AWC 「転がれ! ラッキースター」(1)    悠歩


        
#2919/3137 空中分解2
★タイトル (RAD     )  93/ 2/26  22:20  (183)
「転がれ! ラッキースター」(1)    悠歩
★内容
 「転がれ! ラッキースター」
                            悠歩

§高城健治

「ごちそうさまでしたーっ!」
 健治の声が教室中に響き渡る。
「ごちそうさまっ!!」
「ごっそさん!」
「ごち!」
 健治に呼応するかのように、教室のあちらこちらから声が上がった。
 みんなが一斉に立ち上がり、教室の前にセットされた場所に給食のトレイを片付け
ると、我先にと校庭へ急ぐ。
 勢い良く廊下を駆け行く、三年三組の男子生徒六人。
「こらあ、君たち。廊下を走るんじゃありません!」
 彼らの前から歩いてきた、眼鏡美人の百合香先生が驚いて注意する。
「ごめんなさーい」
「しつれい」
「あいむそーりい」
 それでも健治たちは怯む事なく、口々にそんなことを言いながらスピードを緩めず
に百合香先生の横を駆け抜けて行く。
「健ちゃん、武ちゃん、ちょっとまってよおー」
 ふとりぎみの修が他の五人に遅れて、必死にみんなを追いかける。
「あ、百合香先生、ごめんなさい」
 呑気にあいさつをして百合香先生の横を通り過ぎて行った。
「もう! 本当に困った子たちなんだから」
 下駄箱までたどり着くと、一人平均三秒と言う早業で、上履きを履き替える。
 そして後は目的地まで一直線。
 目的地は体育館の校庭とは反対側の場所。ここで今日もまた、彼らのビー玉決戦が
繰り広げられるのだ。
「よーし、場所、取られて無いぞ」
 いの一番で目的地に着いた守るが、後続の者たちへ確認の声を送る。
 校庭と反対側の、なにもない狭い場所など他の子供たちに取られることは滅多に無
いのだが、なにせ千人近くの生徒が通うマンモス小学校である。健治たちにしてみれ
ば、場所を確保するまでは、気が気ではない。
「穴は?」
「ちょっと埋まって来てる」
「よし、真ん中は俺が掘る。和ちゃんはそっち、頼む」
「OK」
 健治たちのグループのリーダー的存在である誠の指示で、それぞれが決戦の為の場
所の整備を始めた。

 ちなみに健治たちのビー玉遊びのルールは次の通りである。

 まず、縦に三箇所小さな穴を掘る。(下図参照)

  、   〇               〇
  、   ↑       〇       ↑
  ↑   、       ↑       、
  線   穴       穴       穴
      1       2       3

 それぞれが線の位置に後ろ向きに立ち、穴3に目掛けてビー玉を投げる。
 全員がビー玉を投げ終わるり、穴3に近いビー玉の持ち主から順にゲームをスター
トさせる。
 順番に一回ずつ、ビー玉を指で弾き穴3に入れ、同じように穴2−穴1−穴2−穴
3と進めて行き、一往復の終わったビー玉は”殺し屋”となり、他のビー玉に攻撃す
る権利を得る。
 ”殺し屋”は攻撃の際、あらかじめ、どのビー玉に攻撃をするのか宣言を行う。宣
言通りの相手への攻撃が成功した場合のみ、相手のビー玉は自分のものとなり、攻撃
が失敗したり、宣言した相手以外のビー玉に当たった場合にはそのままの状態でゲー
ムが続けられる。ビー玉を取られた者は、そのゲームが終了するまで休み。
 また、”殺し屋”に当てられるか”殺し屋”に当てられて転がったビー玉に当たり、
(1クッション、2クッションを問わない)穴に落ちたビー玉は、誰かが穴からはじ
き出してくれるまで休み。
 誰かが攻撃の宣言を行ったとき、その時点で攻撃側、攻撃を受ける側のビー玉の交
換が認められる。つまり、攻撃側はより命中率を高めるための、標準より大きなビー
玉に、攻撃を受ける側は小さな物へと交換する事ができる。
 攻撃が成功したときに受け取るビー玉は、その時点で使用されていた物を取るが、
交換を行った場合は、攻撃側が標準サイズと相手が交換した後のものとから唾I5択がで
きる。
 以上が健治たちの『ビー玉遊び』のルールである。
 このルールについて、誠と和彦ェそれぞれ自分の考案したものだと主張しているが、
健治たち他のメンバーにして見ればどうでもいい事である。

「よーし、俺が一番なっ」
 六人がビー玉を投げ終わり、目標の穴に一番近かった誠が誇らしげに言った。
 その後、武・健治・守・和彦・修の順でゲームがスタートする。
 まず、武が一往復を終え”殺し屋”となり、一歩遅れて最後の穴に迫っていた誠の
ビー玉に攻撃を仕掛ける。
「はずれろ! はずれろ!」
 狙いをつける武の集中力をそごうと、誠が大声で叫ぶ。
 そんな努力も空しく、必殺の一撃が誠のビー玉に炸裂。一番でゲームをスタートさ
せた誠が、一番に脱落する結果となった。
「ちえーっ! 憶えてろよ、武。この次は、真っ先にお前のビー玉を取ってやるから
な!!」
 誠は悔しげに武を睨付ける。
「お前ら、さっさと武をやっつけて終わらせろよ」
 早く雪辱戦をやりたい誠がけしかけるが、健治たちにしてみればそうはいかない。
武は最後の穴の前に留まり、”殺し屋”になるべく穴を狙ってくる者たちを待ち構え
る作戦に出た。
 そんな武の隙を伺い、その場で足踏みをする健治たち四人。いや、正確には三人。
他の者はみんな、復路の二番目の穴をクリヤーしていたが、修だけはまだ往路の最後
の穴に達していない。
 いつもの事であるが、修だけは健治たちとこのビー玉遊びの楽しみ方が違うようで
ある。ビー玉の取り合いをすることより、目的地に向けてビー玉を転がすことを楽し
んでいるようだ。そう言えば修がビー玉を取ったところを、誰もまだ見た事が無い。

