#2918/3137 空中分解2
★タイトル (ZQG ) 93/ 2/25 16: 2 (148)
<お題> 指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱。 【惑星人奈宇】
★内容
日曜日の午後、石油ファンヒーターの有る部屋で、春男と安男はチビリチビリと
酒を飲みながら、爬虫類のヤモリについて話しあっていた。
「ヤモリは爬虫類で体長が10センチくらいでしょう。指輪を飲み込むなんてこと
が有るのかどうか疑問だよ」
「まああ、簡単には飲み込まないと思う、でもさ‥‥‥」
「しかし、なんだね、ヤモリが指輪を飲み込むなんて一体誰が言い出したんだ?」
「それはさ、家に親父の友達が尋ねて来たんだ、なんでもアパートの管理人をして
いるらしいんにゃけど、それでそのアパート管理人が親父と酒を酌み交わしながら
愚痴をこぼしているのを聞いてしまったのさ、何でもアパート入居者にヤモリさん
って言われているんだとさ」
「ヤモリか、あはは、ははは」
「ヤモリだなんて言われるのが嫌いなんでしょ、爬虫類だから」
「確かになあ、ヤモリなんて言われると、夜中に部屋に忍び込む人のように思われ
て、その気持ちわかる」
「それでな、親父が友達に、爬虫類のヤモリを女性の部屋に忍び込ませて指輪とか
の宝石類を飲み込ませ、後にヤモリの口から吐き出させてみろよ、きっと面白い
よ、なんて言ったんだ」
「要するに、泥棒すると言うか、女性にいたずらを‥‥‥とか、ふっかけたんか」
「ヤモリさんは中年だから、面白がっていたよ」
「そうだったのか」
春男はビールと摘まみを台所から持ち出してきて安男のコップにトクトクトクと
少し泡をたてるようにして注ぎ入れた。安男も春男のコップにぶくぶくと注いだ。
「しかし、なんだね、ヤモリはこの辺りに居ないぜ」
「まだ2月だからなあ、それに、昔風の納屋とか小屋も見ないし」
「居たとしても、どうやってヤモリを捕まえるかだ」
「ううん、時期が悪いな」
日曜日は自動車の通行量が少ないから静かだ。ガラス戸からは日が差し込み、外
では雀が枝の間をチュッチュッと飛び交い、そして時々には鳶のピー・ピョロロロ
ロロと鳴くのが聞こえた。
「ヤモリは蚊やハエそれに昆虫とか蜘を喰うんだとさ」
「そうか、それで屋守って、夏ならヤモリを飼って害虫駆除に利用出来るな」
「そこまではなあ、ちと無理だよ」
「ヤモリに蚊を食べて貰うのさ、例えば、腕に蚊が止まって居たりすると、ヤモリ
が素早く飛び出してきてペロッと一飲み込みさ、これは価値あるよ」
「それは気持ち悪いよ、腕を噛まれるよ?、危ないよ」
「勿論訓練した後だよ」
二人は暫く沈黙して目を外に向けた。
柔らかい日差しの中で木の葉が快さそうに風に吹かれていた。
「そのさ、熱帯地方に行けば、30センチもあるオオヤモリが居るんだとさ」
「へええ、それは見てえものだ」
「そうけえ、んなら、南方の国まで行ってみるか、円高だから絶好のチャンスだよ」
「そなに急に言われてもな」
「銭の問題もあるから、沖縄で好いよ、ほんとは外国語に弱いんだ」
「しかしなあ、二日くらいは会社を休まないといけないしなあ」
「今は仕事暇だから大丈夫だ」
二人は週末の土曜日曜日それに月曜日に休暇をとって三日間の沖縄旅行に出かけ
ることになった。そして沖縄に着いた二人は、‥‥‥。
「何処にヤモリが居るんでしょう、田舎を歩き回りますか?、適当な農家に行って、
ヤモリを捕まえさせて下さいと頼んでみるか?」
「動物園に行けば簡単だよ」
「それじゃあ、沖縄動物園に行って、でもどうやって指輪を飲み込ませるんや」
「糸にぶら下げてとか、ちくわの穴に指輪を押し込めて、やるのさ」
「ヤモリのおりの前で、するのか?、恥ずかしいよ」
春男は、妹が子供の頃遊びで使った、指輪を3個持ってきていた。これらの指輪
に豚肉や鶏肉、そして3個目には竹輪で覆い、少し焼いた後、糸で肉などが飛び散
らないように縛った。
「しかし、動物園でどうやって、この餌の着いた指輪をおりの中に入れるのだ?」
