AWC 「なんとなく」(1)   悠歩∞


        
#2886/3137 空中分解2
★タイトル (RAD     )  93/ 2/19  23:52  (186)
「なんとなく」(1)   悠歩∞
★内容
「なんとなく」
                                悠歩∞


            上野発の夜行列車降りたときからには

                青森駅は雪の中

            北に帰る人の群れは誰も無口で

「おいおい、何歌ってんだよ」
 浩ちゃんが目を覚まし、こちらを見ながら言った。
     ヒロ
「あれ? 浩ちゃん、この歌知らないの?」
 それまで窓の外の流れ行く風景を見つめながら歌っていた私は、浩ちゃんに向き直
る。
「知ってるよ。そうじゃなくてさ、なんでその歌なんだよ」
「えーっ、だって雰囲気、ピッタリでしょ」
「なんでピッタリなんだよ、別に俺たちゃ北に何か向かってないぞ。第一、お前演歌
嫌いじゃなかったのかよ」
「いいのよ。だって、やっぱ、心中の雰囲気なんだもん」
 わたしは彼から目を離すと、再び窓の外を見ながら、歌を口ずさむ。浩ちゃんは納
得したのか、してないのか、また目をつむって眠りだす。
 そう、わたし木原樹理と中山浩美(男のくせに『ひろみ』だって)は、心中旅行の
まっ最中なのだ。
 なんで心中なのか? 別に二人の仲を両親に反対された訳でもない。そりゃあ、親
に紹介したら反対されるかも知れないけど、まだ紹介していないのだから反対のされ
ようもない。将来を悲観して、って言うのも違う。
 強いて理由をあげるとしたら、なんとなくってところかな。言い出したのは私。
 彼との出会いは、高校生の時。ごくありふれた設定のごくありふれた出会い。それ
から、ごくありふれた付き合いを経て、ごくありふれた関係になった二人。なんとな
くそんな、ごくありふれた事が嫌になった。
 だけど浩ちゃんと別れるつもりもない。だって愛してるんだもの。
 でもこのままだらだらと、ごくありふれた関係を続けて行くのも、なんとなく嫌。
 それじゃあ、一緒に死ぬしか無いなって思ったの。浩ちゃんは反対するかな、なん
て思ってたんだけど、話してみたら意外と簡単に賛成してくれた。やっぱり愛し合う
二人。気持ちは通じ合っているんだわ。

 「 かたん かたん、かたん かたん 「

 電車は揺れる。死を決意した、愛し合う二人を乗せて。最後の旅に向かう二人を乗
せて。
 ああ、とってもロマンチック。
「こんな平日の昼間に、通勤電車で出掛ける心中旅行のどこかロマンチックなんだか」
 また浩ちゃんがむくりと起き上がり、憎まれ口を叩く。本当に憎ったらしい。あな
たはエスパーなの? 言葉にもしていない、私の心を読むなんて。
 でも許してあげる。浩ちゃんの憎まれ口を聞けるのも最後なんだ。ああ、しみじみ。

「うわー、田舎あ」
 思わず声が出る。一歩駅を降りると、そこには何にもない。本物の田舎。千葉の太
平洋に面した田舎町。ここが私たちの人生の終着駅。
「あーあ、どうせ最後の旅行なんだから、もっと遠くに行きたかったなあ」
 雰囲気としては、ぴたりの場所なんだけど、東京からあんまり離れていないことが
ちょっと不満の私は、愚痴をこぼしてみる。
「しょうがねぇだろ。金がないんだがら」
「誰かに借りれば良かったじゃない」
「バーカ、誰が返すんだよ? 俺たちゃ、死んじまうんだぞ」
 もう、生真面目なんだから。でも、そうゆうところが、浩ちゃんの魅力なんだから
しかたがないか。
 それに、ここまで普通の旅行並みに時間だけは掛かったし、いいとするか。
 通勤電車を乗り継いで、っ言うのがまだ引っ掛かるけど。
「さあ、とりあえず宿を決めよう」
 浩ちゃんに促されて、私たちは海岸沿いの道を歩き始める。
 ここの海は夏場、海水浴場として賑わうのだけど、今は冬なので当然人気はない。
所々で、わかめだか海苔だかが干してあるくらい。
 ちっょぴり冷たい潮風が心地いい。
 この海の沖を目指して入水自殺なんかいいかも知れない。でも寒そうだからやめた。
 しばらく歩くとやがて小さな旅館が見えてきた。
「ここにするか?」
 と、浩ちゃん。
 季節はずれのこぢんまりとした旅館。当然、他の泊まり客がいるはずは無く、営業
しているのかどうかも怪しい。
「ここにしよう」
 それほど考えることもなく、私は答える。
「すいませーん、誰かいますか?」
「はあい」
                   アネ
 奥から掃除でもしていたのか、白手拭を姉さんかぶりした女の人が出てきた。
ここの女将さんらしいけど、結構若い。