「おい、あいつまた来てるぜ」
 健治と並ぶような位置にビー玉を置いた和彦が肘でつついてきた。
「えっ?」
 それまでひたすら武のビー玉の動きのみを追っていた視線を上げ、健治は辺りを見
渡した。
「あっ、いるいる」
 健治の目はひとりの少女の姿を捕らえた。
 健治たちから距離を置いた校舎の近くで、長い髪の少女がこちらの方を見ている。
 南川真奈美「「健治たちとおなじ三年三組の生徒である。健治は真奈美と話をした
事はほとんど無かったが、休み時間になるといつも本を読んでいる読書好きな女の子
だとばかり思っていた。それが、健治たちがビー玉遊びをするようになってしばらく
すると、こうして彼らから離れた場所で観戦するようになっていたのだ。
 「よーし」と心のなかで気合を入れる健治。
 他の連中も言葉にこそ出さないが、いきなり緊迫して来ているのが感じられる。
 『いいかっこしい』と言うやつだ。
 ここにいる連中すべてが、真奈美に対して密かに好意を持っているのだ。何が面白
くてビー玉遊びを観戦しているのかは知らないが、好きな女の子が見ている前でいい
ところを見せたいと思うのは、男として当たり前の事だろう。
 早々とリタイヤしてしまった誠が、それまで以上に悔しそうになる。
「ほら、早く終わらせちまおうぜ」
 と、みんなを急かす。
 しかしこの際、誠の事は無視するしかない。
 現在、健治のビー玉は最後の穴から三メートル程離れた位置にある。一発で穴に入
れるには不安のある距離だ。穴を外せば武の格好の餌食になってしまう。
「えーい、いちかばちかだ」
 覚悟を決めた健治が、ビー玉を指で弾いた。ビー玉は吸い込まれる様にして、穴に
入る。
「よーし!」
 健治は思わずガッツポーズをとった。
「ちいっ」
 慌てたのは武である。穴の中にいるビー玉に対しては攻撃ができない。このまま、
穴の前で他のビー玉を待ち受けていたら、次に順番の廻って来た健治の的となってし
まう。
 武は自分のビー玉を二番目の穴の側へ、移動させた。これによって他の者たちは、
最後の穴の中にいる健治の”殺し屋”と、自分たちの側に寄ってきた武の”殺し屋”
の二つの脅威に曝されることになる。
「武! 行くぞ」
 再び、順番の巡ってきた健治が攻撃を宣言する。
「ビー玉交換。ラッキースターだ」
 健治のビー玉の交換は、他の者が行うそれとは意味合いが違っていた。通常、攻撃
側は命中率を高めるために大きなビー玉に、攻撃を受ける側は命中率を下げるために
小さなビー玉へと交換するのが普通である。
 しかし健治はそれまで使用していた物と同じサイズのビー玉との交換を行った。
『ラッキースター』
 それがたった今、攻撃用に取り出したビー玉に健治の付けた名前だった。
 中に何の混ざり物もしていない、ブルーのビー玉。だが製造過程で何らかの異物が
入り込んでしまったのだろう。中心部に泡に混じって、星型の物が見られる。
 これがラッキースターだ。
 ラッキースターは健治にとっての御守りであり、切札でもある。これを使ったとき
の健治の勝率の高さは、みんな充分承知していた。
「出たか!」
 武が思わず口にする。
「頼むぞ、ラッキースター」
 ビー玉を握りしめ、健治は祈るような仕種を見せた。本来なら大事なラッキースター
を、この程度の勝負には使いたくない。一度使う度に、ラッキースターの表面に出来
る小さな傷がその効き目を弱らせて行くように思えたからだ。
 しかし、勝負そのものは小さくても、真奈美にいいところを見せるためなら仕方無
い。
「行けーっ!!」
 健治の指から弾け出されたラッキースターは、一直線に武のビー玉に襲い掛かった。
 「「カチン「「
「あっちゃあ」
 武は大袈裟に両手で顔を覆って、悔しがる。
 それからの勝負は、一方的だった。ラッキースターを手にした健治は、武の様に待
ち伏せなどという消極的な作戦はしない。ひたすら攻撃あるのみだ。
 瞬く間に四つのビー玉が、健治の手元に集まった。
 続く第二回戦、健治は始めからラッキースターを使って来た。もうその強さは神憑
り的である。他の者がようやく往路を終える頃に、ラッキースターは”殺し屋”とな
り、攻撃を開始する。このゲームは、彼らの記憶するかぎり最短の時間で終了してし
まった。言うまでも無く健治の圧勝である。
「あーあ、みんな弱くておもしろみが無いなあ」
 離れたところまで聞こえるように、健治は大袈裟な口ぶりで話しながら、真奈美の
方を振り返ってみる。ところが、さっきまで確かにその場所にいた真奈美の姿は、既
に消えていた。
「へへーっ、ざんねんでした」
 ぽんと背中を叩きながら、武が言った。
「な、何のことだよ」
「とぼけんなよ。南川にいいとこ見せようと、張り切ってた癖に」
「し、しらねえよ。そんなの」
「へーっ」
 そんなやり取りをしていると、昼休みの終了を告げる鐘がなり響く。
「おっ、やべぇ。戻るぞ」
「あっ、待ってよお」
 相変わらず一人遅れた修を残し、五人は教室を目指しダッシュした。




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