AWC 児童読物「そうじゃないのに」     浮雲


        
#2891/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ     )  93/ 2/22   6: 4  (109)
児童読物「そうじゃないのに」     浮雲
★内容
 −まなぶのお風呂シリーズ2−
   *
 そんごくうは、髪の毛をぷいっ、と吹いてそれを分身に変え、相手を惑わすと
いう術を使いますが、では、鼻毛を抜いて、それをぷっ、と吹いたらいったい何
に化けるのでしょう。
 まなぶは、そんなことを考えると、もう気になって気になってなりませんでし
た。母さんに聞いてみようか、それともお姉ちゃんにしようか。妹のちひろはあ
てにならないし、やっぱり、父さんが帰ってからお風呂で聞いてみたほうがいい
かな。
 それにしても、ときどきおとなが鼻毛をひっこぬくのを見かけますが、あの、
ひきぬかれた鼻毛は、いったいどこへ行くのでしょう。まなぶは、ついそんなこ
とまで考えてしまうのでした。
   *
「それって、そんごくうの鼻毛のこと? へえ、おサルさんにも鼻毛ってあるん
だ」
 母さんは、わざとらしくうなずいてみせました。
「なにへんなこと考えてんの。笑われるだけだからよそでいっちゃだめよ、いい
わね」
 お姉ちゃんは、そういっておもいっきり、しかめ面をしました。
「ぶう、ぶう」
 妹のちひろは、歩行器のはじっこにくっついたごはんつぶをひろっては、口に
入れています。
 こりゃ、だめだ。やっぱり父さんを待つしかないか。

   *
「そうだな。うん、まったくだ」
 そういいながら父さんは、えいっ、とかけ声をかけました。その夜、一緒にお
風呂に入ったときのことです。ごぼごぼ、とあわが浮かんできたかとおもうと、
まなぶの目の前でぱちん、とはじけました。でも、すこしもくさくありません。
「あれ」
 父さんは、首をかしげています。
 まなぶは、まだお風呂の中でおならをしたことがありません。だって、もしお
ならでないものが出てきたら・・・オシッコならごまかせるけど・・・。いま住
んでいる団地に引っ越してくる前は、まなぶたちは川崎のアパートに住んでいた
のですが、そのとき、近くのお風呂屋さんでウンチが浮いているのを見つけたこ
とがありました。母さんは、赤ちゃんのよ、これ。お風呂にはいって気持ちが良
くなっちゃって、自然に出ちゃったのね、よくあるのよ。そう言って、手ですく
いあげました。

   *
「そうだね、鼻毛はなんに変身するのかなあ。ハリネズミとかライオンになるの
かな」
 さすが父さんです。まなぶの思っていたとうりのことをいってくれました。
「怪じゅうかもしれないね」
 まなぶは、だったらいいなあと思いました。
「ははは、そうか。もしかしたら、ハナゲザウルスなんて名前の怪じゅうかもな」
 父さんは、ばしゃっ、と顔にお湯をかけると、両手でぶるぶるこすりました。
「よし、ためしてみよう」
 父さんは、言うなり鼻の穴に指をつっこみました。そして、
「あちちっ」
 顔をくしゃくしゃにさせながら、鼻毛をひっこぬきました。
「いたくないの」
 まなぶは、思わず顔をしかめました。
「そりゃ、いたいさ。お、しめしめ」
 父さんの指には、鼻毛が二本ばかりくっついていました。
「いたいっ」
 まなぶです。父さんがいきなり鼻毛でほっぺたをつっついたのです。父さんの
鼻毛は、まるで針金のようにとがっていました。
「そんなものが鼻の中にあって、痛くないの」
 まなぶは、父さんからにげるように、からだをそらしました。
「ありゃりゃ。こりゃ、すごいわ」
 父さんは、へらへら笑いながら、自分の手のひらになんべんも鼻毛をチクチク
刺しました。まるで、大発見でもしたようなよろこびようです。
   *
「どれ。いいか、まなぶ。よく見てろよ」
 父さんは、そういうと鼻毛を口元にもってきて、
「ぷっ」
 と息をふきかけました。
「あっ」
 まなぶは、思わず目をつぶりました。鼻毛が飛んで行ったあたりの湯気のなか
に、なにかまっ黒なものが姿をみせたのです。
 そして、あっというまに大きくなると、まなぶめがけて飛びかかってきたので
す。
「わあ」
 まなぶは、父さんに抱きつきました。ところが、まなぶの両うでは、するりと
湯気をとうりぬけただけでした。いつのまにか、父さんがいなくなっているでは
ありませんか。
 まなぶは、湯舟から飛び出ようとしました。しかし、気持ちとは反対にからだ
は少しもいうことをきいてくれませんでした。
 そんなことをしているうちに、湯気の向こうの黒いものの中から、まっしろな
ものが、まなぶに向かってにゅう、っとつき出されたかと思うと、あっ、という
まもなく、まなぶの肩をわしづかみにしたのです。
「た、たすけてー」
 まなぶは、大声で悲鳴を上げました。

   *
「いつまで入ってんの、のぼせるでしょうが。父さんはもうとっくにでちゃった
わよ」
 見ると、母さんが、ばらばらになった髪の毛をふりみだして、たっていました。
「で、でも」
 まなぶは、それが本当にほんとうの母さんなのか、心配でした。
「さあ、早くでて」
 母さんは、両手でまなぶを抱き上げました。
 まなぶは、まだ信じられません。たしかに、見たのです。父さんの鼻毛が変身
するのを。それが黒いものに姿を変え、まなぶに襲いかかろうとしたのを。いま
起きたばかりの、ほんとうのできごとです。
 それなのに、父さんはまなぶをおいてきぼりにしたままいなくなるし、母さん
は勝手に入ってくるなり、出ていけというし。
「そうじゃないのに」

   *
 まなぶは、風はどこからやってきて、そしてどこへ行くんだろ、そのことを考
えると、もう、気になって気になってなりませんでした。
 母さんに聞いてみようか、それともお姉ちゃんにしようか。妹のちひろはあて
にならないし、やっぱり父さんかな。まなぶは、こまっています。

                        −おわり−
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