#2866/3137 空中分解2
★タイトル (RJM ) 93/ 2/15 22:50 ( 88)
ぶら下がった眼球 第五章 スティール
★内容
第五章 『 理 想 』
イメージ・スキャナーの準備を終えた私は、軽く食事をしてから、シャワーを浴
びた。私は、イメージ・スキャナーで、自分の理想像を具現化しようとしていた。
そのためには、リラックスして、でき得るかぎり、余計な雑念を払って、イメージ
を頭の中に思い浮かべなければならない。目を閉じて、私は、精神を集中した。い
まになって、考えるというのも、かなり、滑稽かもしれないが、私は、自分の理想
というものが、具体的には、よくわかっていなかったのだ。外形を、イメージで捕
らえることができても、スケッチで描けるというわけではなく、口で言えるという
わけでもなかった。過去に出逢った女性に対する、追憶でも、慕情でもなく、スタ
ーや特定の偉人に対するそれとは、また、異質なものだった。私は、自分自身の無
意識の中から、自分の理想像を拾い出そうとしていた。私の理想とは、いったい、
どのようなものなのであろうか? 私は、何分か、瞑想状態を続けた。心を無にし
ようと、私は努めた。しかし、こういう場合は、心を無にするのではなく、楽しい
イメージを抱けばよいのだろうか? DOGからは、心臓の鼓動を拾ったような機
械音が鳴っていた。私の意識が補足されているといるかどうか、わかるように、音
声で私に知らせるように、DOGに指示を与えておいたのだ。私の心の中にある、
時計が、十分ほどの時間の経過を、私に告げた。それと、ほぼ同時に、DOGが、
イメージの補足を、私に伝えた。DOGの画面には、精度90%と出ていた。まあ
まあ、妥当な数値だ。といっても、この精度というのは、あくまで数値的な処理上
のものであり、実際には、どういうものなのかは、まったく、わからなかった。実
際に、映像化して、観てみなければ、私のイメージ通りかどうかは、わからない。
それによって、修正を加えるか、それとも、また、最初から、始めるかどうかを、
私は、決めねばならない。DOGに、捕らえたイメージを、3Dモードで映し出す
ように、私は、指示した。私の理想とは、いったい、どういうものなのだろうか?
形として、思い浮かべたわけではなく、気持ちという抽象的な形として、思い浮
かべたのだ。もしかしたら、老婆かもしれないし、それとも、子供かもしれない、
いや、それどころか、若い男だということも、有り得るのだ。私は、なんとなく、
不安な気分で、3Dの映像が映し出されるのを、待った。何の前触れもなく、若い
女性が、目の前に現れた。私の体に、高熱の電流が走った。まるで、雷で打たれた
ような衝撃が、私の脳髄や、心の奥襞まで刺激した。その女性は、体に、何ひとつ、
まとっていなかった。いままで、見たことのない女性だったが、なぜか、懐かしい
匂いがした。懐かしい思いが、私の胸に、こみあげてきた。彼女は、不思議な笑み
を浮かべて、私を見つめていた。何かにいたたまれなくなって、私の目からは、涙
がこぼれ落ちた。私は、一瞬、その生まれたままの姿をしている彼女が、3Dの映
像であることを忘れていた。私は、自分に向けて、ほほ笑んでくれている彼女を、
これまでの人生で、ずっと、追い求めてきた理想の人だと、思った。彼女は、まだ
若く、そして、美しかった。つぶらな瞳と、気品のあるしっかりした涼しげなその
顔付き、ほほ笑みを浮かべた妖しげな口元。彼女の、一糸まとわぬ、その姿こそ、
神々の聖なる言葉を伝える天使が沐浴しているといった、姿そのものだった。私は、
もう、これ以上、彼女の容姿を修正しようという気持ちには、ならなかった。その
晩、私は、自分の作業がうまくゆくであろうという武者ぶるいで、なかなか、眠り
つけなかった。
あくる日から、脳のプログラムの作業に、私は、取り組んだ。昨夜の出来事で、
気力が充実して、やる気が出てきた私は、文字どおり、寝食を忘れて、作業に打ち
込んだ。その努力の甲斐もあって、それから、一週間ほどで、なんとか、遺伝子の
原型を創り出すことができた。生み出される人間の、心・容姿・身体のデータは、
すべて、ひとつの遺伝子に集約された。あとは、実際に、人体を培養する前に、コ
ンピューターで人体の培養結果をシミュレートするだけだ。シミュレートで、異常
が発見されなければ、大佐の造ったマシンで、遺伝子レベルから、人体の培養へと、
作業を、進めることができる。その作業は、DOGに任せることにし、私は、ソファ
ーに寝転んだ。DOGが、順調に、作業を進めているのを確かめるか、確かめない
かのうちに、私は、すぐさま、眠りに落ちていた。ここ一週間ほどのハードワーク
で、私は、疲れ切っていたのだ。
どのくらい、眠ったのか、よく、わからない。ともかく、私は、目覚めた。私は、
いつもの習慣で、傍らにあったDOGの画面を見た。DOGは、遺伝子に、何の異
常も発見できなかったようだ。シミュレートの結果では、人格のデータも出ていた
が、この数値は、信頼できない。数値の上では、ロボットも、アンドロイドも、立
派な人格を持っているのだ。こればかりは、実際に造ってみる以外に、確かめる方
法がない。どのような人格が形成されるのかということだけが、私の懸念であった
が、私には、事前に手の打ちようもなかった。私は、DOGに、人体の培養を指示
した。成人女性としての体で、完成するまで、およそ、一ケ月ほどかかると、私は、
大佐から、聴いていた。遺伝子レベルから、成人の男女を創り出すことが、バビロ
ン計画の基本コンセプトであり、大佐のマシンも、当然、その線に沿って、システ
ムが構築されていた。人体の培養に関しては、私は、ほとんど知識を持ち合わせて
いなかった。だから、後は、大佐を信じて、マシンのそばで、じっと待つというこ
としか、私には、やることがなさそうだった。
遺伝子が、微妙に変動するのを、電子スコープで見ながら、私は、自分に、残さ
れていた最後の仕上げの仕事を思い付いた。これから、生まれてくる彼女に、まだ、
コードネームを付けていなかったのだ。私は、部屋の隅に据え付けられている書棚
に歩み寄り、命名のために必要な本を探した。私の辞書代わりになっている、たく
さんの学術書の中から、私は、ようやく、文芸書らしき本を見つけた。私は、その
本を開き、そして、その中から、女性の名前を探した。女性名は、すぐに、見つか
り、私は、その名前を、彼女に付けることに決めた。そうして、私は、彼女を、E
VEと名付けることにしたのだった。
あと一ケ月ほど、暇になるはずだった。ほかにすることも思い浮かばなかった。
そこで、私は、自分の好きな詩に浸って、時を過ごすことにした。私は、自分のノ
ートを取り出し、昔、自分が書いた詩を、小さな声で、朗読した。
【 闇は 永遠に
月は 星のかなた
私は あなたとともに
永遠に 生きる 】