「どうやって、ふふうん、杖の先に餌をぶらさげて、おりの中に落すのさ」
「しかしなあ、おりがガラス張りに成ってると、無理だよ」
「飼育係の人に、ヤモリを2匹分けて貰えないかって頼むのだよ」
「まさか、無理だよ、名前聞かれて追い出されるよ」
春男と安男は、再度考え直すことにした。
「料理屋はどうだい、蛇とかトカゲ、あるいはヤモリの料理」
「動物園より可能性あるかも知れないなあ」
安男は電話帳で調べ始めた。暫くして捜し出した。
「こんにちわ、ヤモリ料理ありますか」
「へえい、いらっしゃい、どうぞこちらに」
「ヤモリ料理は二種類御座いますけど、どちらになさいます?」
「ヤモリの丸焼きに、それにい、えええっと、これですね」
「ああ、これですか、かしこまりました」
「あああ、それにね、帰りに生きているヤモリを二匹ほど持ち帰りたいんだ」
「少々御待ちください」
待っているとウエイトレスは戻ってきた。
「生きているヤモリ二匹ですね、承知しました」
「あああ、それに、これ、大きな虫篭を持ってきたから」
ヤモリ料理を食べ終えた二人は、ヤモリ入り虫篭をもって外に出た。
「いやあああ、ヤモリは、ちと辛い、でも香ばしかった」
「歯にカリカリとして、堅かったな」
「おい、春男君、ヤモリは媚薬だってさ、えへへへ」
「何だよ、びやくとは‥‥‥、惚れ薬か?、安男君は夜が楽しみなのか?」
「そなこと無いけど、夜中に夢遊病みたいに動き回るってことに成ったら‥‥‥」
「それでさ、夜中に俺達の部屋のドアがトントンと叩かれ、そこにネグリジェ着た
若い女が立って居たら」
「嫌ですよ、何時もだけど春男の話しは気持ち悪い」
「それに、蛇料理もあったよ、恐ろしくて喉に通るかどうか?」
「はよう、例の豚肉指輪を虫篭の中に入れてよ!」
「えへへ、三個入れるよ、うまく喰ってくれるかなあ」
「しかし、助かったなあ、うまくヤモリを得られて」
電車やバスを乗り継ぎ、ホテルに戻った。
「やあ、豚肉だけ喰われて指輪は丸見えだ、あれっ、ちくわのが無い」
「あっあっ、このヤモリ、腹が凄い、膨れている」
「ようおく、こんなに出界指輪を飲み込まれたものだ」
「このヤモリ、きっと反省しているよ、それに少し苦しそうだ」
「あれあれ、動きが鈍くなっている、あっ、ひっくりかえった」
いつまでも見ていても仕方がないので、二人はレストランに行くことにした。
ビールで乾杯し、食事を済まし部屋に戻った。
指輪を飲み込んだヤモリは、ぐたっとしていて目は虚ろだった。
「大丈夫かな、このヤモリ」
「さっきから全然動かないな、焼肉と海老殻を入れておこうか」
「それに、料理の残りのキュウリを少し持ち帰ったから、これも入れておくよ」
翌日になっても、ヤモリはのろのろとしていて足が重そうであった。それに指輪
を飲み込んだヤモリの色が青色っぽく成っていた。
「この糞をみろよ、ドス黒いよ」
「珍しいなあ、ヤモリに、どうせなら黄金の糞を出して貰いたいものだ」
「あっははは、黄金の糞が出てきたら凄いぜ、何とか成らんか?」
「片方は上に下へと走り回っているのに、これは寝てばっかりだ」
「しかしなあ、そのさ、指輪を溶かす金属消化剤含んだ食べ物を入れんとなあ」
「えっ、あああ解った、胃腸薬持ってきたから、入れておくよ」
「まあああ、それで上等だ」
翌日、ヤモリの入った虫篭を小型化し鞄の中に仕舞って飛行機に乗り、
家に帰った。ヤモリの色は大体灰褐色に戻ったが、糞の色は青黒かった。
「糞のことより、壁によじ登ると落ちてしまって、面白いよ」
「ビタミン剤と胃腸薬をもっと入れておくよ」
「壁を登れないヤモリなんて、なあしかし、よく飲み込んだものだよ」
「あははは、足が滑べってるよ、少し元気が出てきたけど」
「膨れた腹はひっこまないなあ、当分、このままか」
大きな虫篭の中のヤモリは、夜中にはチッチッチッと時々鳴いた。そして一ヶ月
後になっても、ぷうううっと膨れて仕舞った腹は目立つ程には戻っていません。
もう、どうにもこうにも、このヤモリは壁を登れないのでした。
***** 完 *****