#2904/3137 空中分解2
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死者の森(11) 青木無常
★内容
ダルガは、呆然と目をみはった。
壁に盛りあがる無数の瘤。
その瘤のひとつひとつに、絶叫する顔がうかびあがっていた。
魔道士の顔が。
「おのれ〜〜〜……おのれ〜〜〜……」
しわがれた呪咀の響きが、無数にあふれだしてきた。
「千年の大望をうち砕くばかりではあきたらず、わが魂魄までもほうむりさろう
というのか〜〜〜……されば、よかろう〜、わが望みし地獄へと、もろともに落と
してくれるわ〜〜〜〜」
苦痛と怨恨にみにくく歪む無数の魔道士の顔が独白をおえるかおえないうちに、
大音響が響きわたった。
と同時に、すさまじい震動が洞内を襲撃した。
またたく間に――壁に、床に、天井に、縦横無尽に亀裂がはしり、巨大な岩塊が
ふりそそぎはじめた。
湖底に穴でも開いたのか、しんとしずまりかえっていたはずの湖面に、みるみる
いくつもの渦が逆まきはじめる。
呪いにみちた無数の哄笑が、耳ざわりに反響する。その絶望的な騒乱のさなかで、
「絶体絶命ってやつだな」
奇妙に冷静な声音で、ダルガがつぶやいた。
あきれたように見かえすリシに、ダルガは渦まく湖面にむけて、顎をしゃくって
みせる。
「飛びこむしかあるまい」
リシは、目をむいた。
「この渦のただなかを……?」
「ほかに方法があるか?」
言葉につまるリシに、ダルガはにやりと笑いかけた。
「いくぞ」
いいざま、黒い戦士はティアンを背おったまま、なんの躊躇もなく激流のさなか
に飛びこんだ。
「おい……」
呆然と手をさしのばし――なさけなさそうに眉をひそめて、リシもあとを追う。
渦は、またたく間に三人をのみこんだ。
7
大量の水を顔面にうけて、リシははっと目を覚ました。
「いつまで寝てやがる。おきろ」
乱暴な言葉がふりかかり、ついでふたたび、ざぶんとやられる。
リシは半身をおこしてぶるると顔をふり、惚けたように目を見ひらいた。
まぶしい陽光に射られて、はげしくその目をしばたたかせる。
そして――
「――陽の光だと……?」
呆然とつぶやき、周囲を見まわした。
「ご覧のとおりだ」
バルガが、両手を広げてみせる。
その背後に――
太陽の光すらさえぎるほどに繁茂していた無数の樹々は、いまやひとつのこらず
たち枯れていた。
得体のしれぬ妖魔や屍鬼のたぐいも見あたらず、ただ無数の白骨があちこちにこ
ろがっているばかりだ。
「夢やぶれた魔道士が倒れ――かわりに現実が目をさましたってところか」
つぶやくようにいって、傭兵は遠く目をすがめた。
リシもまた、うなずきながら目を細める。
「伝説がひとつ、終わったのだ」
ため息のような口調だった。
が、ふいにリシはぎくりと体をふるわせ、
「ティアンさまは――」
目をむいて問いかける巫士に、バルガはにやりと笑いかける。
「死んじゃあいないさ」」
無造作にいい放ち、かたわらに横たわるティアンをかるく蹴りつけた。
む、と苦しげにうなりながら、ティアンはもそもそとからだを動かす。
「ティアンさま……」
感にたえぬようにリシはつぶやいた。無表情の仮面の下に、涙がにじんでいる。
ううんと発して重たげに身をおこし、しばしきょろきょろと周囲を見まわした後、
ティアンは剣呑な表情でかたわらに立つバルガを見あげた。
「いまわたしを足蹴にしたのは、おまえか?」
刺すような視線に、にやにやと笑いかえしながらバルガは、おう、とこたえる。
「無礼者!」
叫び、打ちかかる剣を軽くかわし、「無礼者はどっちだ」笑いを頬にはりつけた
まま、戦士はいった。
「師匠にむけて刃をぬく弟子があるかってんだ」
陽光の燦々とふりそそぐもと、呆然とした表情が弾けるような笑みにかわるのに
ながい時間はかからなかった。
(了)