#2841/3137 空中分解2
★タイトル (RJM ) 93/ 2/11 21: 8 (119)
ぶら下がった眼球 第二章 スティール
★内容
第二章 『 計 画 』
『じゃあ、本題に入ろうか?』と、我々を集めたと思われる、その男は、そう言っ
た。歳は、四十前後といったところか、背は人並みだが、体のがっしりした男だっ
た。しかし、私の見たところでは、ただの軍人にしては、少し、目付きが悪すぎる
ような気がした。私は、直感で、彼をスパイか何かではないかと、疑った。彼は、
その目をぎらつかせながら、皆を見渡していた。しかしながら、なぜか、他人に不
快感を与えるような感じはしなかった。それは、彼が持つ、気品というか、優雅さ
というか、その種の貴族的な雰囲気がもたらすものなのであろうか?
その男は、二、三度、咳払いをしてから、私たちに、話を始めた。その口ぶりは、
我々に対する話や説明というより、演説のような感じだった。
『やぁ、諸君、自分は、コーチェフ・ストラフスキー大佐だ。こうして、君らと会
えたことを、たいへん、嬉しく思っている。今回、諸君に集まってもらったのは、
ほかでもない、ある計画の推進のためだ。その、ある計画とは、私の恩人であり、
諸君らにとっては恩師であるバベル博士の、バビロン計画だ』
バビロン計画と聴いた我々の中では、一瞬、軽いどよめきが起こっていた。彼は、
それを、目で制しながら、言った。
『諸君らも知っているように、我々の宇宙における活動のすべては、公式には、軍
の活動とされています。つまり、君たち科学者も、宇宙で活動するときは、広い意
味での軍人ということになります。ただ、研究開発部門は、形態としては、公社と
いう形を取って、大幅に民間の資本を導入し、現在では、実質的に民間企業と変わ
りないところまで、到達しています。
研究開発公社の前総裁は、今は亡きバベル博士の初期の教え子であり、友人でも
ありました。そのことは、みなさんにも、周知の事実であると、思います。博士の
死後も、前総裁の指示で、バビロン計画は、公社ではなく、軍直属のスタッフの手
によって、秘密裏に推進されてきました。バベル博士によって、バビロン計画は、
99%まで完成したはずなのですが、その後、十年以上も、まったく、進展が見ら
れません』
私は、軍のスタッフの無能さに、内心、吹き出していた。完成した99%ではな
く、その残った1%にこそ、人間の本質が隠されているのだ。おそらく、これから、
我々に協力を求めるのだろうが、バビロン計画のこれまでの経過から考え併せてみ
ても、自ら、志願してまで、計画への参加を望む者は、私以外には、そうはいない
だろうと、私は思った。
案の定、大佐は、私の予測したとおり言葉を、我々に伝えた。
『そこで、上層部の提案により、バベル博士の教え子の中から、協力してもらうも
のを募ることにしました。定員は、一名です』
会議室に、軽い嘲りと、そして、笑いの渦が起こっていた。バベル博士の惨めな
末路を、ここに居る皆が知っていた。それから、軍の冷たさも。
『軍の威信をかけた、我がバビロン計画の新スタッフ募集を始めるにあたって、ま
ず、一番良い条件から、先に言いましょう。報酬は、今の年棒の二十年分です。但
し、これは、バビロン計画が成功すればの話で、もしも、失敗に終われば、通常の
給料だけしか、支払われません。それと、研究の場として、スペース・ラボラトリ
ー・シップ(宇宙研究船)である、最新鋭のノア6号が提供されます。この、ノア
6号は、計画に参加してくれた方のご希望があれば、五十年の無利子ローンで譲り
體nし致します。船は、新品の物で、研究機材も、最高の物をお望みの通り、準備し
て、無料で差し上げましょう』
確かに、破格の条件だった。これだけの好条件であれば、希望者が出るかもしれ
ない。大佐は、かなり、物分かりの良い人物のようだ。大佐は、手元のメモに目を
