#2876/3137 空中分解2
★タイトル (FJM ) 93/ 2/18 22:38 ( 90)
恋の魔法 1 リーベルG
★内容
1
どすん!
そんな感じで島村圭介は恋に落ちた。
黒田香澄という少女は、絶世の美女というわけではなかった(もちろん、可愛い女
の子であることは確かだったが)。とりたてて、光る才能を持っているわけでもなか
った。性的魅力にあふれていたわけでもない。要するに、どこにでもいるありふれた
女子高校生の一人に過ぎなかった。
だが恋に理屈はいらない。島村圭介という某有名私大の2年生が、黒田香澄という
高校2年生に恋をした。その事実の前には、いかなる理由も必要ではなかった。
それはこうしたいきさつから始まった。
学期末試験が終わり、ほっと解放感に浸りながら本屋に入った圭介は、文庫の棚の
前をぶらぶらしていた。たまには、SFでも読んでみるか、とクラークの短編集を取
ろうとした圭介の手に、別の方向からのびた白い手が触れた。
反射的に2つの手は引っ込められた。圭介は詫びようとそちらを向いた。セーラー
服の少女が、恥ずかしそうに頭を下げていた。少女が顔を上げて、二人の視線が一瞬
交差した。次の瞬間、圭介は恋に落ちていた。それだけのことだ。
世の中には実に多種多様なカップルが存在する。道徳的、社会的に認められたカッ
プルも、そうでないカップルも。その中で、大学生と高校生のカップルというのは、
探し出すのにそれほど苦労はしないはずだ。島村圭介と黒田香澄が、その一組となる
ことに対する障害はたった一つしかなかった。
つまり、香澄は圭介に一片の興味をも抱かなかったというだけだった。
普通の大学生の男なら、多少の手管を心得ているだろう。機会をとらえて、偶然の
フリをして声をかけるとか、ストレートに打ち明けるとか、手紙を出すとか。圭介は
確かに、普通の大学生の男だったが、そのどれも実行しなかった。彼の心は、あまり
にも急速に燃え上がってしまい、そういったまわりくどい手段を取るのが、もどかし
くて仕方がなかったのだ。
かといって、最初から魔法に頼ろうと考えたのは、やはり普通とは言えなかったの
かも知れない。
「恋の魔術−いとしいあの人の心をつかむ38の秘術」、「カバラ 愛の高級魔術
の全て」、「ホワイトマジック−恋愛篇」…。
圭介のアパートの狭い机の上は、こんな類の本で一杯になった。圭介は、夜を徹し
てそれを読みふけった。ただ、読むだけではない。彼は、32ビットパソコンに、片
っ端から、それを入力していったのである。データベースとして、恋愛に関する魔術
のあらゆる情報を蓄積し、分類し、統合し、抽出すれば、最終的には究極の恋愛魔術
が導き出されるはずだ。圭介はデータベースソフトをアセンブラとC言語で自作して
いたくらいだから、必要に応じてプログラミングすることくらいは朝飯前だった。
そもそも、こんなことを考えつく思考そのものが普通ではないし、実行に移そうと
するのは、もっと普通ではない。だが、激しい恋はしばしば人を普通でない状態に導
くものである。誰がそれを非難できようか。
神ですら6日間天地創造を行い、7日目は休息にしたというのに、圭介は7日7晩
のほとんどを費やして、データベースは完成した。圭介は究極の恋愛魔術を導き出す
ためのプログラムを組み始めた。簡易言語を使ったため、それはすぐに完成した。入
念にデバッグを行うと、圭介はプログラムを実行した。
コプロを実装したインテル80486DX2−33MHzはそのプログラムの実行
に数10分を費やした。データ量が膨大であるのと、データ1ラインごとに、全デー
タとの相関チェックをかけているためだ。だが、プログラムは忠実に処理を実行し、
全データの検索とチェックを終え、付加された得点順にソートを終えた。
そして、とうとうあらかじめONになっていたインクジェットプリンタに、データ
が送られた。圭介は抑えようのない興奮状態でそれを待った。ヘッドが停止するのと
同時に用紙を取り上げて、読み始める。そこには、次のようなことが印字されていた。
『順位:00001 得点:765532.4』
『満月の真夜中ちょうど/地面に白いチョーク/魔法陣を描き/唱える/※IDX-00
54-CONJU/唱える2/※IDX-0058-CONJU/月曜日/23:00〜24:00/ルシフ
ェルの召喚』
『IDX-0054-CONJU:ルシフェルよ、汝の恐れる名にかけて、この輪の中に入ること
を禁ずる』
『IDX-0058-CONJU:ルシフェルよ、オン、アルファー、ヤー、レー、ソル、メシア
ス、インゴドゥムなど、神聖なる御名において、われ願う、汝がわれを害することな
しに、わが望みをかなえんことを』
コンピュータの設計思想に詩的な要素は入り込む余地がない。圭介も、無論そのこ
とは分かっていた。分かってはいたが、しかし、一人の女の子の心をとらえるために、
堕天使を呼び出すことを提案してくるとは、さすがに予測の範囲を越えていた。
もっとも、圭介が悩んだのは常識的な問題、例えば悪魔の実在の真偽などではなく、
実行の条件についてだった。
コンピュータがはじき出した答によれば、満月の月曜日、真夜中前に魔法陣を描い
て、呪文を唱えなければならないらしい。満月というのは月齢でいうと12日から1
5日くらいにあたるのだろうか?まあ、とりあえず月齢15日としよう。それは29
日ごとに巡ってくる。月曜日は7日ごとだ。その2つの日が、次に重なるのはいつだ
ろう?そんな問いに直ちに答えられる大学生はまずいない。その点では圭介も同じだ
った。彼は再び、パソコンに向かって計算を始めた。もし、それが何ヵ月も先のこと
であれば、順位1の案は破棄しなければならない。
それは圭介が予想していたよりも遥かに近かった。BASIC言語で簡単なプログラムを
実行した結果、3週間後の月曜日が月齢12.8にあたっていた。僕は運がいい、と圭介
は考えた。もう一人の当事者の気持ちについては、うかつにも考えなかった。
3週間。待ち遠しいが、耐えきれない日数ではない。恋のためなら。
圭介は待った。
そして、その日がやってきた。