#2867/3137 空中分解2
★タイトル (AKM ) 93/ 2/16 2: 9 ( 76)
【軍艦島は接吻の彼方に】その7 ワクロー3
★内容
《20代おんな心の謎》7 画学生と
誰もいるはずがないのに、どこかで人に見られているような、得
体が知れない恐怖に襲われた僕と「画学生」は、外に出ようと走り
回ったのですが、容易に出口が見つからないのです。
軍艦島の建築物は、相互に複雑に交錯しあい、絡み合っているよ
うなものでした。外部に出なくとも建物から建物へと移動できる構
造になっているのです。そのことが仇となり、素直に外に出る道が、
かえって分かりにくいのです。
行けども、行き止まり。次から次へと無人の部屋が現れるばかり
です。ここは学校でしたから、普通の教室のこともあれば、音楽室
や理科実験室のこともある。出られないとなると僕らは必死の顔つ
きになってきます。
「あたし、気味が悪い。早く出たい」
「2階に渡り廊下みたいな場所があった」
「そこ行きましょう」
「うん」
2階への階段をかけあがる。反響する僕ら二人の足音。
「ここは、いや」
渡り廊下は確かにあるにはいりました。
しかし、その先が、今いる学校施設よりもさらに陰気な古いコン
クリート住居に続いていたのです。「画学生」は身体を寄せてきま
した。
「しかたないよ。戻るよりも向こうに渡ってみよう」
「でも。。」
「画学生」は、握っている僕の手をかつてないほど強く握りまし
た。いまや、彼女のスケッチブックは僕が持ちました。
行く手の通路の奥に立ちはだかる、どすぐろく変色した、13階
はあろうかという無人の高層住宅の影。それが頭上から押しかぶさ
ってきます。
それをまじかに見つめながら僕は「画学生」とキスしました。長
くキスしました。お互いの不安を、込めるように、それまで体験し
たことがないくらい長く。「画学生」の身体からだったでしょうか。
それがコロンの匂いだったのか「画学生」自身の匂いだったのか、
今となっては分かりません。夢中だったのでまぼろしの匂いを感じ
てしまったのかも知れません。とてもよい匂いがしました。キスを
しながらその匂いを感じていると、恐怖心が薄れて行くのが不思議
でした。
「画学生」は、長いキスの後、しばらく身体を預けてきました。
僕に勇気が出てきたのが不思議でした。彼女を連れて歩きはじめま
した。外に出るのだ。確信に満ちた足取りで。
彼女が恐がった渡り廊下を通って不気味な高層住宅の方に渡まし
た。そこで僕らはついに下へ降りる通路を見つけまし、外に脱出し
ました。時間にすれば15分も経っていないはずです。何時間も経
っていたような気がしました。
出たところは、4周を高層住宅群に取り囲まれた中庭のような日
当りもない陰気な場所でした。しかし、外であることに違いはあり
ません。
「画学生」と、しっかりと手をつないだまま、もう二度と建物の
中に入らないように、迂回しながら、東海岸の岸壁に向かいました。
(以下最終回に続く)