#2839/3137 空中分解2
★タイトル (AKM ) 93/ 2/11 15:10 ( 72)
【軍艦島は接吻の彼方に】その2 ワクロー3
★内容
《20代おんな心の謎》2 逆風ついて船は出るよ
Sが連れてきた「画学生」は、不思議なブレスレットをつけてい
ました。僕は、自己紹介を始める前に、そのブレスレットについて
質問をしていました。
「変わったブレスレット・・」
「・・・」
何も答えはありませんでした。
そのかわりに、「画学生」は、手にしたスケッチブックごしに、
小さな笑顔をよこしてくれたのを今でも鮮明に思い出すことができ
ます。
Sは、その「画学生」と、もう一人の女性を僕に紹介しました。
もう一人の女性は、ライツ=ミノルタというこだわりのカメラを手
にしていたので、ここでは仮に「カメラ美女」とでも、呼んでおき
ます。
二人とも、福岡市内の芸術系大学に通っているSの同級生という
わけでした。軍艦島に行く、と持ちかけたら、二人は、即座に同行
を申し入れたそうです。
夏とはいえ、車を出ると、海からの風は強烈で、冷たく感じます。
夜明けまでには、まだいくらか時間がありました。
Sの手引で、瀬渡しをしてくれる人を訪ねて、集落の中に歩いて
行きました。
「カメラ美女」は、今らか思うと、記憶が曖昧なのですが、ライ
ツ=ミノルタにレンズとしてはわりと半端な40ミリレンズだけを
つけていて、それ以外のカメラ機材を持っていませんでした。素人
目には、それで写真がとれるんだろうかと、半分彼女の腕を疑問視
したほどの軽装でした。
「画学生」はスケッチブックだけ。Sは、ニコンF3を中心とす
る大装備のカメラ機材一式。僕は、何も持って行かなかった。万一
に備えて、食料をかなり持ってはいました。
Sは、僕らを待たせて、瀬渡しの人物とかなり長い間、話をしま
した。
「風が強いので、船は簡単には出せない」
そういう船頭さんを、慎重に説得しているのが聞こえました。結
局、規定の料金に一人千円を上乗せする条件で、話はつきました。
時刻は午前5時に近づいていました。浜に出ると遠目に軍艦島の
島影が見えています。それは、思ったよりも間近に迫って見えまし
た。
冷たい、誰も住まなくなった軍艦島。廃虚の軍艦島。捨てられ
た軍艦島。
小さな島にあれほど多くの人間を抱いていたのに。今は誰もいな
い軍艦島。
僕ら4人は、心のどこかで、ひそかにこの寂しい島のことを思い
続けていたのかもしれない。今思うとそんな気さえするのです。
そして、今はどうなんだろう。ちかごろ僕は突然に、思い出すこ
とがあるのです。軍艦島のこと。そして「画学生」のこと。
8年という歳月は、記憶をたどるには、まだまだ生々しい時間な
のかも知れません。
(以下次回につづく)