「何か御用ですか」
「あのー、一泊、もしかすると二泊か三泊くらいかもしれないけど、泊まりたいんで
すけど……。部屋、空いてます?」
「おやまあ珍しい。空いてるも空いてないも、こんな時期に他のお客さんなんかいや
しませんよ。ささ、どうぞお上がり下さい」
 女将さんの案内で二階の部屋に案内された。せまい部屋だけど窓を開けると、海が
すぐ近くに見える。なかなかに眺めがいい。
「本当にこんな時期に、お客さまなんて珍しいですわ。ご夫婦ですか」
「ううん、違うわ」
 お茶を煎れてくれてる女将さんの質問に、答える私。
「あら、ごめんなさい。でも、いいですわね、若い方は。それにしても、どうしてこ
んな時期にこんな場所へ?」
「なんとなく、人気のない海がみたいなんて、こいつが言い出したもんで……」
 私が余計な事を言い出すのを恐れたのか、浩ちゃんがフォローする。
「『若い方』なんて、女将さんだって充分に若いんでしょ?」
 私はそんな浩ちゃんを無視して、女将さんと話をする。
「まあ、ありがとうございます」
 優しい笑顔を返す女将さん。とってもいい感じ。

「ねえ、ちょっと散歩に出てみない?」
 女将さんが出て行ったあと、することもなくぼーっと煙草をふかしていた浩ちゃん
に向かって、私は言った。
「散歩?」
「そう、探しに行くのよ」
「探す? 何を」
「決まってるでしょ。私たちの死に場所」

「やっぱり海の見える場所がいいなあ」
 夕暮れの道を、浩ちゃんの肩にもたれながら、少し甘えたような口調で言ってみる。
「さっき見た神社の境内の木で、首吊りなんかいいんじゃないか」
「やーよ、首吊りなんて。あれって苦しそうだし、死んだあと失禁とかしちゃうんで
しょ? みっともないもん」
「じゃあ、あの岬から飛び込むか?」
 浩ちゃんは遠くに見える岬を指さして言った。
「海に飛び込むのはいや。冷たいもん。風邪ひいちゃうわ」
「おいおい、心中するのに風邪ひいちゃうもんは、ないだろ」
 そりゃそーだけど。
「レンタカー借りて、排気ガスを引き込むってのはどうだ。あれは楽に死ねるらしい
ぜ」
「うーん。いまいち」
「睡眠薬!!」
「却下。イメージじゃない」
「樹理、お前本当に死ぬ気、あんのかよ」
 半ば呆れたように浩ちゃんは言う。
 本気よ。本気で死ぬつもりなんだけど。
「だって人生最期の事でしょ。やっぱりこれだ! って形で納得しながら死にたいん
だもん」
 冷たい風が吹いてきて、私はぶるっと身震いをする。浩ちゃんは自分の上着をそっ
と羽織らしてくれた。
「そろそろ宿に帰ろう。こんなとこで風邪なんかひいたら、それこそ気持ちよく死ね
ないからな」
 いつになく、優しい浩ちゃん。
 私はそっと頷いた。

 夕飯を済ませたあと、私たちは深夜まで死にかたについていろいろと相談を重ねた
けど、結局何も決まらなかった。
 十二時を過ぎて床に入った。
 シーズンには大勢の泊まり客と従業員たちで賑わうらしいこの旅館も、今は女将さ
ん一人きりと言うことで、とても静か。
 私は誰にはばかる事なく、声を上げて浩ちゃんの愛を受けた。
「また明日考えよう」
 浩ちゃんのその言葉を合図に、私たちは眠りにつく。
「ぎゃー」
 けたたましい叫び声。浩ちゃんと私はほとんど同時に飛び起きた。
「なんだ、今の声」
「まさか幽霊?」
 二人は顔を見合わせた。
 季節はずれの寂れた旅館。幽霊が出るには絶好のシュチェーション。
「下から……だったよな。今の声」
 浩ちゃんがそっと、布団から抜け出した。
「ちょっと見てくる」
「待って。私も行く」
 そろり、そろり。
 私は浩ちゃんの背中に、ぴたりとくっついて階段を降りて行く。
「ぎゃー、ぎゃーっ」
 やだ、今度ははっきりと聞こえた。
 階段を降りると、廊下のつきあたりから光が漏れているのが見える。
「?」
 その明るさは、なんか幽霊とは次元が違う感じ。
「あら、お客さま」
 部屋のふすまがすーっと開いて、女将さんが顔を出した。しかも何と、その豊かな
胸を露に……。
 と、思ったらその腕に赤ちゃんが抱かれてた。
「赤ちゃん……」
 さっきの叫び声は、赤ちゃんの泣き声。幽霊なんかじゃなかった。
 あほくさい。
「申し訳ありません、お客さま。こんな夜中に起こしてしまって」
 女将さんは本当に申し訳なさそうに謝った。
「フフフフッ」
「ハハハハッ」
 私たちは何だかおかしくなって、一緒に笑った。女将さんはきょとんとして見てい
る。
「かわいい赤ちゃん」
 私は、女将さんの胸を無心に吸う赤ちゃんをのぞき込む。その一生懸命な姿が、な
んだかとっても愛しい。
「ねえ、女将さん。私、赤ちゃん抱いてみたい」
「えっ」
 女将さんは少し考えたみたいだけど、赤ちゃんが満腹した頃を見計らって、私に抱
かせてくれた。
「だあっ」
「やん、くすぐったい」
 壊れ物を扱うような私の腕のなかで、赤ちゃんの小さな手が私の胸をまさぐる。で
も、浩ちゃんの手みたいにいやらしくない。
「赤ちゃん、まだおなかすいてるのかな。私のおっぱい、飲ませてあげようか」
「馬鹿いってんじゃねぇよ」
 フフフッ、浩ちゃんたら、やきもち妬いちゃって。相手は赤ちゃんなのに。




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