落として、一息ついてから、また、話を始めた。
『バビロン計画の概要ですが、これは、ここにいる方々に、改めて説明する必要は
ないでしょう。バビロン計画は、基本的に、機密事項ですので、この場で、おおっ
ぴらに、詳しいことまでは言えません。希望者とは、個別面談を行います。バビロ
ン計画が、どこまで、進捗して驍「るかも、そのときに、詳しく説明することになる
るナしょう』
大佐のその言葉を聞いて、私は、いくぶんか、不安になった。私のほかにも、誰
か希望者が出るかもしれない。私の不安をよそに、大佐は、相変わらず、落ち着い
た口ぶりで、説明を続けていた。
『希望者は、すぐにでも説明できるような、簡単で、明瞭なプランを持って、秘書
を通して、自分の部屋まで来てください。私は、明確なプランを望んでいます。バ
ビロン計画のことは、事前に連絡していなかったので、皆さんのほとんどが、まっ
たく準備していないことと、思います。しかしながら、いささか失礼ですが、ここ
で、この私を納得させうるだけのプランを持ち合わせていない者は、私の期待に応
えることはできないだろうと、私は確信しています』
いつの間にか、我々を取り巻いている、場の雰囲気は、いくらかの興奮を含んだ
緊張したものに変わっていた。大佐の話は、それで終わった。だが、我々の興奮は、
それだけでは、収まらなかった。多くの者が、レストランやカフェに場所を変え、
ランチをほおばったり、コーヒーを啜りながら、バビロン計画の失敗の原因につい
て、口から泡を飛ばして、激論に熱中していた。もちろん、私とモーゼルも、その
中の一組になっていた。
『軍に置いておくには、惜しい男だな』
と、私の隣に座っていたモーゼルは、大佐について、そう、言及した。
『まったくだな! モーゼル』
それは、私も同感だった。ただ、モーゼルは、私とは違って、彼の個人的な趣味
から、大佐に興味を持ったのかもしれないが。
『でっ、応募するのかい? ヘンリー』
『ああ、策がある』
『お前も、物好きだな。大佐に、一目惚れでもしたのかい。だが、確かに、条件は
いいから、挑戦する価値は十分あるな』
『衛星軌道に乗りながら、地球を毎日見下ろせるのが、気に入ったのさ』
『人間嫌いのお前が、地球のそばに居たがるのも、まったく、おかしい話だがな』
『地表で暮らすのと、上から見下ろすのとは違う。地球を、上から見下ろすと、な
んだか、自分が偉くなったような気がする』
実のところ、私は、ずっと以前から、バビロン計画に、興味を持っていた。バビ
ロン計画こそが、長年の私の夢を叶えてくれるはずだと、私は、ずっと、信じてい
たのだ。バビロン計画に志願するのにも、きちんとした理由があった。しかし、そ
れは、誰にも、言いたくないことだったので、ここでは、何も言わなかった。バビ
ロン計画に深い関心を抱いていた分だけ、私には、バビロン計画に参加したいとい
う気持ちを持ち合わせていた。私は、自分が疑問に思っていたことを、モーゼルに、
率直にぶつけてみることにした。
『モーゼル、バビロン計画の失敗の原因をどう思う? 俺が思うに、バビロン計画
で造られる人体は、もう完璧なんだ。問題は、どうして、失敗するのかということ
だ』
『要するに、あとは、脳のプログラムだけだろう。聞いた話じゃ、脳のコピーや、
脳細胞からの培養とかの方法も却下されたらしい。ほんとうに何も無いところから、
プログラミングなんかしてたら、何十年かかるか、わからんぞ』
『それじゃあ、その対策は?』
『造ってからの、教育期間をもっと長く取るか、それとも、脳に植え付けられる記
憶の量が、もっと多くするか、どっちにしても、その線じゃないのかな?』
モーゼルも、他の人と同じような過ちに陥っていると、私は思った。が、その感
情を、態度には、出さなかった。何かをごまかすように、私は、ボーイを呼び、熱
いスープを頼んだ。