慢げに話しているところに、大きなワゴンに大きな皿が据えられ、
会場に運び込まれて来た。押しているのは、山元家のお抱えコック・根室。
「さあ、あれよ。実は私も今日が初めてなんだけど、魂に触れるみたいな味が
するそうよ」
 山元に手を引かれ、中西はワゴンに近付いた。
 皿にかぶせてあった銀の覆いが取り上げられる。スライスされた肉がきれい
に並べられており、黄色っぽいクリームソースがかけられていた。
「私とこちらに切り分けて」
 山元に声をかけられたボーイは、小皿に適当な大きさの肉を素早く取った。
 山元に目で促され、中西は肉をフォークで刺し、口に運んだ。ぎゅっと噛む
と肉汁が溢れ出る。今までに味わったことのない感覚が、舌に広がった。山元
の言った通り、魂に触れるような味。だが、どことなく……。
「おいしいでしょ?」
 何故か悪魔のような笑顔を浮かべ、山元が話かけてきた。
「え、ええ」
 中西は肉をごくんと呑込んだ。

 パーティの翌日、山元家の庭に備え付けてある焼却炉は、朝早くから火を持
っていた。掃除全般を受け持っている家政婦は、邸内から集めたゴミを焼いて
いた。焼く内に、コックの根室から渡されたビニール袋に行き当たる。
 黒いビニールだから中身は見えないが、いつもより大ぶりの骨があるようだ。
パーティだったから、何か大きな動物を調理したのだろう。
 袋を焼却炉に放り込みながら、家政婦は考えた。
 火がビニールに燃え移る刹那、その中身がわずかに見えた。
(何じゃろ、あれ?)
 一瞬、疑問に思った家政婦だったが、自分の目がもうろくしたのだと思い、
作業を続けた。家政婦の目には、骸骨とタキシードらしき物が映ったのだがす
ぐに忘れ去られた。
                                −−終

−続く




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